無料より高い物はない
第6部の投稿を開始します。
見送りのシュウとアレックスの顔が消えた次の瞬間に、コウメイたちが降り立ったそこは、暗闇だった。
「きゃあっ」
「なんか、顔に触った」
「ゲホ、ゲホっ」
顔の前に何かが覆いかぶさり、少し動くだけで咳が出た。
「灯火」
そう言ってアキラが杖を掲げると、杖の真上に柔らかな光が生まれた。
「ガラクタだらけじゃねぇか。ここ物置か?」
淡い光に照らされるそこは、板を打ち付けただけの壁に囲まれた窓のない部屋だった。天井からは蜘蛛の巣がぶらさがっているし、壁沿いには木箱やガラクタが無造作に置かれており、見るからに埃とわかるものが、うっすらと積もっている。
自分達の引越し荷物から降りたコウメイは、ぐるりと部屋を見回した後、ドラマでよく見る姑のように、指で埃をツツツとなぞった。
「こりゃ数年は掃除してねぇぜ」
「空気がこもってて黴臭いですね」
「ここ、本当にダッタザートの魔法使いギルドなんでしょうか?」
「この部屋を出てみれば分かるだろ」
窓のない部屋だが、扉はあった。装飾性も何もない、厚手の板に取っ手をつけただけの安物の扉だ。銀の杖を手にアキラがゆっくりと扉に近づいた。
「罠や仕掛けはないようだ」
杖の柄をあてて探ったが、魔法使いギルドにありがちなトラップは見つけられなかった。アキラはドアノブに手を置き、回した。
「開かない、な」
「鍵かかってんのか?」
「いや施錠されていないんだが、ドアの向こうに何か重いものがあって扉が動かない」
「代われよ」
アキラを押しのけてドアノブを握ったコウメイは、ノブごと扉を押した。扉の向こうの重しごとズズズと扉が開いていく。
「ああ、くそっ。閉じ込められてんのか? 荷物か何かが邪魔でこれ以上開かねぇ」
コウメイはダンっと力任せにドアを蹴りつけた。
「開けろよ、荷物どかしやがれっ」
蹴るなり大声を出し続ければ誰かが気付くはずだと、コウメイがわざと音を立ててドアを蹴り続けた。
「コウメイさん乱暴すぎますっ」
「シュウさんが余計な騒ぎ起こすなって言ってたのに」
「蹴らなくても呼べば十分だと思いますよ」
ヒロが慌ててコウメイを止めに入り、十五センチほど開いた隙間から大声で呼びかけた。
「誰かいませんか! すみません、誰かー」
「ちょ、ちょっと静かにしててくださいっ」
ドアの隙間から、顔色の悪いもじゃもじゃの茶髪がこちらを覗き込み、声を落とし気味に叫んだ。
「今お客さんいるんです。終わったらすぐに開けますから、声を出さないで静かにしててください。いいですねっ」
バタン!
こちらの返事を聞く前に扉が乱暴に閉められた。
「なんだありゃ」
「接客中だそうです」
「……もしかして、転移陣の部屋は機密だったか?」
ナナクシャールの転移室も、アレックス以外は入れないように普段は鍵がかけられていた。埃で視界がうっすらと白くかすむここは、とても機密部屋とは思えないが、大人しく待つしかないようだった。
+++
埃の舞う物置部屋を出られたのは、それから十数分後のことだった。
「遅いじゃないですかっ!!」
扉を開けた途端にそう叫んだ顔色の悪いもじゃもじゃ茶髪の中年男は、長い灰色のローブを邪魔そうにさばきながらどしどしと歩いていった。引越し荷物をそのままに男の後を追うと、ナナクシャールのギルドロビーより少し狭いくらいの広間に出た。壁沿いに並んだ棚、その前にカウンターテーブルがある。板の間の広間は当然掃除が行き届いておらず、隅の方に丸い綿埃がころころと転がっている。
「連絡文書は?」
「ああ、これだろうか?」
アレックスに渡された布張りの板をもじゃもじゃに渡した。カウンター内の引き出しから取り出した鍵で封印をといた男は、大きく開いて内容を確認すると、全身から力がぬけるような大きな溜め息を吐いた。
「やっと、やっと……っ」
プルプルと震えだしたかと思えば、感極まったように涙を浮かべた後、急に立ち上がって背後の書棚から何冊かを選び出し、乱暴にカウンターに置いた。積みあがってゆく書類の束や冊子を唖然と見ていると、もじゃもじゃは早口で書籍に関する説明を始めた。
「これが引き継ぎ書で、これが業務日誌、依頼管理簿はこちらです。それからこっちのが連絡用の魔道具です。会計帳簿はこちらで、査定計測器はこれを使ってください。金庫は棚裏の部屋にあります、現金と魔石や希少魔武具は全て金庫に入れて管理していますので」
「あの、ちょっと」
「ああ、肝心の物を忘れてました。これが出張所長の肩飾帯ですので、業務中は必ず身につけてくださいね。金庫の鍵もこれですから。それじゃ僕は馬車の時間がありますのでこれでっ」
もじゃもじゃ頭は肩に引っ掛けていた灰色の長い飾帯をアキラに押し付け、そのままカウンターを飛び越え、床に置きっぱなしのリュックサックを掴むと、まっすぐに出口に向って走り出した。
「逃すかよ」
「行かせてくださいっ、アーリャが、アーリャが待ってるんだ!」
もじゃもじゃ頭が扉に手をかける寸前で追いついたコウメイは、灰色ローブの魔術師を羽交い絞めにしてカウンター内へと引きずり戻した。
「引継ぎとか意味わからねぇのに逃すわけねぇだろ」
「これ飲んで落ち着いてくださいね」
アーリャ、アーリャと繰り返すもじゃもじゃに、サツキが水筒を差し出した。椅子に押さえつけるコウメイの力を振りきれないと諦めたのか、水筒を受け取って肩を落とした。
「ぼ、僕を監禁してどうするつもりですか」
「監禁なんかしねぇって、俺達にわかるように説明してくれっていってんだよ」
興奮していたもじゃもじゃが、水を飲んで落ち着いたのを確かめたアキラは、穏やかな声を意識して問いかけた。
「俺たちは転移魔術陣の試運転でここに着きました。ここはダッタザートの魔法使いギルドで間違いありませんね?」
何を当たり前のことを聞くのだと、もじゃもじゃは首を傾げてアキラを見た。
「先ほど渡した連絡文書には何が書いてあったんですか?」
椅子の埃を手で払って座り、アキラはもじゃもじゃの茶髪と向かい合った。あのアレックスの事だ、何かとんでもない無茶振りを書いてきたのではないかと茶髪を案じるように見る。
「あれは橙の魔術師の着任令と、僕の解任令ですよ」
「着任と解任、ですか?」
「僕は臨時で店番してただけの灰色魔術師なんです。出張所の責任者は橙以上の魔術師が務める決まりなんですよ。そもそも前任の所長が行方不明になってて、通りすがりの灰色の僕が何でか責任者なんてやらされることになったんです、おかしいでしょう? アーリャが産み月に入ったから長期休暇取り付けたのに、後任がくるまではギルドを守れって酷いじゃないですかっ」
静かに話しはじめたもじゃもじゃは次第に興奮してきた。アキラはポンポンと宥めるようのその肩を叩いて続きを促す。
「やっと新しい所長が赴任したのに、僕はどうしてアーリャのところに行けないんだ……」
灰色ローブのもじゃもじゃは、魔術師には珍しく感情の起伏が激しいようだ。
「新しい所長の橙の魔術師とは誰ですか?」
「誰って、あなたが着任する新しい所長ですよね?」
「違います」
「で、でも、ここにっ」
放り出したままの連絡文書を拾ったもじゃもじゃは、大きく開いてアキラに見せた。
「僕の臨時職を解任するっていう書類がこっちで、新しい所長の着任辞令がこちら、はっきり書いてますよね」
橙色魔術師アキラをダッタザート出張所の所長職に命ずる。これにより灰色魔術師ジェフリーを解任する。魔法使いギルド人事部アレックス。
「……あの腹黒細目め!」
普段滅多に言葉が乱れないアキラの口から暴言がこぼれた。
「アレックスさんって人事権のある偉い人だったんですね」
「島流しっぽい場所にいたのになぁ」
「お手伝いって言ってませんでしたか?」
「責任者就任って、手伝いレベルじゃねぇだろ」
ぱんっ、と勢いよく辞令書の表紙を閉じたアキラは、にっこりと微笑んだ。
「これは間違いですね。俺は確かに魔術師ですが、白色です。橙色ではありませんから」
何を言っているのだと、ジェフリーは呆れ顔で、アキラがベルトに引っ掛けている魔術師の杖を指差した。
「ミノタウロスの角の杖は橙色から持つ事が許される杖でしょ」
「これ、ミノタウロスの角でできてるんですか?」
「ミノタウロスの角だけじゃない、満月の光を練りこんだ銀まで使ってるじゃないですか、かなりの値打ち物ですよ。白色魔術師の杖は火蜥蜴の牙を使うはずですし、灰色の僕は黒檀です」
ほら、とジェフリーが自分の杖を掲げて見せた。木節の残る太い杖に淡い黄色の魔石がはめ込まれた、飾り気のない使い込まれた杖だった。
「職員が一人も居ない職場に着任したくないのは分かりますけど、往生際悪いですよ」
「職員が居ないのか?」
「責任者が職員ですね」
たった一人では日々の業務をこなすのに精一杯で掃除に手が回らない、その結果がこの埃舞うギルドなのだという。
「しかし、俺は白で間違いないんだ」
上の色に昇格するには、師匠の推薦が必要で、かつ試験があるとか言ってなかっただろうか。アキラの登録は便宜上ミシェルが師匠となっているが、推薦をもらった覚えもなれば試験だって受けていないのだ。
「確かめればどうですか? 魔術師証は冒険者証のような安いつくりではないので、偽造はできませんからね」
唯一の身分証明になってしまった魔術師証を、アキラは懐から取り出した。表面は魔法使いギルドの紋章、裏に魔術師の個人情報が記載されているのだが。
「…………腹黒細目のクソ野郎っ」
アキラの罵詈が酷くなった。魔術師証を持つ指は力が入りすぎて白くなっていたし、全身がブルブルと震えている。
「魔術師アキラ、人族、橙色、師匠はミシェルとアレックス……あちゃあ」
横から覗き見たコウメイは、記載内容を読んで苦笑した。これは偽造ではない、ギルドのトップと人事権のある腹黒が作成した正規の証明証だ。
「ちょっと話つけてくる」
笑顔なのに背筋が寒くなるような笑みを貼り付けたアキラが立ち上がった。
真正面の銀髪から立ち上がる怒気に怯えたもじゃもじゃことジェフリーは、救いを求めるように残る四人を見回した。
「どこ行くんですか? 困るんです、本当にっ。アーリャは、妻は出産が迫ってるんですよ。僕は治療魔術師としても父親としても、絶対に立ち会わなきゃいけないんですっ」
涙目のジェフリーに懇願されると、まるで自分たちが悪意で妨害しているような気になってくる。それもこれも全部アレックスが諸悪の根源なのに、だ。
「……ジェフリーさんを奥さまのところへ向かわせてあげたいのは山々ですが、実は俺たちも全く事情を聞かされていないんです。辞令を出した責任者に問い合わせる時間だけいただけませんか?」
これから転移してナナクシャールに戻り、アレックスを締め上げて帰ってくるには少しばかり時間が欲しい。アキラがそう言うと「馬車の予約まで時間がないんです」と青ざめ、銀で縁取った黒板のようなものを押し付けてきた。
「これを使ってください。報告用の魔道具です。使い方はご存知ですよね?」
「使い方を教えてください」
「ええと?」
ジェフリーは魔術師なら当然使えるはずなのにという疑問は棚上げした。時間がない、さっさとこの場から開放されるには情報を出し惜しみしていてはいけない。
「左上にあるこの魔石に使用する者の魔力を流します」
感覚的にはA4程の大きさの黒板の左右に、透明な魔石が埋め込まれていた。促されたアキラは左上のそれにそっと触れて魔力を流した。魔石が紫と銀のマーブル模様に染まると、黒板がほんのりと光を帯びた。
「この銀のペンで、連絡をとりたい魔法使いギルドの名を一番上に書き込んでください。あ、魔力を流しながら書くんですよ」
鎖でつなげられた銀のペンで「ナナクシャール」と書き込むと、右上の無色だった魔石が濃紺に色づいた。
「運がいいですね、相手も連絡板を使っているようだ」
連絡板と言うこの魔道具は、連絡先を指定した上で伝達事項を書き込んでおくと、相手方の連絡板に転送されるのだそうだ。主にギルド本部からの業務連絡で使用されているため、一日に三回、決まった時間に確認する義務があるらしい。
「互いに使用中なら時間差なしに双方向でやり取りができますよ」
ジェフリーが説明をしている間にも黒板に文字が表示された。
『無事に着いたようで安心したわ。任期は終わりの日までや。給料は杖で前払いしとるんや、頑張って繁盛させるんやで』
「………………ぐうたら腹黒細目のクソ野郎、殺す」
黒板面を彫ってしまうのではないかと思うほど強く銀のペンを押し付け、ものすごい勢いで書き込みしているアキラを横目に、ジェフリーはそろりそろりと五人から距離を取った。
双方向のやり取りに注目が集まっている今がチャンスだ。予約は四の鐘で出発する駅馬車だ、今から走れば間に合う。
「無音」
ジェフリーは自らに「無音」の魔術を施し足音を消すと、荷袋を掴んで扉に向かった。
手入れを怠っていたせいでギギギと蝶番の軋む音がした。
しまった、と思うのと同時に飛び出した。
「あ」
眼帯男が伸ばした手から辛うじて逃げ切ったジェフリーは、そのまま遁走しきったのだった。




