花選びの章・閑話 花睡鵲啼4
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花選びの章・閑話 花睡鵲啼4
鵲家当代の夫人、由羽は、名門貴族の中では唯一の、平民出身の夫人である事でも知られる。
今では大家の奥方らしく、長く美しい髪は艶やかな射干玉。蒸栗色の瞳を縁取るのはすっきりとした一重の、印象としては、鶯夫人の蘭萩とは対極の女性である。
由羽が世の人々に周知であるのは、鵲家夫人となるまでの経緯が、その最たる所以であろう。
「看護人の九割以上が女性であるのに、身分、性差の拘り無く門戸を開いている筈の医官の全てが男であるのは、如何なる理由有っての事か」と、唯一人で先代鵲家の門を叩いたのだ。
先代鵲主に直談判し、その気概を認められ、見事弟子入りを果たしたのは、由羽十歳の時。
平民出身、しかも女性――と言うより、未成年の少女。「前例が無ければ作ってしまえ」と言ったとか言わないとかの逸話がまことしやかに残る剛の者である。
そしてこの年、次期当主となる亘暢が生誕。
これが後年、まさかの年の差夫婦になろうとは、当人ですら想像の余地外であっただろう。
妻が年下での年の離れた夫婦は、貴族には多々在るが、女性が十歳上はこれまた鳳の貴族史上、互いに初婚では前代未聞であった。
跡継ぎに難が無くなった、熟年での再婚なら、無くは無いのだ。
先代鵲家でも唯一人の女性の弟子として、亘暢の子守に良い様に使われてもいたようだが、亘暢が長じてからは、長く同門下の姉弟子弟弟子関係であったそうだ。
肩程で切った髪を一つに纏め、余計に涼やかに見える眼差しで、弟弟子の亘暢をそれはそれは厳しく扱く由羽の姿が、当時の多くの門下生達に目撃され、今でも語り草となっている。
由羽の方に、下心等欠片も無く、異性としての意識すらせず、完全に弟弟子の扱いであった事は、これからも見て取れる。
大体、赤子の頃から子守をしていた相手に恋愛感情を持てるかと言うと、皆無ではなくとも、一般論として難しかろう。
考えてもみよ。襁褓の替えまでさせられていたかもしれぬのだ。
にも拘らず、それからどの様な紆余曲折が有ったものか。当人達は敢えて詳しく語らぬが、亘暢を良く知る友人達は、口を揃えて「亘暢の奴が、執拗な程用意周到に水面下で手を回して由羽さんの退路を断って交際に持ち込んだに決まっている」と断言する。
その証拠に、交際開始から婚約、婚姻迄が半年無かったのだ。片方が平民とは言え、婚儀関係を入念に整える貴族にはこれまた異例であった。
「……畳み掛けないと間違い無く逃げられると思ったんだろうなぁ」とは、これも先の友人達の一致した見解である。
異例の短期間の婚約に、「亘暢の方が若いしなぁ……」とふしだらな邪推もされたそうだが、亘暢二十歳、由羽三十歳で結婚した二人には、下種の勘繰りに反して、長く子供が授からなかった。
漸く長子長女の玲舜を出産したのは、由羽四十になるかならぬかの頃。高齢出産にも拘らず至って安産で、以後は次々に男子を生み、六人の子宝に恵まれた。
「修業時代に、色々と鍛えられましたからねぇ……」とは、晩年の由羽の述懐である。
現在、由羽は医師の現役からは退いたが、六人の子供達の意向を尊重しつつ、全員を医の道で指導し、鵲家の政以外を取り仕切る賢婦人である。
年の差に違いは有れど、所謂「姉さん女房」仲間の鷺蘭萩とは、非常に良い関係であるそうで、元々おっとりとした蘭萩も、相手の出自に拘る性格ではない為、親友と言って憚らない。
そして竜花が亘暢を警戒するのは、この由羽を妻にする為の亘暢の執念と手腕であった。
冗談に聞こえるかもしれぬが、間違いなく竜花の本心である。
下級貴族と平民の婚姻は珍しくない。平民が裕福な商家なら貴族の方が望む話だし、一般庶民だとしても、下級貴族にそこまで拘る血筋は無い。
しかし鵲家は名門中の名門、王族の診察も任される旧家である。そこに医師ではあれど平民を入れるとは、親族だけでもどれ程の反発があった事かは想像に難くない。
由羽の身に危険が及んだ事もあったろう。
それ等を完全に叩き潰し、排除し、及び腰と言うより想像した事も無かったろう由羽に交際を承諾させ、あれよあれよと言う間に婚姻迄持ち込んだのだ。
現在、非常に似た様な境遇にある竜花としては、それまで親しい交流の無かった亘暢を見定めるのに、躊躇う理由は寸毫も無いのであった。
亘暢は亘暢で、惚れた相手を逃す心算は毛頭無く、一途なのは幼い頃の鶯主玄頼と同様ながら、手に入れる手段が正反対にどす黒かったのは、承知の上での確信犯だ。
玄頼は正攻法で、蘭萩を只管一途に口説き落とした。こちらはこちらで、蘭萩がとことん鈍かったので、苦労したそうだが。
現在の亘暢は、年上の妻に巧く掌で転がされていると言うか、手綱を握られている自覚も十割で有るが、それはそれで幸せなので問題無いな、との考え方であった。
勿論、公言した事は一度も無いが、一門には見ていれば分かると呆れ九割での評である。
因みに、先の「前例が……」の逸話の真偽は不明ながら、耳にした竜花が「正しく」と手を打って、我が意を得たりとばかりに同意したとの話も、かなりの信憑性を以って流布している。
此方の出処は、陽気な右腕に違いないと、周囲は十割の確信で頷くそうだ。
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