深夜の密談
「無茶ですよ!」
「反対です」
夕食の席でアレックスからの依頼を聞いたコズエとサツキは即座に反対した。
「ミノタウロスの討伐依頼なんですよね? 疾風さんたちは誰も帰ってきてないんですよ。あんなのを私たちだけで倒すなんて無理です」
「コウメイさん死にかけましたよね? お兄ちゃんだって何日も寝たきりになって、髪の色までそんなになったのに」
流石にアキラ個人への依頼だというのは隠して話したのだが、それでも二人が反対するのは当然だった。無言のヒロは、コウメイとアキラに批難の目を向けている。シュウは呆れと興味が半々と言った様子で成り行きを見ていた。
「落ち着けサツキ」
「打診されたってだけで、引き受けてねぇから」
コウメイの台詞の後ろに、声になっていない「まだ」が付いているのは全員が気付いていた。だからこそ本気で反対した。
「今島にいる冒険者全員でかかっても勝てると思えません。戦友さんたちも戦斧さんたちも引き受けるわけない」
「それにコウメイさんもアキラさんも病みあがりです」
「片目の視野で前みたいに戦えるんですか?」
少しばかりきつく三人に畳み掛けられ、コウメイは溜め息を飲み込んだ。コズエたちが本気でコウメイたちの身を案じているからこその反対だと分かるだけに、本来はアキラ個人への依頼だったのだとは、尚更言い出せなかった。
「事情聴取は終わったんだし、明日から体慣らしに出てみようぜ。コウメイは武器の調達もしなきゃなんねーしな」
「まずは左目だけでどの程度動けるか試すことからはじめればいいだろう」
いきなり最前線に復帰するわけではないと分からせるため、シュウとアキラがやんわりと間に入った。
「サツキたちはどの辺りでいつも採取している?」
「西よりの町に近い辺り、天道虫の魔物が多い場所だけど……」
「なら明日はそこから始めよう」
アキラがさっさと明日の予定を決めてしまったが、三人が安全に活動している場所を指定されてしまうと反対はできない。コズエたちは顔を見合わせ、仕方がないと気持ちを切り替えたのだった。
+++
コンコン。
「どうぞ」
夜目の利く獣人は灯りのない廊下を物音一つ立てずにやってきた。扉が静かに開くのと同時に、ベッドサイドに小さな灯が生まれる。小さな明かりだけの部屋にシュウが忍び足で滑り込んだ。
「遅いぞ」
「ヒロのヤツ、すげー警戒してたんだよ。完全に寝るまで待つしかなくてさ」
そろって昏睡していた時からシュウとアキラは部屋を交換した形になっていた。寝台に腰掛けたコウメイとアキラを、ベッドサイドの小卓に置かれた簡易ランプが浮かび上がらせている。シュウは部屋の隅にあった椅子を掴み二人の間に座った。
「で、コズエちゃんたちを怒らせてまでミノタウロスを殺りに行きたい理由は、ちゃんと説明してくれるんだろ?」
「……説明する順番間違えたんだよ」
困りきったと頭をかきながら唸ったコウメイは、溜め息混じりに日中にあったことを説明した。
「アレックスの野郎はアキ一人に手伝えつったんだよ。流石にそれは無茶だろうって反対して、俺らも加わる事を納得させたんだ」
「コウメイの義眼素材も早めに獲得したいし、ミノタウロスの討伐自体は反対じゃないからな」
「義眼?」
ちょっと待て、とシュウは身を乗り出した。
「聞いてねーぞ、何のことだ?」
渋面で二人を交互に睨みつけるシュウに、コウメイがさらりと今日の事情聴取時に決まったことを伝えた。ミシェルと取引し魔武具の義眼を手に入れられるようになった事、一定以上の高品質な魔石が必要だということ、島の外では義眼に加工できる品質の魔石は得られないこと。
「シュウが作ってもらう魔武具にも素材の魔石は必要だからな」
「お前、義眼の事、先に説明しとけよ」
その情報が一番重要だろうが、とシュウはコウメイの肩を叩いた。義眼の話を先に聞かされていればコズエたちの反応も違ったものになっただろうに。そうシュウが責めると、義眼を得られる嬉しさに舞い上がっていて、説明する順番を間違えたんだとコウメイは頭を掻いた。
「義眼を作る為にはどうしてもこの島で魔石を得なきゃならねぇが、ミノタウロスがうろついてたらそれも難しいだろ。魔法使いギルドとしても冒険者から魔石を得られなくなるのは非常に困るんで、近々魔術師主導でミノタウロスの排除に向う、アキが頼まれたのはその手伝いだ」
「アレ、魔術師だけでどうにかなるヤツなのかよ?」
「アレックスはどうにかするつもりらしいぜ」
流石にアキラ一人に押し付けるわけにはゆかないと思い、コウメイが同行することを了承させたのだ。
「生身の眼球以上の義眼はめでてーよ、コウメイが浮かれて説明に失敗したのも仕方ねーとは思うけど、どーすんだ」
「ちゃんと片目で戦闘できるようにリハビリしてからの事だって言いそびれたからなぁ」
「明日の朝、最初から説明しなおすしかないだろう。義眼の為に必要だからと分かれば反対はされないはずだ」
「それはどーかなぁ」
コウメイとアキラの知らない三日間を知っているシュウは二人が楽観しすぎだと指摘した。
「ヒロはどうかはわからねーけど、コズエちゃんとサツキちゃんは簡単には納得しねーような気がするぜ。ミノタウロスはギルドに任せておいて、それが終わって安全になってからでいい、くらいは言いそうだ」
「安全ねぇ」
ミノタウロスは脅威だが、それが排除されたからと言って森が安全になるわけではない、それはシュウもコウメイもアキラも、コズエたちも分かっているはずなのだが。
アキラは眉間に寄ったシワを揉みほぐしながら深く息を吐いた。
「……根本のところで話し合う時期になったということかもしれないな」
「そう言えばそろそろ一年か」
「一年……転移してからか!」
八月の終わりにこちらの世界に放り込まれ、ガムシャラに生きてきたが、そろそろ先を見据える時期に来ているのだろうとアキラが言った。
「いつまでも冒険者をダラダラと続けていられないという事だ。俺達を心配しているのも間違いではないが、サツキたちは多分、冒険者を続ける事が怖くなっているんじゃないかと思う」
「まあこの前みたいな経験したら怖くなって当然だろーな」
ノリと勢いで冒険者登録して楽しめる時期は過ぎたということだ。冒険者は危険と隣り合わせの職種だ、命がけの場面も多々ある。妹たちはそれらを頭では分かっていても、実感できていなかったはずだとアキラが断言した。
「生活の為に選んだ冒険者だが、サツキたちはそろそろ腰を据えて生きる場所を決める頃かもしれない」
本当に死んでしまうかもしれない、錬金薬が効かない場合もある、それを知れば今のような生活は怖くて続けられない。そういった根本の問題をちゃんと話し合っておかないと、自分達パーティーはこの先まともに活動できないだろうとアキラは言った。
「なあそれってさ、名目上の解散じゃなくて、マジで解散もありっつーことだよな?」
恐る恐ると言ったふうに尋ねたシュウに、思いのほかきっぱりとした答えが返った。
「当然そうなるだろうな」
「当然なのかよ」
「そうだ」
シュウの目には仲良くまとまった五人が離散するなど想像しにくかった。特にサツキは他の家族のいない世界でアキラとの別れを嫌がるだろう。だがアキラは別離もやむなし……いや、確定事項として決まっている、そう決意しているようだった。
「まあ、目的地が違うなら、仕方ねぇだろうな」
コウメイもさらりと肯定したのにはシュウも驚いた。確かに目的のない冒険者なんてフリーターのようなものだ。この世界ならそれで一生を終えるのも悪くはないが、やりたい事、進みたい道があるのならそちらを目指すべきだろうという意見も分かる。
「寂しくねーのかよ」
置いて行かれるような気がして、シュウは唇を尖らせた。せっかく仲間入りしたばかりで解散話なんて話が違う。そう言いたかったが、二人の決意の表れた表情を見ていると言えなかった。
「コウメイたちの雰囲気、スゲー好きなんだけどなー」
腕を組んで椅子の背にもたれたシュウの言葉に、くすぐったそうに小さく笑みをこぼしたコウメイが尋ねた。
「確かシュウは体育大学に進学予定だったよな?」
「進路相談かよ。就職はスポーツ関係の指導者を狙ってた。こっちだと流石に体育教師なんて仕事はねーしなぁ」
他にやりたいことは無いのかと聞かれてもシュウには即答できるものはない。今一番の目的は幻影の魔武具のための狩りだ。その後の事はまだ考えられない。
「そっか、俺も素材の魔石を探さなきゃいけねーんなら、ミノタウロスは放置できねーよなぁ」
「じゃシュウはミノの討伐に賛成してくれるな?」
「……何かハメられたよーな気もするけど、いいぜ」
頭のいい二人に勝てるわけがないと苦笑したシュウは、お返しとばかりに二人に尋ねた。
「コウメイは医学部進学だったから、こっちでも医者目指すのか?」
「進学先は俺の希望じゃなくて家業の都合で決めたやつだからな。こっちで医療関係者を目指すつもりはねぇよ」
「じゃあ料理人なんかいいんじゃねーの?」
「悪くはないが、どうするかねぇ」
気まずそうに前髪をかきあげたコウメイは、向かいに座るアキラに問うた。
「アキはどうなんだ?」
「俺も……考えてないな。多分あちこちをフラフラすることになるだろうな」
「あのさー、お前らがそんなんでコズエちゃん達に進路指導なんてできるわけねーだろ」
呆れたシュウは話は終わりだと立ち上がった。音を立てないように静かに扉を開き、出て行く間際に二人を振り返った。
「味方はしてやるつもりだけど、ミノタウロスにしても解散にしても、自分らできっちり話つけろよな」
そう言ってシュウは寝室へと戻っていった。
静かに扉が閉まると、コウメイは真面目な顔でアキラを見据えた。
「マジ解散、する気なのか?」
「今すぐというわけじゃない。将来的には、だ」
「なに考えてんだよ?」
コウメイにとってもアキラが妹と意図的に離れようとしている理由が分からない。問い詰めようとするコウメイに背を向けシーツを被ったアキラは、パチンと指を鳴らした。
「明日は忙しい、早く寝ろ」
簡易ランプの灯が消え、寝室が暗闇に戻った。
+++
以前と全く変わらない食事がコウメイによって用意された朝。
一晩の時間をおいたおかげか、冷静に情報交換がなされた。コウメイが義眼の魔武具を手に入れられることになったという事、そのためにはミノタウロスの討伐は避けられないこと、戦闘に関してはメインは魔術師たちで自分は援護要員であること、もちろんリハビリで身体を慣らしてから参加する事をコウメイは皆に説明した。
「日常生活は問題なくなったし、あとは片目での戦闘経験だ」
料理でも食事でもコウメイの動作に不安定な様子はなく、重箱の隅をつつくつもりでコウメイの一挙一動を見ていたコズエやサツキは、日常生活において隻眼は全くハンデになっていないと納得するしかなかった。
「一週間以上のブランクがあるわけだし、最初は魔昆虫相手に様子をみるつもりだ」
「サツキたちは薬草採取しながら見物していればいい」
「俺もアキラもいるし、心配はいらねーよ」
普段からコズエたちが安全な採取場として利用している薬草の群生地で訓練をすると言われれば反対もできない。六人は昼食用の弁当を持って町の西の結界から森に入った。
「蜂が来たぞ」
「動きが速いからな」
ダトン蔦に咲く花を採取しているところにソフトボールほどの大きさの蜂が襲ってきた。薬草の花蜜は魔王蜂たちの好物でもある。コズエたちはダトン蔦から離れ、コウメイ一人が魔王蜂の群れに向っていった。
魔王蜂の素早く変則的な動きは、視力よりも羽根音を聞き取る耳の方が頼りになった。新しくメインの武器として使う剣は、これまでの長剣の三分の二ほどの刀身で小回りが効き、コウメイは接近した魔王蜂を連続で打ち払った。
「反射神経には影響ねー感じだな」
「視界の狭さをカバーする為に、予備動作が大きくなっているのは許容範囲か」
淡々とコウメイの戦闘を分析している二人をヒロは呆れて見ていた。
「手助けしなくていいんですか?」
「これくらい一人でやらなきゃリハビリにならねーよ?」
「次は大蜘蛛あたりで試したいな」
「蜘蛛か。んー、あっちの方だな」
「……スパルタ」
ダトン蔦から離れた木の陰でヤーク草を採取しているコズエとサツキも、隻眼とは思えないコウメイの動きに呆れていた。
「コウメイさんって、剣豪?」
「剣道でかなりのところまでいったとは聞いてますけど」
コズエやサツキでは魔王蜂を連続して屠るのは無理だ。魔王蜂の動きは素早いし獣系の魔物と違って動きが読めないのだ。
「よっしゃ、終わったぜ」
「次は大蜘蛛いくぞー」
「休憩、させろよっ」
「蜂相手に息が上がってるようじゃまだまだ復帰は無理だな」
連続して襲いかかる蜂を息次ぐ間もなく切り落とし続けたコウメイは肩で息をしている。アキラとシュウは容赦なく次のリハビリ戦の舞台へとコウメイを連れて行こうとしていた。
「お兄ちゃん、休憩したらどうかな。ちょうど薬草も集め終わったところだし」
「そ、そうですよ、次の群生地はちょっと離れてるし、休憩したいですっ」
ゼエハアと苦しげなコウメイを休ませようとした提案はあっさりと断わられ、ヒロを護衛に残し三人は大蜘蛛の巣に向っていってしまった。疲れている様子だったコウメイが、思いのほか足取りは軽くしっかりしているのを見送ったコズエ達は、ほぼ同時に溜め息をもらしていた。
「コウメイさんは大丈夫そうだな」
「片目なのに、全然不安なところありませんでしたね」
「……なんか、私たちが躍起になって反対してたのが間違ってるみたいな、すっごい絶好調っぷりだったね」
心配しすぎだったのだろうかと悩むよりも、取り残された感が大きかった。
「追いつけないなぁ」
「コズエ?」
「なんでもない。休憩はいいからさ、次の薬草に移動しようよ」
立ち上がって膝についた土汚れを払い落としたコズエは、ヤーク草の束を袋におさめると次の採取場に向けて歩き出した。
+++
「大蜘蛛も問題なかったな」
「デカイ魔物は死角におさまりきらねぇからな。蜂とか天道虫の方が厄介だよ」
足元に折り重なっている大蜘蛛の死骸が三匹。全てコウメイが屠った。アキラとシュウは緊急時には助けに入れるだけの距離をあけて見物していただけだ。
「じゃー次の獲物は何にする?」
「複数の人型が理想だが」
「あー、今はミノのせいで縄張りが乱れてるらしいからなー」
以前把握していた巣の位置は変わっているらしく、短時間でエンカウントを狙うのは難しそうだ。
「あんまり踏み込むとミノタウロスに嗅ぎつけられるらしいぜ。できるだけ結界沿いで獲物探したほうがいい」
「こんな浅い場所でしか狩りができないのか。戦斧も戦友もイライラしてるだろうな」
「戦斧は一度踏み込んでミノとエンカウントしかかったらしいぜ」
ミノタウロスに気付かれる前になんとか逃げ延びたらしいが、牛頭巨人のせいで島の冒険者達は日々の酒代程度しか稼げないと金華亭でくだを巻いていた。
「四つ足の音が聞こえる」
「ありゃ魔猪だぜ。三頭か四頭ぐれーか?」
「肉の在庫が切れそうだったんだ、丁度いい」
シュウの誘導で魔猪の群れと遭遇したコウメイは、新しい剣で初めて重量のある獲物を相手に戦った。厚みと重さで力押しのできる長剣とは異なり、勢いや重量の受け流しが甘ければ剣は折れる。突くにしても長剣の要領で大雑把に狙うのは悪手だ、確実に急所を刺さなければ反撃される。
「きっついな」
正面からの魔猪の首を斬り上げ、死角の右側に木を置いて盾代わりにする。仲間の死体を飛び越えて襲いくる魔猪を柄で殴り落とし、もう一頭の喉に剣先を突き入れた。硬いものを突いた手ごたえを確かめ即座に抜いて身構えるが、間近に迫る魔猪の勢いに脇を突かれ足がもつれた。ギリギリで身をかわし後ろ足を切りつけたが魔猪を怒らせるだけだった。
「くそっ」
殴り倒していた魔猪が起き上がり前足で地を掘る。渾身の突進を低く構えた小盾で受けた。力比べは魔猪の勝ちだった。撥ね飛ばされ背中から転がったコウメイは素早く起きて剣を構えたが、同時に向ってくる二頭への反応が遅れた。
「風刃」
コウメイの剣よりも先に、アキラの魔法が死角側に迫る一頭の首をはねた。
残る魔猪の鼻先を横から叩き、転がしたその喉に剣先を突き込んでとどめを刺す。
「助かったぜ」
「右側は咄嗟の反応が遅れるようだな」
魔猪の喉から剣を抜いたコウメイはトントンと指先で額を叩いた。
「身体の方は鈍ってねぇと思うんだが、目だけはなぁ。義眼が入るまでは騙し騙しやるしかねぇ」
手早く魔猪を解体して臭い消しの大葉で包んだ。
「ミノタウロスは死角に隠れるほど小さくねーし、これだけ動けりゃ問題ないと思うけどな」
「アレックスが俺達にどの程度の手伝いを求めてるかにもよるだろうな」
「二、三日それなりに獲物を見せれば、コズエちゃんたちも納得してくれるかね?」
リハビリと称したコウメイ単独の狩りは三日ほど続き、その間一度も錬金薬を必要とする負傷をしなかったことでコズエたちを納得させた。そのタイミングを見計らっていたかのように、アレックスから決行日が伝えられたのだった。




