急患が来た
「お薬ができるまで待合室でお待ちください」
何度も経験したからと言って、緊張は弛まない。どこかぎこちなく言いながら待合室のソファを示すと小泉チョコラの飼い主はにこやかに笑って頷き、ソファに腰掛けた。
指示通り会計も無事に終わり、手持ち無沙汰になった薫は浅野の会計の様子を伺うことにした。慣れもあるのかスムーズにパソコンやレジを操作して、飼い主からの質問に受け答えをしている。
(もう少し早くお会計できるようにならなくちゃ)
そう思っていると電話対応を終えた清水が戻ってきた。気のせいか疲れ切ったようにも見える。
「電話変わってくれて、ありがとうございます」
「ううん。こっちこそ、計算変わってくれてありがとう。あとは薬ね。羽賀先生が計っておいてくれたから、作ってくるわね」
「あの、見ていてもいいですか? 場所を覚えたいので」
「ええ、ぜひ。分からないこととか気になることがあったら聞いてちょうだい」
ああ、そうだ。と清水は浅野に視線を向ける。
「今から新患くるって羽賀先生に伝えておいて。聞いている限り、容体悪そうだし、オーナーも混乱しているみたいだから来たら私がつくわ」
「了解。カルテの準備だけしとくよ」
「お願いね。東堂さん、医局に移動しようか」
医局は受付のすぐ隣にある。清水の後を追いかけて、薫も医局へと向かった。
「この子は皮膚炎が酷くて、お薬が処方されていたんだけれど、ここ最近の調子がいいから今回からお薬の量を減らすことになったの。ここに書かれているのはどれも皮膚病のお薬よ」
医局用のタブレットを操作しながら清水はカウンターに並ぶカプセル薬と楕円状の錠剤の数を確認する。
「羽賀先生がこうして準備してくれたものを私達が粉にしたり、分包したりするのよ」
薬の調薬は法律で獣医師及び薬剤師にしか許されていない。看護師である清水や浅野は羽賀の指示の元、測量した薬を粉砕したり、分包する作業だけを担当している。
「お薬は錠剤や粉、液体、色んな種類があるんだけど、今回のは粉だから乳鉢を使ってすり潰すの」
清水はまず楕円形の錠剤を乳鉢に入れ、すり潰すとカプセルの中身を追加する。丁寧に混ぜ合わせ、欠片が残らないほど粉々にすると乳鉢を手に、大きな機械の前へ移動した。
「これは分包機っていって、お薬を包む機械なの。今回は粉薬だから設定を粉に変えて、作る日数を入力。それで、ここにお薬をいれたら円盤が回って日数分にしっかり均等に分けてくれるから、見た目は難しそうだけど慣れたら楽よ」
そう言って乳鉢の中身を投入口へ移し替える。スタートボタンを押すと大音量で機械が動き、しばらくすると下の部分から分包された薬がでてきた。
清水は機械の稼働を終えるまでの時間が勿体ないからと引き出しから薬袋を取り出した。名前、一日の服用回数、時間帯、薬の種類が書かれたものは人間に処方されるものとほとんど同じように見える。違う点としては下部に〝よつば動物病院〟と書かれており、その横には作成者が分かるようにハンコ欄がある点だろうか。
清水はカルテを見ながら太めのボールペンで薬袋を記入していく。それが終わる頃には分包も終わったので、薬を取り出すと日数分がきちんとあるか確認した。
薬を折りたたみ、薬袋に仕舞い込んだ時「あの」と恐る恐ると言った様子で受付から声が聞こえた。
診察予定の患者だろうか。薫が受付へ移動しようとすると清水は腕を掴んで止めた。
「さっきの電話の人だと思う。私が担当するから後ろから見ていてね」
出来上がった薬を無くさないようにカルテに挟むと清水は受付で待つ女性の元へ移動する。歳はおそらく二十代前半だろうか。化粧なしでも華やかな面は青白くなっており、大きな目からは今にも涙が溢れそうだ。腕の中には白い毛並みの小型犬がいて、ぐったりとしていた。
「先ほど電話した佐々木マロンです」
「お待ちしておりました。では、カルテを作りたいのでこちらの記入をお願いしてもいいですか?」
「はい、あのっ」
「書いている間、マロンちゃんはこちらで預からせてもらいますね」
見るからに混乱した様子の女性に対して、清水は始終笑顔を浮かべて、落ち着いた声音で語りかける。
その声と表情にいくらか落ち着きを取り戻したのか女性は肩の力を抜くと記入用紙にペンを走らせた。
「食欲や元気はどうですか?」
清水はマロンと呼ばれた小型犬の瞼や口吻を捲り、内側の血色を確認したり、脈を測りながら佐々木に問いかける。
「ここ最近、暖かくなってきたからか落ちていて、元気は、そのおばあちゃん犬だから寝てばかりで、それでもいつもお迎えは来てくれてたんです」
「カルテ失礼します。……十七歳か、食欲はいつぐらいから落ちましたか?」
「えっと、一週間ぐらい。でも、暖かくなってきたからかなって思って……」
「どれぐらいの量食べたか分かりますか?」
「昨日の朝はまったく、でも夜はいつもの量……カップ半分であげてて、しっかり食べてくれたんです。今日の朝も食べようとしなくて、でも夜なら食べてくれると思ってて」
「すぐに先生に伝えてくるので佐々木さんは記入が終わったら待ち合い室でお待ち下さい」
清水はマロンを抱き直すと羽賀がいる処置室へと向かった。




