細くない腕による繁盛記1 引継ぎとお引越し
滑りの良くないドアからもじゃもじゃ頭の魔術師が逃走した。
「しゃあねぇか」
本来なら嫁の出産のために長期休暇に入っているはずなのに、人材不足のせいで休暇返上状態だったのだ、後任が来たのだから一刻も早く嫁の元へ行きたいだろう。流石に猛ダッシュのジェフリーを捕まえようという気にはなれなかった。
コウメイは連絡の魔道具を挟んで、アレックスと激しくやり取りしているアキラを見た。アレックスへの怒りと、自身の迂闊さへの後悔と、少しでも有利な条件を引き出してやるという気概に、アキラの表情が目まぐるしく変わっている。
「アレックスとの話はどうなってる?」
「聞いてないぞってお兄ちゃんが怒って、アレックスさんから『ピアスの修理代と杖の代金分を働け』って返事が来て、杖は返すからどうにかしろって書いたら『オーダーだから返品不可』で、頼んでないし勝手に昇格させるなって」
「確かにアキは昇格試験とか受けてねぇ筈なんだけどな」
「アレックスさんによればミノタウロス討伐が試験だったらしいです。それも聞いてないってお兄ちゃん怒ってて」
臨時の弟子だとか鍛えてやるとか言っていたのは覚えているが、あれが本当に抜き打ち試験だったのかは怪しい。おそらく昇級条件のこじつけに使われたのではないかとコウメイは推察した。
「アレックスさんから『代金払うなら仕事から解放する』って来たんだけど、それがとても払える額じゃなくて」
「高いんだろうなぁ」
具体的な金額を聞かなくても払えないのはわかっている。ミノタウロスの角というだけでも貴重なのに、満月の光を練り込んだ銀とやらで作られたオーダー品という、仰々しくファンタジックで希少性をアピールした杖が安いはずがない。しかもピアスの魔石交換代金まで上乗せしているのだ、アキラを逃す気はないというアレックスの執念が見えて怖い。
「それで引き受ける方向で交渉に入ってる感じです」
「やり取り見てると面白いですよ。それに連絡板ってメッセージアプリみたいなんですよ」
ほら、と場所を譲られ、コズエの横から覗き込んだ連絡板は、もの凄い速さで文字が浮かんでは消えている。動体視力が追いつかない。コウメイは連絡板から目を離し、ほこりまみれのロビーを見まわした。
「どうしたんですか?」
「んー、ちょっと探し物」
カウンター奥の棚や引き出しを物色したコウメイは、カウンターの引き出しから見つけた板を扉にぶら下げた。
「なんですか、それ?」
「閉店、て札。まだ四の鐘が鳴ったばかりだろ、客がきたら困るからさ」
魔法使いギルドの業務内容を知る職員は遁走した。着任したばかりのアキラは人事担当者と詳細を調整中だし、コウメイたちもまともに営業できない。
「しばらく終わりそうにねぇし、掃除でもするか」
アキラは莫大な借金を抱える事よりも、一石二鳥のギルドの店番を選ぶだろうことはわかっている。どうせ店番を手伝うことになるのだ、埃だらけのギルドの掃除を先に始めてもいいだろう。
「ヒロ、風魔法で埃集めるやつ、やってくれるか?」
「アキラさんほど上手くないですけど」
「じゃあ私は窓を開けて空気を入れ替えますね」
「何処かにお掃除道具ないか探してみます」
サツキは閉めっぱなしの窓を開けに動き、コズエは鍵のかかっていない扉や棚を物色しはじめた。
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ダッタザート魔法使いギルド出張所の建物は、外から見ればおそらく四階建てだ。確証がもてないのは見上げた最上階が、隣家の建物らと趣きが違っているからだ。
「光を反射してるな」
「ガラス張りっぽいですね」
「温室でしょうか?」
「ガラスってバカ高いはずだぜ」
この世界にガラスは存在する、だが高い。めちゃくちゃお高い。小さな窓ガラス一枚あれば一家五人が一年間暮らせるらしい。貴族や金持ちの家には採光のために窓にガラスがはめ込まれているが、平民の住む建物の窓にガラスはなく、鎧戸があるだけだ。
「温室作るお金があるなら、人を雇ってお掃除してもらえばいいのにね」
「まあ、魔術師だしな」
「変な人ばかりですもんね」
コウメイたちの知る魔術師で一番まともなのは、おそらくギルド長のミシェルだ。その他は……変人ばかりだった。
「埃集め終わりましたよ」
建物の中からヒロに声をかけられ、三人は建物内に戻った。
ギルドの入り口ドアから入った左手に小さなカウンターテーブルがあり、その背後には資料や良く分からない道具の置かれた棚がある。棚の間にある小さな扉の向こうは金庫部屋らしい。右手はロビーになっていて、冒険者ギルドと同じように掲示用の板がある。正面に見える引き戸の先は書庫だった。こちらも転移部屋同様に掃除が行き届いていなかったが、獣道のように埃のない道ができており、書庫を利用する魔術師が居たことを証明していた。書庫の左隣がコウメイたちが転移してきた部屋だ。
「このドアは何かな?」
短い廊下の突き当たりにあるドアをコズエが開けた。
「外ですね。あ、階段がありますよ」
「外階段か。二階にはここから上がるしかなさそうだな」
「あがってみますか?」
「勝手に上がるのもなぁ」
一階と二階が内部で行ききできない構造だ、二階より上は賃貸物件として貸し出されていたり、逆に建物自体がギルドの所有ではなく、一階部分だけ借りているという可能性もある。
「二階にあがってくれ、鍵はこれだ」
掃除の間もずっと連絡板でアレックスとやり取りを続けていたアキラが、指先に引っ掛けていた鍵束をコウメイに投げ渡した。
「アレックスさんとの話し合いは終わったんですか?」
「一応、な。この建物は魔法使いギルド所有だそうだ。二階以上は職員宿舎として使っているらしい。俺が責任者をやっている間は五人全員が住めるように話はつけた」
「他の職員さんはいないんですか?」
「……ここの職員は俺一人だそうだ」
職員が一人、責任者も一人、一+一が一という予想以上にブラックな職場環境だった。知識も経験もない素人が、たった一人でギルド出張所の運営などできるわけがない。アキラの目が据わっている。
「お、俺らもギルドの仕事手伝うか?」
「機密とかヤバそうなのは無理ですけど、お使いとか店番くらいはできる、かな?」
「よろしく頼む」
実のところ、家賃を請求しようとしたアレックスと粘り強く交渉し、時々ギルドの仕事を手伝う条件で、家賃と給料を相殺させたのだとアキラは疲れきった表情で説明した。
「詳しいことはあとで説明する。とにかく二階に上がってみよう。多分大掃除が必要だ」
「一階があれだけ汚れてたんだもん、宿舎も凄いことになってそうですよね」
「台所と寝床だけでも使えるようにしねぇと、今晩から困る事になるぜ」
鍵を持ったコウメイを先頭に全員で階段を上った。
二階の扉を開け室内に入ると、やはりあちこちにうっすらと埃が積もっている状態だった。扉を開けた正面に三階への階段、右手にある二つの扉はそれぞれトイレと洗い場だった。角を曲がるとリビングと台所があった。
「埃はすげぇけど、この台所いいな。使わないなんてもったいねぇよ」
「ホントもったいないですね、魔道オーブンに魔道コンロに、冷蔵庫まであるじゃないですか」
「料理するには最高の設備がそろってる、流石魔法使いギルドだな」
コウメイとサツキは最新式の調理魔道具に目を輝かせている。
「リビングにラグと食卓机が欲しいですね」
「暖炉がないんですけど、ここの冬って暖かいんでしょうか」
コズエとヒロが窓を開けるのを確認し、アキラが風魔法で二階フロアの埃を集めた。
「三階は寝室でしょうか」
全員で階段を上がると、三階には同じように四階へと続く階段があり、短い廊下を挟んで扉が二つあった。
「二部屋しかありませんし、ベッドも足りません。どうしますか?」
両方ともベッドが二つ置かれた寝室だった。ジェフリーは西側の大きな寝室の方を使っていたらしく、ドアに近いベッドだけはすぐにでも使える状態だった。
「サツキとコズエちゃんは東側の小さいほうの部屋だな。俺たちはこっちの広いほうを使おう」
「ベッドはどうします?」
「交代で床に寝るしかねぇだろ」
西側の部屋は、ベッドをそれぞれ壁にぴったりとくっつけて置けば、間に一人分の就寝スペースは作れそうだ。もっともシュウが合流した時には、男部屋が四人になることを考えると何か対策が必要だろう。
「シュウが合流した時のことを考えるなら、二段ベッドに替えた方がいい」
「ベッドの配置を変えれば、二段ベッドも置けるか?」
「中古の家具屋か大工に相談だな」
寝室も最低限使えるように掃除をしてから四階への階段を上がる。階段を上りきったそこにはわずかなスペースと扉があるだけだった。扉はコウメイの持つ鍵で開いた。
「わあ、温室ですよ、温室」
「かなり熱いですね」
「そりゃ全面ガラス張りだからな」
九の月の最終日とはいえ日差しは強く、ガラス張りの温室は灼熱と言ってもいいくらいだ。窓を開けて風を入れ、レンガで囲った小さな畑の様子を見る。
「全部枯れてますね」
「誰も手入れしていないならこんなものだろうな」
「しっかし本当に温室があったんだな。全面ガラス張りって、どんだけ贅沢なんだよ」
「温室つくるのなら、ついでに二階と三階の窓にもガラスを入れてくれればよかったのにね」
「たぶん考えもしなかったんだろうぜ。魔術師って変人が多いから」
「……悪くはないな」
アキラは四つに区分けされた小さな畑を嬉しそうに見ていた。日本では自宅マンションのベランダでガーデニングをしていた。屋上に畑、しかも温室があるのだ、久しぶりに色々と育ててみたくなった。
「アキの機嫌が直ったな」
「お兄ちゃん、嬉しそう」
温室を見るまでのアキラは、頭痛を作り笑いで隠すこともできていなかったのに、枯れた畑を見ただけで無意識に自然な笑みを浮かべている。
ゴーン、ゴーン、と鐘が五つ鳴り響いた。
「五の鐘か」
「お腹減りましたね」
風魔法に頼ったとはいえ何年か分の埃や汚れを掃除していたのだ、昼食時の合図を聞くと腰をおろして休憩したくなる。
「せっかく台所を使えるようにしたんだ、ぱぱっと簡単なものでも作るか」
荷物の中にある乾燥野菜と燻製肉で手早くスープを作り、サツキのクッキーバーとで簡単な昼食をとりながら打ち合わせ、午後からの五人はそれぞれの行動に移ったのだった。




