人はなぜ死ぬのか
悠月と申します。
本日、第一章完結します。
第12話 人はなぜ死ぬのか
走馬灯—―人が死ぬ直前に見るとされる、その人生を振り返るような夢。死という絶対的な終わりを目前にして、自身の生を振り返ることに何の意味があるのだろうか。惨めに後悔をし、悲哀の中で死んでいくのが人に与えられた罰なのか。一説によれば、死を直面にしたとき、これまでの人生からどうにか生き残るための手がかりを探しているだとか。そうであれば、悲哀の中に沈んでいくのではなく、惨めに生という有限性に縋りつくことだけが人の最期に許された業ということだろうか。
否。人は死を前にして、ようやく生という有限性の美しさに気付き、なおも魅せられ沈んでいく。
それは決して、誇らしくエネルギーの限り燃やし尽くす火花のような美しさではないかもしれない。
それは決して、命の巡りを、この世界の御業を全身で表現するような神秘的な美しさではないかもしれない。
それでも、人が死に意味を求めるのは、死に美しさを見出すのはどうしてだろう。
ソメヤ・シンジは、圧倒的な力の前にただ哀れに、一冊のノートのページをめくることしかできなかった。
彼のわき腹は数秒前に、紫の鞭によって抉られていた。それでも、彼はページをめくることしか出来なかった。
◇
カルセウム・グーテンベルシュは己の無力を呪っていた。この物語の主人公は知る由もなかったが、彼はそこそこに名の知れた冒険者であった。12歳で孤児として、大陸第一ギルド「黄金の獅子」に登録してから類稀なる戦闘センスと観察眼で見る見るうちに等級を上げ、幹部候補として名が挙がることすらあった。
しかし、本人は生きるために冒険者をしていた。ただ、それだけだった。
天涯孤独の彼は、ただ、旅の途中で目に映る人を助け、可能な限り寄り添い、守り、助けが要らなくなったら別れる。そうして、自分と自分の目に映る範囲のひとだけを想っていた。それが彼にとっての生きるということだった。冒険者という身分も、剣の腕も、生きるためのものでしかなかった。
そんな彼は、今死にかけている。3人の仲間たちと同じように、絶望の淵に這いつくばり希望すらも忘れて死にかけている。
そんな彼の脳内は、後悔と反省で埋め尽くされていた。あの時、右腕を上げていれば。あの時、左じゃなく右で受けていれば。あの時、瞬きをしなければ。あの時、、、。
あの時、彼を救わなければ。
四耳獣に狙われ無様に地面を転がることしかできない哀れで得体の知れない格好をした青年を救わなければ、カルセウムは今もどこかで立っていたかもしれない。しかし、それは立っているだけだ。生きていない。彼を見捨てた時、きっとカルセウムは死んでいた。
それならば、こうして体が終わるまで生きていられたことを誇らしくすら思おう。
そうして、命の炎をおわらせよう。
◇
アンカ・ロレッツィは強い男だった。齢56にして大陸でもっとも大きい第一ギルド「黄金の獅子」の幹部を任されていた。幹部の中でもアンカはその実績から実質的な副ギルド長という立場で見られることも多かった。多くの人間から信頼され、尊敬され恐れられていた。
それでも、死ぬ。
アンカ・ロレッツィにとって、今日この用事は、些事だった。いくら気の知れた中であるカルセウム・グーテンベルシュがいわれのない罪で拘留されたとはいえ、本来彼のような立場の人間が迎えに来る必要は無かった。彼の地位と社会的信頼性においてそれは、コインを1枚持たせて新米冒険者に走らせれば住む用事だった。彼がこの場にいるのは、ただ退屈な会議と芯も何もない腐った眼をした帝国貴族たちの薄らわらいに嫌気がさしたからにすぎない。
でも、死ぬ。
アンカ・ロレッツィは今日死ぬ予定を入れていなかった。明日の朝には、遠征に出ていたギルド長を迎えて、報告会議を取り仕切り、その後は久しぶりの休暇をもらい、娘の王国魔術学院入学祝に旅行へと立つ予定だった。そこでは、数年ぶりに剣を置き都の喧騒や冒険者の怒号、魔獣のうめき声を耳に入れず、愛する者たちだけに囲まれて魂を休める予定だった。
だが、死ぬ。
死ぬことを予定に入れる人間はいない。誰しもに必ず訪れるものだと誰もが絶対に知っているはずなのに。どんなものよりも身近に、すぐそばに、我々の生活に張り付いて存在しているものの筈なのに、誰もが死ぬことを上手く想像できない。
それでも死ぬ。必ず死ぬ。どうしても死ぬ。
目の前の圧倒的暴力と絶望を前にして、アンカ・ロレッツィはようやく自分が今から死ぬことを悟っていた。
◇
ヘルバ・アインザックは眠っていた。
彼の身体は十災のⅣ、アルバーに触れられたことでその権能「すべて忘れてお眠りなさい(メメント・モリ)」に侵されていた。
この権能の中で彼は、この世のすべての苦しみを忘れて眠っていた。
たった一人の親友が体を乗っ取られ苦しみの中にいることも
自分が拮抗し始めた戦況を一瞬で壊してしまったことも
守ると約束した子どもを一人見捨てたことも
全てを忘れて
ただ、眠っていた。
◇
その季節にしては肌寒い風の吹く夜だった。空には雲一つなく、満点の星空が広がっていた。夜空の星はだれも全てを確認したことないはずなのに、どうして沢山見えるだけで満点なんて言葉を使っちゃうんだろう。みんなそれが満点であると信じたいのかな。もっとたくさんの星があったとしても、今見えている分だけで綺麗でそれが満点だって思いたいのかな。なんてことを思い浮かべながら、少女はお気に入りの人形を探す。
帝都に住む少女は、長年一緒に過ごしてきたクマのぬいぐるみを探していた。クマの名前はグランドール、彼女が3歳の時に名付けた。彼女はグランドールが居ないと安心して眠ることができないのだ。
少女が、グランドールが居ないことに気付いたのは、パパママとお休みのキスをした後だった。
(本当はお休みのキスをした後はベッドから出ちゃいけないんだけど、ううん。仕方ないよね。きっとグランドールも迷子になって泣いてる。早く見つけてあげないと)
少女は毛布をかぶり直し、また一歩一歩ぬいぐるみを探して夜の街を進んでいく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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