花選びの章・閑話 花睡鵲啼3
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花選びの章・閑話 花睡鵲啼3
凰国にこの人ありと称えられる天下の姫将軍に、胡乱な眼差しを向けられても、端然と佇む事の出来る者は、数少ない。
鵲家当主、亘暢。
子達に継がせた鳶茶色の髪と、孤高を保つ思慮深い瞳は二藍色。
それも奥方に言わせれば「私も髪色は孤高を保っておりますけれど」となるらしい。
慈孝の見舞いに何度か忍んだ折、鵲家族の遣り取りを垣間見た竜花は、虚実の実態と正確性――風聞の真偽――を確かめる事が如何に重要か、と言う事を思い知ったものである。
今も若い二人からは見えぬ四阿の日陰で、微笑ましい姿を「ふぅむ」と和やかに見守る風情だが、巷で言われる通りの、医に仁の博愛だけで、名門にして旧家の当主たりえる筈も無い。
権門でないだけ良いか、と、竜花は訪れる度に鵲家夫々の人物評を改める事になっていた。
玲舜が慈孝を先導する回遊路とは離れた四阿は、周囲の下草が綺麗に刈り取られ、薄い緑の絨毯の先の野草の生垣にぐるりを囲まれた、一見、見晴らしの良い質素な小屋に思える。
だが、土台の黒石は名高い崑巍石、その上の椅子と卓も崑巍石を加工した見事な一品で、敢えて焼いた木材の焦げ茶と相俟って、極めて上質な日陰を作り出していた。
紫水晶の瞳を転じれば、春を迎えた庭園は、薬草、薬木ばかりと玲舜は謙遜したが、愛でるに十分な色彩に溢れている。
油を軟膏に用いる椿や、咳止めの薬用酒にする木瓜、花梨は庶民の庭でも珍しくないが、滋養強壮や腎に効く山茱萸、去痰薬に使う杏、黄色の花も鮮やかな、鵲姫の象徴の花とされた連翹に、嘔吐、下痢、胃腸炎に効くと言われる片栗が同時に紫紅色を添え、呼吸器の病に処方される鼠麴草。他にも黄連、風邪や鎮痛に辛夷……等々、庭師が腕を見せている。
主眼が薬効の為、鑑賞とは異なる趣ながら、本草綱目を網羅するかの如き豊かさだ。
鳥兜と水仙が並んでいる一画を認めた時には、思わず亘暢を凝視したが。
鋭い視線を向けられた当人は、流石に明後日の方向に目を逸らせたが。
だが、竜花は、横目に結構な強か者を見据えながら、陽射しに恵まれた色彩とも、崑巍石の上品な佇まいとも掛け離れた、地を這う程低い、己への怒りを込めた声で、独語する。
無論、内心に、強か者が多過ぎると、とある人物を筆頭に置きながら、である。
「……私は、此度程、己の人を見る目の無さを、呪った事は無い」
「これは慮外な事を。天下に鳴り響く御麗質、御慧眼の持ち主が、何を仰いますか」
ほぼ無名に近かった若手官吏達の、竜花に因る推挙、登用。
権門度外視、朝廷の混乱にも全くの無頓着な暴挙、と反竜花派は攻撃の所以にするが、実際は政治的均衡、能力のみならず当人の性格性までも織り込み、任官先との軋轢が生じぬ様に完璧に配慮された恐ろしい布陣であった事は、竜花の手腕を僅かでも認める者は、皆知っている。
鸑蔡琰、鶴之楊等、重責を担う者、高位にある者の活躍が目立つが、華々しく喧伝される職でないだけで、各部各省で、竜花の推薦や口添えを得た者達が、日々、国を支える為に奮闘しているのだ。
仮に竜花が己を呪う様に、自身の慧眼が偽物であったなら、之楊等若手官吏の登用は絶無だったと言って良い。それ程の抜擢が、公主の職権乱用、公私混同ではなかった事を、今では知らぬ者等無い。
抜擢された官は、竜花の恩と期待に応える為、何より不甲斐ない様は、自分達を推薦した竜花の評判を下げ、宮廷内での立場を危うくする事を十分過ぎる程理解していた為、着任直後から能吏の才を爆発させているのだ。
彼等の心に在るのは、唯一つ。
――竜花の信頼を、裏切らぬ事。
そして、事実、彼等はこれ迄一度して、竜花の期待に沿えぬ働きをした事は無かった。
何故ならば、彼等の前には、常に、竜花が居る。
その目、その先、目指す処に立つのは、己より薄い肩をした少女。
常に、彼等を導く者。
自分より年下の小娘に何を阿るか、と、口汚く罵る者もあったが、竜花に見出された者達は、実力と実績で、周囲の思惑と悪意を叩き潰し続けているのだ。
鵲家当主が、それ等を把握していない筈もなく。
故に、名門貴族の当代としては少々茶化した様な返答をした。これは竜花に先を言わせぬ為でもあったが、竜花は敢えて老獪な医者を睨みながら言い切った。
「見抜いておれば、私は、迷う事無く、玲舜を王妃に薦めたものを」
それは、厳かな宣言だった。
同時に。
――己の間抜けさに腹が立つ。
怒りで、玲瓏な美貌に迫力が増している。
名家当主辺りでなければ、気圧されて会話も成立しなかっただろう程に。
「五人の候補の中で、玲舜が最も国母に相応しい」
「畏れ多い事でございます」
「今更畏まるぐらいなら、何故、花姫の選を受けた」
「畏れながら、貴族間に於いては、家格が下の者からの拒絶は相手への不敬に当たるとの慣習がございます」
「……知っておるわ。故に私が花姫等と、戯けた事態になっているのではないか。だが、王家王族からの婚姻の打診は絶対に断れぬ、という事ではないぞ」
「左様にございますな」
不機嫌を極めた竜花を前にしても、世のあらゆる大病難病を困難として対処し続けてきた男は動じない。
これが戦場の戦乙女の覇気ならばいざ知らず、二人が揃って眺めているのは、傍目には微笑ましい風情の若者達だ。周囲には野趣溢れる草花が咲き乱れ、どうあっても殺気立つ状況ではない。
殺し合うのも馬鹿らしい、と竜花は乱暴にまた視線を投げた。
即死でなれけば、ここで深手を負わせても鵲家一門が総力を挙げて、誰であっても助けるだろう。戦うには場所が悪い。
だが、腹の探り合いをするに、相手が権勢に群がる古狸よりも厄介である事は確かであり、それはお互いが認めるところだった。
「婚約にまでは至れぬまでも、心に決めた者がいた時は、先約を理由に断れよう。土壇場で適当な相手と、よく調べぬ儘婚約するより、マシではないか」
「そうならぬよう、幼い時から釣り合いを考慮した家門と、婚約をしておくのでございます」
この辺りは世慣れない若者を諭すように、のなのは、きっと態とだろう。
自分を激昂させて、本題を有耶無耶にする腹積もりか、と、竜花は内心を隠す事を放棄した鋭い眼光を、娘を案じる父の振りをする男に据えた。
否、振り、とは過言であろうが、名家当主に打算が無かろう筈は、それこそ無いのだ。
「駒と割り切った政略ならばいざ知らず、幼少時に解せる者等少なかろう。……相分かった。その様な慣習は従うに及ばずと触れを出す。だが、なればこそ、花姫の選までに婚約の打診さえ纏めておかなんだのは、一体どの様な仕儀か。家格が釣り合わなんだとは言わせぬぞ。鵲家ならば、申し込みだけでも釣り書きの山が出来ていたであろうに」
問いの形を採ってはいるが、これは、娘を案じる親ならば無策と言って良い現状への、強烈な皮肉であった。
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