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三章 エピローグ 終わりと始まり

 ラグナが退院する一日前――サラはダリウスから離れた森の中で携帯を耳に当てていた。森の中といってもかなり開けた場所であったためか傍に数台のヘリが着陸しており、現在もローブを着た私兵たちが周囲の警戒に当たっている。それを横目で観察しながら電話の相手――レイナードに事件の顛末を報告した。


「――以上で報告を終わります」


『そうか。フェイクはラグナ君に倒されたか。それはよかった』


「ええ。しかし……今回は非常に危険な戦いでした。正直フェイクの力は異常という他ありません。一歩間違えば……」


『全滅していた可能性もある、かな? 事前に相手の能力がわかっていて、その対策をしておきながらなお圧倒されるほどの力か。興味深いな。それにおそらく他の幹部も皆フェイクと同等の力を持っているのだろう。だとすれば今回の戦いの勝利を祝うより急ぎラクロアの月についての詳細な情報を手に入れた方が良さそうだね』


「同感です。ラグナ様の『黒い月光』の力を以てしても薄氷の勝利でした。敵の能力についてさらに調査し理解を深める必要があると思われます」


『そうだね。それに今は元に戻っているらしいが、ラグナ君の眼がフェイクと同じように赤く発光したみたいだね。ベラルの時も兆候はあったようだが、その辺も含めて色々と調べる必要がありそうだ。それと……五年前からラフェール鉱山の月光石が密輸されてた件だけど、面白いことがわかったんだ』


「面白い事ですか……?」


『ああ。ゴルテュス子爵は鉱石の発掘状況などの報告を調査官を買収することで誤魔化していたようだがラフェール鉱山ほどの巨大な採掘場の採掘状況をそう簡単に誤魔化せるとは思えなくてね。そこで調べてみたんだが、どうもゴルテュス子爵の報告に疑問を抱いた者たちが当時もいたようなんだ。そこで調べ直すように調査隊が結成される寸前までいったらしいが、途中で中止になった』


「中止に……なぜですか?」


『上から何者かが圧力をかけてそれを止めたらしい』


「上……? ……王族……いや、まさか……」


『察しがいいね。さすがサラ。そう君の予想通り――七大貴族だよ』


「……『月光石』がガルシィア帝国へ輸出されていたことを鑑みると……それはつまり……」


『ああ。七大貴族の中に帝国と内通している者がいるらしい』


「……いったい誰が……」


『残念ながらそこまではわからなかった。だがキングフローで無い事は調べてすでにわかっている。ベルディアスでもないだろう。ベルディアス伯爵にそんな器量はないだろうからね。当時まだ私がキングフローを完全に掌握してはいなかったとはいえラフェール鉱山のもみ消しを私はおろか他の誰にも悟らせないように行っているところを見るにかなりのやり手だよ』


「……当時圧力をかけられた者たちから話は聞けないのでしょうか」


『残念ながらラフェール鉱山の件で七大貴族の圧力を受けた者たちはなぜか皆不審な死を遂げている』


「……徹底していますね。証拠は決して残さないということですか」


『そのようだね。だがこうして今になって浮かび上がってきた。これは私にとって僥倖だよ』


「……その事実の証拠を掴めばベルディアスに続いて他の七大貴族の一角を自身の手で掌握することが出来ますね。帝国の利益の為に王国を裏切っていたなど最悪のスキャンダルです。それに……もしその裏切者が貴方が倒すべき相手ならば……」


 サラが言葉を切ったことでレイナードは楽しそうに続きを喋り始める。


『ああ。もし裏切者が奴――ユエリス侯爵ならば私は一気に特務大臣の座に近づくことが出来る』


 レイナードがユエリス侯爵の名を出すたびにサラはその言葉の奥に煮えたぎる憎しみのようなものを感じていた。


(……ユエリス侯爵の名が出るたびに背筋が凍る……言葉自体は冷静だけど……その奥から隠し切れないような怒りを感じる……二人の間にいったいどんな確執があるのだろうか……いや、私が知るべきことではないか)


 サラはすぐさま思考を切り替えると口を開く。 


「……しかし証拠は全て消し去られていると考えた方がいいのではないでしょうか。ゴルテュス子爵は自身が利用されていたことを知らないようですし。第一、裏切者がユエリス侯爵だとしても証拠が欠片でも残っているのならキングフローとベルディアスで同盟を組ませてラフェール鉱山の件に当たらせるとは思えません。ガルシィア帝国を直接調べるにしても『七大貴族』と通じている相手となるとおそらくかなり位の高い帝国貴族や皇族である可能性が高いと思われます。そんな者たちの情報ともなれば間違いなく最高機密。そう易々とは手に入りませんよ」


『確かにね。だが考え方を少し変えてみたらどうだろう。ゴルテュス子爵が『月光石』を密輸していたのはガルシィア帝国。そしてその事実をネタにゴルテュス子爵を脅してラクロアの月は自分たちの計画に利用することにした。ここで一つ疑問点がある。なぜラクロアの月はゴルテュス子爵が帝国に月光石を密輸していたことを知っていたのか』


「…………」


 サラはレイナードの言わんとしていることを理解しようと眼をつむり考えを巡らせ、結論にたどり着く。


「……もしや……ガルシィア帝国が『ラクロアの月』に情報を漏らした……いや、この場合漏らしたというより……」


『与えた、と言った方が正確だろうね。この五年の間にラフェール鉱山の月光石の大半はガルシィア帝国に運ばれた。帝国としても用済みのゴルテュス子爵の存在は邪魔でしかなかったはず。最後に利用するだけして始末するつもりだったのだろう。……もうここまで言えば聡明な君なら私の考えがわかるはずだよサラ』


「……『ラクロアの月』と通じていたボルクス男爵が亡命しようとした場所はガルシィア帝国……ゴルテュス子爵が『月光石』を密輸していたのもガルシィア帝国……そのうえその情報を『ラクロアの月』に与え脅すよう仕向けたのもまたガルシィア帝国……つまり……ガルシィア帝国は『ラクロアの月』と深く繋がっている……」


『その通り。最初のボルクス男爵の件だけならばただ亡命しようとしていたというだけだし疑惑の段階までで終わっていたがこうも続くと流石に不自然だ。帝国とラクロアの月は国ぐるみで完全に繋がっていると見た方がいいだろう。そしてレギン王国の七大貴族がガルシィア帝国と繋がり、さらに帝国がラクロアの月とも繋がっているのだとしたら――』


「――『ラクロアの月』を追えばガルシィア帝国の何者かと繋がっているかを知ることが出来るうえ、うまくいけば裏切者の七大貴族の正体も掴むことが出来る、ということですね」


『そういうことだね。点と点が繋がり始めた。この先もきっと新たな点が線で繋がっていくだろう。繋がった線によっていったいどんな絵が描かれるかはまだわからないが、私と君達の望む結末になるように調整していく必要がある。描いていこうじゃないか我々の望む美しい絵を』


「……水を差すようで申し訳ないのですが『ラクロアの月』に関する情報もそう易々と手には……」


『ところが運よく手に入ったんだよ。そう、ラクロアの月のとある幹部についての情報だ』


(……なるほど……先ほどまでの話はこの話題を振るための前振りだったということか……)


「かなり危ないことをやろうとしているみたいなんだが……あ……でも君は確かこれから休暇に入るんだったね。ではこんな情報を聞かされても迷惑なだけか。すまない、忘れてくれ』


「…………」


 サラは心底ウザったそうな顔でため息をつくと心の中で毒づく。


(……この男は本当に……まったく……そんなことを聞かされて平然と休暇に入れるわけがないだろうに……私の性格を熟知しているからこそのこの言動……それに乗ってしまう私もバカなのだろうけれど……いつか階段から蹴り落としてやろう)


 心の中で悪態をついた後、サラは口を開いた。


「……休暇は先延ばしにします。その幹部の情報について詳しく教えてください」


『いやーそんな、悪いよサラ。そんなつもりで言ったわけじゃないんだが……』


「……お気遣いは無用ですので教えてください。急ぎ調査に向かいます」


『……そうかい? いやー、君がそこまで言うなら仕方ないな。では君のデバイスにすでに情報は送っておいたから調査の方頼んだよ。いやーでもホントにそんなつもりはなかったんだよ? ホントだよ』


「……わかっております。ところでジュリア様やリリス様はこの後どのようにすればよいのでしょうか」


『彼女たちに任せるよ。王都に戻りたいと言うなら送ってあげてくれ。任務に同行したいというなら連れて行ってもいい』


「……本当によろしいのですか?」


『ああ。ベルディアス伯爵も何も言ってこない辺り問題ないのだろう。彼女と伯爵はすでに勘当寸前までいっているからね。興味や愛情はすでに消えたのかもしれない。跡継ぎには彼女の兄弟がいるし平気なのだと思うよ。リリスも私が許可を出せば父上は何も言ってこないだろうしね。それに君の報告を聞く限り彼女たちは十分戦力として使えたのだろう?』


「……ええ。二人とも騎士になる前だというのに非常に戦い慣れていました。騎士学校で修練を積んだのでしょう」


『主席と次席の名は飾りでは無かったわけだ。では彼女たちが望むならばそのまま使ってやってくれ。どうせ騎士採用試験が再開するまでは彼女たちも暇だろうし、この先騎士になったとしても戦いが激化する恐れがある。それならば今のうちに実戦を積み力を付けておけば生き残れる確率も高くなるだろう』


「かしこまりました。それでは失礼しますレイナード様」


『ああ、報告ご苦労だったね。でも本当にごめんね、君の性格上任務を引き受けるのはわかりきっていたのにさ』


「……いえ、大丈夫です」


『あ、そんなこと言いながら今怒ってるでしょ? いや本当に悪気はなかったんだよ。それに怒るのは良くないよサラ。顔にしわが出来て――』


「――失礼します」


 電話を強制的に切ったサラのもとに近づく者があった――その名はディーン。


「おーいサラ。レイナード様への報告は終わっ――うひゃあッ!?」


 ディーンが驚いたのも無理はない。ただでさえ目つきの悪いサラの眼がさらに鋭くなり形相は鬼のように歪んでいたのだ。


「ど、どうかしたのかサラちゃん?」


 ディーンの声を聞き表情をあらためたサラは咳払いをすると呟く。


「……いえ、別になんでも。それよりもこれから新しい任務に向かうことになりました。貴方も暇なら付き合ってください」


「え、でもお前これから休暇に入るんじゃなかったっけ? 大丈夫かよ。たまにはちゃんと休んだ方がいいぜ。気のせいか、顔のしわが前より増え――」


「それ以上言ったらすりつぶしますよディーン」


「っひぃぃぃ!? すんませんッ…!」


殺気を受けたディーンの悲鳴が森中に響き渡った。



 ラグナたちはテトアの両親から事情を話され納得し家族同士の感動の再会を見届けた後、皆と共にダリウスの駅に向かっていたが途中でジュリアとリリスに出会ったためフィックス達には先に行ってもらうことになった。その後三人は向かい合って話し始める。


「――退院おめでとうございますラグナ」


「……おめでとう……」


「ありがとうジュリア、リリ。でも二人やフェイクと戦った他の人たちが無事で本当によかったよ」


「全て貴方のおかげですわ。ディーンさんやサラさんたちからも感謝の言葉を代表して伝えてほしいと頼まれました」


「そんな……感謝してるのは俺も一緒だよ。みんながいてくれたからなんとか勝てたんだ」


「しかし貴方の負担が一番大きかったのは事実。……助けに来たというのに結局また助けられてしまいましたわね」


「……面目ない……」


「そんなことないよ! 二人が来てくれなかったらあの時……」


 ラグナはブレイディアやジョイに向けて雷撃が放たれた瞬間を思い出し身震いした。そしてそれを防いでくれた二人に向かって言う。


「とにかく本当に感謝してるんだ。二人があの時駆けつけてくれて嬉しかったよ」


「……そう言っていただけると救われます」


「……少しは役に立ててよかった……」


 二人の表情が少しほころんだのを確認したラグナは次の話題を切り出す。


「……ところで二人はこの後どうするの? 俺達と一緒に王都へ帰るの?」


「いえ、私たちはサラさんたちに同行して『ラクロアの月』について調べようと思っています」


「……騎士採用試験までどうせ暇……だから実戦で鍛え直す……騎士になってすぐに戦力になれるように……」


 危険なのでは、と一瞬思い口に出しそうになったラグナだったが二人の真剣な表情見て口をつぐむ。


(……二人ともフェイクとの戦いを気にしてるんだろうか……俺としては本当に助かったんだけど……二人はそうは思ってないみたいだ……まあでも正直俺もギリギリだった……これから先のことを考えれば鍛え直したいっていう二人の気持ちもわかる気がする……)


 ラグナはジュリアたちを止めようとする言葉をグッと呑み込むと二人に告げる。


「……気を付けてね。無理はしないで」


「ええ。そうします。騎士になる前に死んでは元も子もないですしね」


「……ほどほどにする……ラグナは頑張ったから王都に戻ったらゆっくり休んで……」


「報告書とか色々まとめた後にそうさせてもらおうかな」


 三人で和やかに話し合った後、ジュリアが切り出す。


「――それではそろそろ行きますわね。ラグナ、次に会う時はもっと強くなっていますので期待していてください」


「……『ラクロアの月』なんかに負けないくらい強くなる……」


「そうだね。一緒に頑張ろう」


 互いに努力し合うことを誓い合った三人はそれぞれの道を歩き出す。



 ラグナと別れたジュリアとリリスは森に向かいながら話し合っていた。


「……リリ。これから先戦いはきっと激化していくでしょう。そうなれば……」


「……うん……ラグナはもっと酷使される……使い潰されかねないほどに……」


「そうさせないためには私たちが強くなる必要があります」


「……そうだね……力をつけようジュリ……またラグナを一人だけ残して行かないために……」


 一人鉱山頂上に残り孤独な戦いを始めようとしていた少年の背中を思い出した二人の少女たちは決意を新たにしヘリが置いてある森の中に入って行った。



 駅近くまでやってきたラグナの前に突然人影が現れる。それは白髪の美女レスヴァルだった。


「レスヴァルさん。駅で待ってるはずじゃ……」


「駅は人でごった返しているからね。ブレイディアさんとだけ先に話して出て来たんだ。それに電話で別の依頼を受けることになったのでね。急ぎここを発つことになった。だがその前に落ち着いて君と話したかったからここで待っていたんだ」


「そうだったんですか。あの……本当に色々とお世話になりました。なんというかお世話になり過ぎて正直どう感謝していいのか……」


「いいさ、気にしないでくれ。私も自分の依頼を無事に達成できたしね。なにより騎士団に顔を売ることが出来たんだ。それに……君と再会できたしね」


「え……?」


「……いや、なんでもないよ。それより体の方は平気かな? リミッターを外した影響は出ていないかな?」


「ええ、今のところは。でも……いずれはその代償を支払わなければいけない時が来るんですよね……」


「おそらくね。……だがもしかしたら何も起きない可能性もある。だから今後も体にはどうか注意してほしい」


「わかりました。気を付けます」


「うん。それではそろそろ行くよ。さよなら――ラグナ君」


 背を向けて町の外に歩き出すレスヴァルを見たラグナは思わず声をかけてしまった。


「あの、レスヴァルさん! また、会えますよね……?」


「……ああ。もちろんだよ。また会おう、約束だ」


 笑いながら右手を挙げてそう言ったレスヴァルは今度こそ背を向けるとその場からいなくなった。ラグナは彼女のいなくなった方角に頭を下げると駅の方へ走り出す。



 レスヴァルは町の外に広がる森の中を歩きながら電話をかけていた。


「――『彼』に会ったよ。ああ、そうだ。どうも記憶が戻っていないらしく私のことはわからなかったみたいでね。色々と嘘をついてしまった。罪悪感を覚えたが、こんな形とはいえ会えてうれしかったよ」


『――――』


「わかっているさ。変な気を起こすつもりは無い。目的を達成するのが最重要案件だ。これからそちらに向かう」


 レスヴァルは電話を切ると独り言ちる。


「……君にとっての代償は……きっとあのおぞましい『神』の力の目覚めなんだろうね。これも私がきっかけの一つを与えてしまったせいか。……次会う時も味方でいてくれることを願うよ。出来ればもう二度と――君とは戦いたくないからさ」 



 駅にやって来たラグナだったが着いてすぐに仰天することになる。レスヴァルから事前に聞いていたが驚かざるを得なかった、なんと駅周辺を覆いつくすほどに町の住人でごった返していたのだ。そして町を救った英雄に気づいた住人たちは少年を押しつぶしかねないほどの勢いで群がるとそれぞれ感謝の言葉を伝え始めた。全ての言葉を受け止め人をかき分けるように進んでいるとようやく駅の改札をくぐることに成功する。


 その時点でヘトヘトの状態だったが駅のホームまで進むと人はほとんどいなくなり見知った人たちだけになる。その中の一人ブレイディアのもとにラグナは駆け寄った。


「ブレイディアさん!」


「ラグナ君。無事にここまでたどり着けたみたいでよかった。すごい人だかりだったよね」


「ええ。それにみなさんに多くの感謝の言葉をかけてもらいました」


「みんなラグナ君に感謝してるんだって。それだけのことをしたんだよ君は」


「俺だけの力じゃないですよ。ブレイディアさんやレスヴァルさん、ジュリアやリリ、大勢の方々が協力してくれたおかげです」


「相変わらず謙遜しちゃってもう! 可愛いんだからこのこのぉ!」


 じゃれついてくるブレイディアに苦笑しているとフィックスが話しかけて来た。


「お二人とも本当にありがとうございました。なんとお礼を言ってよいか」


「いえ、仕事ですからどうかお気になさらずに。それに……その……ラフェール鉱山を壊してしまって本当にすみませんでした……」


「そんな、そちらの方こそお気になさらずに。ラフェール鉱山の鉱石はほぼ取りつくされてしまいました。あそこはもう何の価値もありません。ラフェール鉱山以外の鉱山もありますし別の産業もありますので我々は大丈夫です。それに……たとえ鉱山に価値が残っていたとしてもきっと感謝していたことに変わりはないでしょう。鉱山などよりも大切な住人の命を守っていただいたのですから。本当に感謝の念に堪えません。何度でもお礼を言わせてください。ありがとうございました」


 フィックスと共にその場にいたテトア、ミリィ、二人の両親も頭を深々と下げた。それを見たラグナとブレイディアは互いに顔を見合わせて微笑む。


 やがて列車の発車時刻となったためラグナとブレイディア、その肩に乗ったジョイは列車に乗り込んだ。だが発射寸前にテトアが窓の傍に駆け寄って来たため窓を開ける。


「ラグナ兄ちゃん!」


「テトア君、どうしたの? あ――」


 列車が走り始めたがテトアはそれを追いかけるように走り始める。


「あのね、俺、もっと強くなる! それで強くなって皆を守れる騎士になる!」


「……うん。テトア君ならきっとなれるよ」


「本当にッ!? 俺頑張るよ! 頑張ってラグナ兄ちゃんみたいな騎士になる、だから――」


 言いかけたその時にホームの行き止まりにテトアはぶつかり列車は走り去っていった。



 テトアは走り去って行く列車を涙をぬぐいながら見送ると呟く。


「……俺が騎士になるまで待っててね」


 テトアは後を追って来た傍に寄り添う家族と共にいつまでも列車を見続けた。



 列車の窓から駅を見ていたラグナだったが小さく呟く。


「……待ってるよテトア君」


 そして窓を閉めると向かい合った席に座るブレイディアが話しかけて来た。


「……終わったね。色々と」


「はい。でもまだ全部が終わったわけじゃないですよね。それにこの術……」


 ラグナは左手に新たに刻まれた術の名を口に出して読み上げる。


「――〈ゼル・シャウパ〉」


 それを聞いたブレイディアは腕を組んで難しそうな顔でしゃべり始める。


「……確かシャウパってあれだよね? この世界を作ったっていう神ラクロアが生み出した神様の名前と一緒だよね。終焉の神だっけ?」


「ええ。それにフェイクも俺と戦った時に俺に向かって『神』や『神器』がどうのって言ってたんです。やけに『黒い月光』や『黒い月』にも詳しかったみたいですし。この術ともしかしたら何か関係があるのかもしれません」


「『神』か……敵の組織の名前も神話に出て来る最高神『ラクロア』の名前を使ったものだしね。色々と調べる必要がありそうだね。……まあでもなにはともあれ、ディルムンドの反乱から続く一連の事件は終わったわけだし。少しは気が休まりそうだね」


「そうですね。……それはそうと……その……ジョイは大丈夫なんですか……?」


 ブレイディアの肩で白目を剥いて気絶しているジョイを見ながら心配そうな顔をしたラグナだったが、女騎士は取り繕うように言う。


「大丈夫大丈夫。ちょっと締め上げたら気絶――じゃなくて名誉の負傷ってやつのせいで傷口が痛むだけみたいだからさ。そっとしておいてあげて」


「そう……なんですか」


「そうそう。それよりさ――」


 ブレイディアは満面の笑みでラグナに言う。


「誰一人欠けずに終われた。きっとこれは最高の結末だよ。これで王都に――私たちの家に安心して帰れるね」 


「――はい!」


 嬉しそうに頷いたラグナは王都のブレイディアの家に思いを馳せながら列車の外を見た。


 ディルムンドの反乱から続く事件はこうして終わりを告げた。


 しかし本当に過酷な運命の始まりはここからだと、少年の左手の手袋のしたで怪しく光る黒い痣はそう密かに主に伝えていた。  

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