四章 プロローグ 三人目の幹部
夜――海上に浮かぶとある孤島に建つ古城、その内部――広大な玉座の間に一人の男がいた。玉座に腰掛けながら物憂げな表情で頬杖をつくその男は白い手袋に白い礼服を身に着けその上から赤いマントを羽織っており端正な顔立ちと相まってまるでどこかの王子のようにも見える。そしてその美しい顔を虚空に向けた男はつまらなそうにため息をついた。
「……つまんねーなー……ったく……準備が整うまでは暇だぜ……」
肩まで伸ばしたグレーの髪を右手で弄び独り言ちていた男だったが、その独り言に割って入るように玉座の間の扉が蹴破るような勢いで開けられ緑色のジャージに身を包んだ一人の人物が叫びながら中に入ってくる。
「あ、あんちゃーんッ! 大変だよゲルギウスあんちゃん!」
「……なんだようるせえぞデップ。入ってくるならもっと静かに入れ」
玉座に座った男――ゲルギウスは灰色の鋭い眼を侵入者に向ける。すると汗をかきながら入って来た魚のような顔の男――デップは黒いトサカのような髪を揺らしながら言う。
「だ、だって……ふぇ、フェイクが倒されたって情報が入ったんだよッ……!」
「……フェイクが倒されただと? ……ったく、あの野郎。幹部の面汚しだな。負けるとはよぉ。んで、いったいどこの誰にやられたんだよ」
「例の奴だよ! ほら、レギン王国に現れたっていう『黒い月光』の使い手だよ! 確か名前は……えっと……ラゲナだったっけ……ラドナ……いやラギナ……」
「――ラグナ・グランウッドか?」
「あ、そうそう! それそれ!」
「……そうか。デップ、フェイクとラグナ・グランウッドの戦いについて知っている情報を詳しく教えろ」
「うん、わかったよあんちゃん。って言ってもオイラも人づてに聞いたんだけど……」
「かまわねえからさっさと話せ」
デップから戦いの詳細について聞いたゲルギウスは鼻で笑い口元に笑みを浮かべた。
「……なるほどな。接戦の末に敗北ねぇ。確かに『黒い月光』の使い手が相手なら負けても別におかしくはねえか。だがフェイクの野郎、シャルリーシャの命令を無視して戦うとはな。まあ……あんな話聞かされりゃだれだって反発したくもなるか」
「あんな話? それってなんなのあんちゃん」
「なんでもねーよ。じきに俺らには関係なくなる話だ。……しっかし相手が『黒い月光』の使い手だったとしてもずいぶんとあっさり負けやがったなあの仮面野郎は。俺だったらそんな醜態は晒さないけどな」
「あんちゃん、フェイクよりもずっと強いもんね!」
「まあな。ってかあんなクソ雑魚と俺を比較するんじゃねーよ。だいたいフェイクは幹部の中じゃ一番弱えだろうが」
ゲルギウスは不機嫌そうに言い放った後、再び不敵な笑みを浮かべた。
「……ちょうどいい機会だ。例の計画を実行する前にラグナ・グランウッドを倒しちまうか」
「え!? あんちゃんもアイツと戦う気なの!?」
「そうだ。デップ、部隊長たちを全員集めろ。今すぐだ」
「わ、わかったよあんちゃん!」
デップはゲルギウスの指示を聞くと一目散に玉座の間から出て行った。
そして十数分後、部隊長と思しき四人の男達が集結する。四人のうち三人はそれぞれ青、緑、黄色のツーブロックヘアに同色の礼服を着た同じ顔の男で、揃うや否や青、緑、黄色の順にゲルギウスに質問を始める。
「ゲルギウス様、ラグナ・グランウッドを狙うと言うのは本当なのですか?」
「本当なんかよゲルギウス様。ってかラグナ・グランウッドってどこにいるんよ」
「その話が本当ならマジウケるんだけどゲルギウス様。マジウケるからもっと詳しく教えてくれよ」
「おい、私が最初に聞いたんだ。お前らは私の後に聞け」
「順番なんか知らないし。ってかお前に指図されるいわれはないんだけんど」
「マジウケる。ってかお前らは俺の後に馬鹿みてえに質問してろよ」
その後言い争いを始めた三人に盛大にため息をついたゲルギウスはウザそうに口を開く。
「……お前ら同じ顔で喧嘩してんじゃねーよ。ったく。つーか三つ子のクセになんでそんなに仲悪いんだよ」
「同じ顔をしているから気に入らないのですよ。不愉快な鏡を見ているようです」
「自分と同じ顔なのに性格はまったく違うんよ。そこが最高に気に入らない。カーティス三兄弟とか言って一括りにされるのもムカつくんよ」
「お前ら性格キモスギマジウケる」
なおも罵倒し合う三兄妹に再度ため息をついたゲルギウスはたしなめるように言う。
「とにかく話が先に進まねえからお前らはちょっと黙ってろ。いいな? ゼルツ、ザルツ、ベルツ」
ゲルギウスの威圧するような言い方に青髪の男ゼルツ、緑髪の男ザルツ、黄色い髪の男ベルツは不服そうに頷いた。それを見て満足げに笑った玉座に座る君主は話をし始める。
「てめえらもデップから話は聞いたと思うが、例の作戦を始める前にラグナ・グランウッドを倒しちまおうと俺は考えている。理由は一つ、奴の持つ『黒月の月痕』だ。あれを手に入れたい」
ゲルギウスの言葉に真っ先に反応したのはゼルツ。
「『黒月の月痕』ですか? あれを手に入れてどうなさるおつもりなのです?」
「あれはちょいと特別なものでな。持っておけば後々物事を有利に進められるんだよ。とにかくラグナ・グランウッドを始末して左腕だけもぎ取ってこい」
次にゲルギウスの命令に反応したのはザルツ。
「だけんども、ゲルギウス様。俺らだけでフェイクを倒したって言う『黒い月光』の使い手に勝てるとは思えないんだけんども」
「ああ、わかってる。だからてめえらに特別に『魔王種』を使わせてやる」
それを聞いた三兄妹は眼を丸くすると、嬉しそうに笑った。特にベルツは犬歯をむき出しにして狂暴な笑みを浮かべる。
「……マジかよちょうウケる。『魔王種』使っていいとか今回はマジ太っ腹だなゲルギウス様」
「今回だけじゃねーだろ俺が寛大なのは。わかってると思うが俺はここから動くわけにはいかねーし、俺が直接動けば他の幹部連中に気取られる可能性があるからな。今回の仕事はお前らに任せるしかねえ。それに『黒い月光』の使い手を相手にする以上それくらい使わなきゃ流石に勝てねえだろうからな。ただし使うのは一人一体だけにしろ。制御に失敗でもしたらこっちの損害がひどくなりそうだからな。それから使う際は細心の注意を払えよ。わかったらとっとと準備に取り掛かれ。そして準備が終わり次第場所がわかってる『鍵』の回収を始めろ」
ゲルギウスの言葉を聞いたデップが今度は首をかしげる。
「え、『鍵』? ラグナ・グランウッドを倒すんじゃないのあんちゃん」
「敵は俺らが『鍵』を探して動き回ってることを知ってる。だから俺らが動けば当然敵も動く。……俺が何言いたいかわかるかデップ」
「えっと……えっと……」
デップは冷や汗をかきながら困り顔で考えるも答えが出ないらしい。それを見たゲルギウスはため息をつくと口を開いた。
「……『鍵』を回収した後に怪しい集団がいるとかいう情報を流すか、騎士や周辺に住んでる村人にわざと発見させて獲物が来るのを待ち構え迎撃するんだよ。どうせ情報は王都にも伝わるだろ。騎士共は今血眼になって『ラクロアの月』や俺らが捜してる『鍵』と『方舟』を捜索してるようだしな。ささないな情報にも反応するだろ。そして情報に釣られて王都からノコノコとラグナ・グランウッドも出て来るだろうよ」
「も、もし出て来なかったら?」
「出て来るまで遺跡近くにいる騎士や村人をぶっ殺せばいい。で、殺した後に死体を写真にでも撮って王都へ送ってやれ。そうすりゃ事態の深刻さを理解して嫌でも来ざるを得ないだろうよ。結局騎士連中は『鍵』の場所や形状なんかも含めて俺らの情報を知らないだろうから後手に回るしかねえしな。お前らは『鍵』の回収をさっさと終わらせてダミーの鍵でも手に持ったまま準備万端で敵が来るのを待ってりゃいいわけだ。敵の始末も出来て『鍵』の回収も行える、まさに一石二鳥だろ?」
「な、なるほど! 流石あんちゃん頭良い!」
「お前がバカすぎるんだよデップ……」
「うう……ごめんよぉあんちゃん……」
落ち込むデップから呆れつつ目を逸らしたゲルギウスは別の男に目を向ける。
「……お前もわかったか――ジェダ」
ここでゲルギウスは今まで一言も言葉を発しなかった四人目の部隊長に声をかける。それを聞くと部隊長の男は炎のような青い刺青が右頬に刻まれた顔を上げる。青い民族衣装を着た紺色の髪を長髪にした男――ジェダは背中まで伸びた三つ編みを揺らしながら憂いを帯びた表情で頷く。
「――了解しました、ゲルギウス様」
「……よし。話は以上だ。散れ、お前ら」
ゲルギウスがそう言うと四人の部隊長はその場を後にした。残ったのは二人だけ。そのうちの一人デップは心配そうに玉座に座る王に声をかける。
「あ、あのさぁ、あんちゃん。他の部隊長たちに『血』をあげなくてもいいの?」
「……おいデップ。『血』については軽々しく口にするなって言ったよな」
ゲルギウスがギロリとデップを睨むと、件の魚顔の男は狼狽え始める。
「ご、ごめんよぉあんちゃん。で、でも、オイラ、心配なんだよ。だって『黒い月光』って伝説の力だろ? それにラグナ・グランウッドも『血』の所有者みたいだし……『黒い月光』と『血』の組み合わせはそうとうやばいような……万一部隊長たちが負けたら、こっちの戦力はガタ落ちだよ。その後に控えてる例の計画に響くんじゃないかって……」
「くだらねえ心配してんじゃねえよ。伝説の力っつったってフェイク如きと接戦になるようじゃ現時点での奴の力は大したことねえさ。話を聞く限り『血』の力だって目覚めたばかりみたいじゃねえか。『魔王種』だけで十分だ。それに『血』を与えちまって万一アイツらが俺に反抗でもするようならそっちの方が問題だ。いいかデップ。いずれは奴らにも『血』を与えようと思ってはいる。だがまだその時じゃねえ。それまで『血』については俺とお前だけの秘密だ。いいな?」
「う、うん。わかったよあんちゃん」
「わかればいい。それと、お前もラグナ・グランウッド討伐に参加してもらう予定だが、よほどのことが無い限り『血』の力は使うなよ。やるならラグナ・グランウッドと戦う時、それも奥の手としてだ。他の幹部にバレるわけにゃいかねえからな」
「そ、そうだね。幹部以外に『血』やそれに関する情報を与えてはならないってルールに反するもんね……」
「そうだ。俺らの計画が始動するまでは絶対に気取られちゃいけねえ」
「う、うん。じゃあオイラ、準備してくるよ」
「ああ。確実に倒せるよう準備しとけよ。一応アジトにおびき寄せるセカンドプランも用意しとくが、それを使わないに越したことはねえんだからな」
「おう、任せてくれよあんちゃん」
デップはそう言うと駆け足でその場を立ち去った。残ったゲルギウスは頬杖を突きながら考えを巡らせ始める。
(……デップ、アイツは従順なんだが少しバカすぎる。『血』を与えたのは早計すぎたか……だが与えちまったもんはしょうがねえか。まあアイツは俺に心酔してるし裏切りの心配がないだけマシだな。それにそろそろデップほどじゃねえにしろ他の連中に秘密裏に植え付けた俺の可愛い『魔王種』の一部がそこそこ成長しているはず。完全に成長しきるまではまだかかるが、そうなりゃ誰も俺を裏切れねえ。そのうえで『血』を解析し量産して最強の軍団を作ってやる。それさえ出来りゃ『ラクロアの月』なんざ用済みだ)
それを夢想したゲルギウスはほくそ笑むと『黒月の月痕』について考え始める。
(そして――『黒月の月痕』……いや正式名称は『神々の紋章』の一つで『終焉の紋章』だったか。あれを入手できれば俺の計画は盤石になる。幸い所有者はまるで力を使いこなせてねえみたいだしな。今なら奪うことも出来るはず。手に入れてやるぜ『神』を呼び出し操る最強の力ってやつをよぉ。それがあればシャルリーシャや他の幹部も敵じゃねえ)
ゲルギウスは小さく笑い始めやがて――。
「ククク、アハハハハハハハハハ!!!!」
――その笑い声は玉座の間に響き渡った。
一方、その頃城の内部に設置された自身の部屋に戻ったジェダは部屋に待機していた五人に話しかける。
「――ゲルギウスが動き始める。俺達も動くぞ。ゾルダン、エルドア、ランドホーク、ヒスイ、ブリック、準備は出来ているな?」
赤いシルクハットを被りマジシャンのような赤い服を纏った黒髪短髪の男――ゾルダンは白い化粧が塗りたくられた顔と赤い口紅の塗られた唇を歪ませ微笑む。
紺色の軍服の上から黒のトレンチコートを羽織った焦げ茶色のパーマの青年――エルドアはつまらなそうにため息をつき頷く。
くすんだ灰色の髪の上から茶色いハットを被りながら目元を隠し無精ひげを生やした中年の男――ランドホークは着ていた茶色いスーツやコートを片手で整えると立てかけていた杖を持ち口元を緩め、その穏やかな顔には似つかわしくない腰にぶら下げた二丁の拳銃を揺らしながら頷く。
艶やかな腰まで伸ばした黒髪を手で払った黒い着流しを着た少年にも少女にも見える中性的な顔の人物――ヒスイの眼光は鋭く輝いた。
金髪を逆立たせた頭髪、白い無地のTシャツに緑色のカーゴパンツ、手や首に金属製のアクセサリーを付けたラフな格好の男性――ブリックは待ちに待ったとでも言うように頷く。
それぞれの反応を見たジェダは告げる。
「……どうやら問題ないようだな。では各自計画通りに動け」
五人は頷くと散り散りになった。残ったジェダは自室のパソコンに電源を入れるとあるデータを閲覧し始める。そこにはどこかの研究所の機械に繋がれた透明な円筒型の容器の中に入った白い卵の写真と研究資料と思しきものが映し出されていた。それを一通り見終えると誰かにメールを送り始める。
伝説の黒い痣を持つ少年を巡りあらたな敵が動き始めるも、件の少年はそのことを未だ知らずにいるのが現状だった。
しかしその魔の手は徐々に少年に迫りつつあったのだった。




