姉妹のような関係
「先生、さっき電話があった子が来ました。十七歳の高齢犬、過去に子宮蓄膿症で手術した経験あるようです。ここ最近、食欲が低下。最後に食べたのは昨日の夜らしく、低血糖も起こしています。オーナーは治療範囲を〝獣医師の判断に任せる〟に、予算は〝カード〟に丸つけてます」
「その歳だからっていうのもあるだろうけど、とりあえず血液検査してみますか。浅野くーん、血検の準備してー。細い足だな……。針は25Gで! 準備が終わったらチョコラちゃんのお薬作るの代わってあげて」
「お薬は作ってカルテに挟んであるから! 薬の内容変わったことだけ説明お願い!」
「だ、そうだよー。よろしくね。あと、急患入ったから診察遅れるって他の人に伝えておいてね」
羽賀の指示に浅野は「分かりました」と頷き、血液採取のための道具を用意しに向かう。注射針はその太さによって数字が変わり、よつば動物病院では例外はあるが基本的には24Gと25Gの針を使用する。指示された針が付けられたシリンジとアルコール綿花をトレイに載せて、羽賀に手渡した。
「清水くんは体重と熱測って。二番の診察室が空いたからそこ連れてって」
「分かりました」
「あ、部屋の消毒まだだからやっておいてね」
片手でトレイを持ちながら羽賀は清水に指示を出した。
清水は器用にマロンを片手で抱きかかえながらパソコンを操作していた。採取した血液をすぐに血液化学検査機で測れるようにするためだ。
「それぐらい羽賀先生がやってください!」
清水の叱責に羽賀は渋々といった様子で消毒スプレーと雑巾を手にする。
なんで僕が……とぶつくさいいながら診察室の掃除をする姿を薫は遠くから眺めていた。急に慌ただしくなった院内の雰囲気に、どう動けばいいのか分からなくて、眺めているとすんすんと鼻を鳴らす音が聞こえた。声の方向を見ると待合室の椅子に腰掛けていた佐々木が俯いて震えている。膝の上に固く握られた拳にはいくつもの涙が落ちていた。
咄嗟にティッシュ箱を掴んだ薫は佐々木に差し出した。
「あの、これを」
「……ごめん、なさい」
「大切な家族なんですから、焦るのも仕方ないですよ」
慰めに適した言葉が浮かばず、内心焦りながらも薫は口を動かした。泣いている女性を一人にはできない。どうにか気持ちを落ち着かせようと佐々木の背中を撫でながら、薫は思案する。「大丈夫ですよ!」なんて言葉は口にできない。病院は必ず治せる場所ではないのだから、希望をもたせる言葉は残酷だ。
しばらくすると佐々木は落ち着きを取り戻したようで、鼻をすすりながら泣き腫らした目に薫を映した。
「マロンちゃんは、私が小学校の入学祝いに両親がプレゼントしてくれた子なんです」
サプライズだと佐々木は言った。物心ついた時から犬を欲しがった娘のために、佐々木の両親は色んなペットショップや保護施設を周り、娘と同じ月日に生まれた子犬を引き取ってきた。
その日からずっと子犬——マロンは文字通り姉妹のように暮らした。一人っ子だった佐々木にとって、マロンは唯一無二の親友で妹だという。
「ずっと一緒で、もう高齢なのは分かっているんですけど、今まで元気だったのに……」
気丈に振る舞っていたが無理だったのだろう。佐々木は顔を手で覆うと、更に体を丸め込んで泣き始める。
声がけもできず、薫が背中を撫でることだけに徹していると診察室の扉が開いた。
清水がマロンを抱きかかえながら佐々木の名前を呼んでいる。
「佐々木さん、お待たせしました。血液検査の結果でたので、先生から説明があります。ここに入って貰ってもいいですか?」
「分かりました。……ごめんなさい。こんな話、してしまって」
佐々木は薫に深く頭を下げると診察室へ入っていった。




