生還の代償・後
沸かした湯をタライに注ぎ入れ、水を足して少し熱いくらいに調節する。数枚の手ぬぐいと共に湯を持って階段をあがり、ドアを開けたままの部屋に入った。
「交代します」
二つのベッドの間においた椅子に座りコウメイの魔物図鑑を読んでいたヒロは、立ち上がってその場所をサツキに譲った。
左のベッドには顔の半分を包帯で覆ったコウメイが、右のベッドにはエルフの姿のままのアキラが眠っていた。サツキは湯で温めた手ぬぐいを固く絞り、二人の顔を丁寧に拭いてゆく。
「貸してくれ、コウメイさんの方は俺がやろう」
ヒロはコウメイの包帯を外し、潰れた右目を優しく拭った。閉じられた瞼の傷は錬金薬でキレイに直っていたが、その眼窩の窪みは瞼の下に眼球が存在しない事を示していた。
「錬金薬が効かないこともあるんだな」
「そうですね、欠損には効果がないんだとはじめて知りました」
アキラの転移魔術によって町に戻ったサツキたちは、ギルドにあった錬金薬の在庫を買い占めその場で使った。コウメイの脇腹に一本、折れた腕に二本、アキラの砕かれた左肩に三本、シュウの足に一本。それに回復薬をそれぞれに一本ずつ使った。
治療に当たる中で困ったのはコウメイの右目だった。石礫によって潰された眼球は原形をとどめないただの肉片になってしまっていた。眼窩にはまっていた石礫を取り除き治療薬を使ったが、出血がとまり瞼や額の傷は癒えても、眼球が再生されることはなかった。出血量が多かったせいか、身体の傷が癒えてもコウメイは意識を取り戻していない。
「お兄ちゃんもこの状態で、回復薬が効いているのかどうかも分からないし」
サツキが触れたアキラの頬は、死体のように白く冷たい。転移の成功を確かめたアキラはその場で昏倒した。魔力切れによるものだと思い、傷の治療と同時に魔力回復薬も飲ませたのだが効果が現れることはなかった。
「……冷たくて、怖くなるんです」
温めた手ぬぐいでアキラの身体を温めるように拭ってゆく。耳、首筋、脇の下と動脈の場所に何度も熱い手ぬぐいを押し当て、皮膚に血の気が戻るのを期待して待つが、いつも落胆に終わっていた。
「大丈夫だよ、心臓は動いているんだ。今は必要があって眠っているだけだ」
「そうだといいんですが……この髪の色を見ていると、どうしても不安になるんです」
ヒロの慰めの言葉に癒されながらも、サツキは兄の額にかかる銀の髪をそっとなでた。転移魔術を使う前は黒髪だった。それが町に戻った瞬間からアキラの髪から色が抜け落ち、ほとんど白に近い色になってしまっている。白銀の髪とエルフ独特の長い耳の彼は確かに兄の顔をしているのに、サツキには自分の兄とは思えなくて困っていた。
+++
「ただいま~」
「帰ったぞー」
階下でコズエとシュウの声がした。
サツキはコウメイとアキラに異変がないことを確かめ、ヒロと共に一階へと降りた。
「お帰りなさい。事情聴取は終わりましたか?」
「なんとか」
「品切れしてた体力回復薬と魔力回復薬、二本ずつ買ってきたよ」
錬金薬のストックを全て使い切ってしまったおかげで、現在ギルドでは錬金薬が品薄になっていた。交代で採取した薬草を持ち込み、優先的に回してもらう事でコウメイとアキラの看病が続けられていた。
「アレックスさんから何か新しい情報は?」
「疾風さんたちの事が少し……」
果汁と蜂蜜の冷たいジュースを飲みながらコズエが複雑な顔で溜息をついた。
ミノタウロスとの戦闘から三日、アキラのおかげで自分たちは安全圏に戻ってくることが出来たが、疾風を中心にした三パーティーは未だ森から帰っていない。
「捜索隊は出さない方針なんだって。島に入る時にそういう契約をしたから、って」
現実的な話、島には捜索に回せるだけの人員がなかった。町にいた戦斧と戦友の二つのパーティーが、狩りのついでに遺品を探してみるといっていた。生存はないと判断しているようだった。
運悪く巻き込まれたコズエたちのパーティーは、主戦力の二人が意識不明の状態だ、転移魔術で生還した事を後ろめたく思う必要はないのだが、三つのパーティーが全滅したことを思うと複雑だった。
「ミノタウロスについてはアレックスも驚いていたぜ。あの一族が住処を出て来ることはありえない、って」
「それって島にミノタウロスがいることは知っていたってことですか?」
シュウは地図を持ってきてテーブルに置いた。
「俺らがほとんど探索していない島の南側に、ものすげー陥没地があるらしい」
台風や地震で道路が陥没したといった規模ではなく、島の南端部分がごっそりと落ちているのだそうだ。
「二千マールくらいつってたから、二百メートルだな、それくらいの断崖絶壁があって、その下が巨人系の魔物の住処になってるらしい」
「巨人系……ミノタウロスはそこに住んでいた魔物と言うことですか?」
「ミノタウロスの他に一つ目のサイクロプス、あとは飛べない竜種がいくつかいるらしい。そいつらは陥没地帯から上がってくることはないから特に注意喚起とかはしてねーんだってさ」
「でも実際にミノタウロスがいたんですよ」
「うん、それで私たちに事情を聞きたかったんだって」
ミノタウロスを最初に感知したシュウと、土魔法を使って一時的に足止めに成功したコズエから得た情報、戦闘になるまでの証言から、アレックスはミノタウロスが陥没地帯を出た理由が分かったそうだ。
「コウモリの所から逃げて疾風の魔術師さんと会ったでしょ、あそこで赤い煙が充満したじゃない。あれが呼び玉だったんじゃないだろうかって」
「呼び玉?」
「魔避け玉の反対で、魔物を呼び寄せる魔道具があるんだって。疾風さんたちは魔避け玉を使って島南端の陥没のところまで行って、そこから呼び玉を使ってミノタウロスを引き上げて、安全地帯の大樹のところまで誘導してから討伐するつもりだったんじゃないか、って」
「でもあそこは大樹の結界まではまだ距離がありました」
「多分、呼び玉よりもコウモリの血の方が強くてそっちに誘われたんじゃないかって。それでグラントさんが予定外の場所で呼び玉を使うしかなくなって、そこに私たちが運悪く合流してしまった、と」
「お互いに運が悪かったという事かしら」
「鉢合わせるところまでは不運で通用するけど、そっから先は疾風の作為だぜ」
ジュースを一気に飲み干したシュウは苦々しげに吐き捨てた。
「あの魔術師のヤローが赤い煙を出すブツ持ってただろ。アレが呼び玉だったんだ。あのヤロー、コウメイに投げつけて逃げやがった」
ぶつけられた呼び玉は弾けて付着し、煙が消えた後でもコウメイに魔物を誘う成分が残っていた。そのせいでミノタウロスはシュウが挑発しても、アキラが魔法で気をそらせようとしても、コウメイを集中的に狙い続けたのだ。
「俺たちをミノタウロスと戦わせて戦力を削ってから、最後にうまい所を自分たちで掻っ攫うつもりだったんだろうぜ」
「卑怯ですね」
「咄嗟にそれだけの作戦を練って実行するなんて、頭がいいのは分かるけど、やだなぁ」
コズエもサツキも悔しさと怒りを堪え唇を噛んでいる。
「俺が隠れてたやつを蹴り落として、ミノタウロスの前に引っ張り出したから総力戦になったけど」
「あそこで疾風さんたちの戦力がなかったら、咆哮で負傷する前に全滅でしたよ」
あの場にいた冒険者たちの半数は、咆哮による衝撃や飛来物で負傷していた。避けようと思って避けられる威力ではない。
「……コウメイさんとアキラさん、いつになったら目覚めるのかな」
コズエは心配そうに天井を見つめた。ちょうど食堂の真上の部屋に二人が寝ている。見た目の傷は癒えている、それなのに三日も眠り続けているのだ。医者に診てもらうことは出来ないのかとアレックスに相談したが、錬金薬で傷が癒えた状態では医者の出番はないといわれてしまった。
「コウメイには回復薬を一日一回飲ませてれば近いうちに目が覚めるってアレックスが言ってただろ」
「アレックスさんは、お兄ちゃんの事はなんて?」
「う……ん、エルフの事は良く分からない、って……ゴメン」
申し訳なさそうに耳を伏せたシュウに「謝らないで」とサツキが首を振る。体温がほとんど感じられない事は不安だが、脈動は確かに感じるのだ、待っていれば必ず目覚める。そう言って健気に笑んでみせるサツキは痛々しかった。
「明日の予定を決めようか?」
沈んだ空気を振り払うようにヒロが話題を変えた。
+++
四日目の朝。
日の出の頃に起きたサツキは、身支度を済ませて最初に兄を見舞う。昨夜の付き添いはシュウだった。椅子の背に顎をあずけて目を閉じていたシュウは、サツキの足音で目を覚ましたようだ。
「おはようございます」
「すまん、寝てた」
「大丈夫ですよ、もう目が離せない容態ではないんですから」
サツキは窓を開け朝陽を室内に引き入れる。室内が明るくなると二人の顔色もよく見えた。
「なんか、コウメイのヤツニヤついてねーか?」
「笑ってるみたいに見えますね」
朝日に照らされて出来た絶妙な影のせいで、コウメイの寝顔は微笑んでいるように見える。たったそれだけの事なのに心が弾んでくる。サツキはアキラの枕元に屈み、瞼にかかる銀色の前髪をそっと掻きあげた。
「……お兄ちゃん」
アキラの額に触れた指先が、異変に気付いた。震える手で兄の頬をなで、首筋を確かめ、手を握る。
「どうした?」
「お兄ちゃんが、昨日まで凄く冷たかったおにいちゃんが、温かいんですっ」
シュウの問いかけに答えたサツキは満面の笑みだった。
「ほら、触ってください。温かいんです、体温があるんですっ」
「本当だ。昨夜まで死人みてーに冷たかったのに」
良かった、良かったと繰り返すサツキの目には涙が溜まっていた。
「サツキちゃんはここでアキラについててあげなよ。朝飯は俺がテキトーに作っとくから」
「いいえ、それはダメです。食事は私が作ります」
「せっかくアキラが目覚めそうなんだぜ、付き添っていたいんだろ」
「それはそうですが、でも、食事は」
料理長が不在の四人の中でまともに料理が出来るのはサツキとコズエだ。ヒロは簡単な、それこそゆで卵を作るとか、肉を焼く(焼き加減はガチャ)とかのレベルだがまだマシだ。シュウの料理の腕は、酷すぎた。ありとあらゆる加減が全く駄目だった。火加減、水加減、匙加減、全ていい加減が極振りしていた。
「遠慮するなって、な」
シュウの気持ちはうれしいし、目覚めるかもしれない兄の側についていたい気持ちも強い。だがシュウを台所に立たせてはいけない。
「それじゃあ、コズエちゃんを起こしてきます。食事はコズエちゃんにお願いするので、シュウさんはここでお兄ちゃんを見ててください」
「わざわざ起こさなくても。そりゃコウメイみてーな飯は作れないけど」
「シュウさんは部屋で休んでてください。一晩付き添いして疲れてるんですから」
「いや居眠りしてたからそれほど」
「休んでください、ご飯はコズエちゃんに頼みます」
「けどよー」
「……うる、さい」
「お……お兄ちゃんっ?」
頭上での騒ぎに安眠を邪魔された、もっと寝かせてくれ、そんな何気ないいつもの朝とでもいうように、アキラが呻きながら身体を動かそうとした。
「……な、?」
毛布を掴もうとした手が思うように動かない、何故だとでもいうように目が開いた。
銀色のまつ毛が何度か上下し、色の抜けてしまった銀色の瞳がサツキとシュウを不思議そうに見あげる。
「お兄ちゃんっ!!」
「アキラーっ!」
「ぐ、うぅ」
サツキは大粒の涙を次々とこぼしながら満面の笑顔で兄にしがみついた。ピンと耳を立てたシュウはアキラの頭をガシガシとかき回す。
「どうしたんですか?」
「騒いだら二人が……アキラさんっ」
寝巻き姿のまま様子を見に来たヒロとコズエが、大泣き笑いでぐちゃぐちゃのサツキと尻尾をぶんぶんと振り回しているシュウ、そして寝台で困惑気味に周りを見回しているアキラを見て状況を知った。
「目覚めたんですねっ」
「良かった、本当によかった」
コズエとヒロも加わり、アキラのベッドは大歓喜に包まれたのだった。
+++
「銀髪に、銀の目」
「すげーよな、キラっキラじゃねーか」
「日本人の顔なのに、意外に似合いますね」
「ええと、シャーリーンっぽいって言ったら怒りますか?」
「……コウキタカ」
鏡を手渡されたアキラは、映された自分の色を見て苦笑いを浮かべた。笑うしかなかったともいえる。
「少し時間がかかるけど、消化のいいご飯を持ってくるわね」
出来上がったらベッドに持ってくるというサツキに、アキラは食卓まで降りると頑強に主張した。丸三日間寝たきりだった上半身を何とか起こし、サツキに支えられながらゆっくりと立ち上がったアキラは、室内を少しずつ歩いて身体を慣らした。
「コウメイは目が覚めてないのか?」
「傷は全部治してあるから心配すんな。ただ眠ってるだけだ」
隣のベッドで眠っている友人を見下ろすアキラは辛そうだ。
朝食の準備に降りていったサツキに代わってシュウの手を借り、身づくろいをして階下へと降りる。
「絶食後なので、お兄ちゃんはスープだけよ」
久しぶりに明るさを取り戻した食卓に並んだのは、パンと焼いた塩漬けの魔猪肉、蒸した野菜のサラダ、スープは芋をすりつぶして牛乳で溶いたゆるめのポタージュスープだ。
「今日の予定だけど、アレックスさんに頼まれている薬草採取に出ます。アキラさんは休養で、シュウさんも夜の当番だったので今日はゆっくり休んでください」
「お昼のお弁当は作っておくから、ちゃんと食べてね」
「コウメイさんにはお昼ぐらいに回復薬を飲ませてくださいね」
必要だったらアキラさんも飲んでください、と出掛けにコズエに回復薬を二本手渡された。
「いってらっしゃーい」
シュウが大げさに手を振って三人を見送っていた。どれだけ陽気なのだと呆れたアキラだが、二人が意識不明のこの三日間は重く息苦しかったのだ、嬉しくてはしゃぐくらいは許してやれよと叱られた。
「起きるならもっと早く起きてくれよ。サツキちゃんなんか毎日涙堪えてたんだぜ」
「……別に、起きたくないわけじゃ」
意識が戻った途端に毛布を引っ張りあげ、もっと寝かせろと言いかけていたアキラは反論できない。
いつの間にかアキラの病床になっているシュウのベッドに戻り、隣のベッドで眠り続ける友人を見た。傷は癒えているので包帯の必要はないのだが、陥没した瞼を見るのが辛く、目覚めたときにコウメイがショックを受けるのを遅らせるためにも、とコズエたちが包帯を巻いているのだという。
「右目は、ダメだったのか?」
「ああ、石礫を取り除いたときに眼球が失われて……錬金治療薬は欠損部分の再生は出来ないんだってさ」
「……錬金薬は万能ではない、か」
眠るコウメイの横顔を見つめるアキラは辛そうだ。
「最初から転移魔術を使っていれば……いや、森に入るときにピアスを外していれば」
「タラレバはやめとけって。あの時はアレが最善だったんだ、アキラだってすげー危ない条件下で俺たち全員を転移させたんだろ。かなり無茶な事してたんだってアレックスに聞いてるぜ」
シュウは個別の事情聴取の時に、アキラの転移魔術が魔力で押し切ったかなり無茶苦茶なものだったと教えられていた。
「転移の魔術陣いうんは、だいたい表裏一対になっとるもんなんや。それをアキラはもう一個魔術陣を用意して、こっちが本物の対陣やでって魔力で押し切って無理矢理つなぎよったんや。しかも自分ひとりやのうて五人引き連れてやで。そないな裏技考え付いても普通は実行せえへんもんや。人間の魔力量やとありえへんのに、実はエルフやったてなんなん? 詐欺やんか」
お説教なんだか愚痴なんだか、とにかくとんでもない事をしてくれたものだと、あのアレックスが呆れていた。例えエルフであっても相当な無茶をしているはずだ、仮死状態なのは当然の結果で、心配なら二度と同じような無茶をさせないように見張っておけと忠告された。
「それ、サツキには?」
「三人には言ってねーよ。済んだ事だし、アキラを脅しとけば充分だろ」
妹に泣かれる事だけは避けたいアキラなら、次は今回のような無茶な手段は二度と取らないだろう。
「それと、死んでたかもしれねーんだから、色が抜けたくらいは我慢しろってさ」
「髪の色だけならまだしも、目の色も変わるとは思わなかったからな」
もう一度鏡を手に取り変わってしまった自分の姿を見つめた。人の印象とは髪の色や目の色だけで随分と変わるものだ、ピアスを外している事もあり、とても自分の顔には思えない。
「に、あってる、いい……ねぇ?」
聞こえてきたかすれた声の、語尾が笑っていた。
「コウメイっ」
「目が覚めたのか!」
片肘を突いて上体を起こしたコウメイは、驚き、慌て、喜ぶ二人を見ていた。
「みず、く……れ」
だるそうに伸ばした手に枕元の水差しからグラスに半分ほど注ぎ手渡すと、ひと口、ふた口とゆっくり飲み干した。
「ああ、よく寝たぜ」
「コウメイ……お前、な」
「大丈夫なのか?」
長期昏睡の影響だとか、錬金薬を使っても傷跡の残った脇腹の具合だとか、視界狭窄に対する不安や困惑といったものがコウメイからは全く感じられない。ベッドの上で身体を伸ばして欠伸をこらえるコウメイの姿は、錬金薬を浴びせても欠損や傷跡が残った重症患者の目覚めには見えなかった。そう、まるで休養日に寝過ごした時のようだ。
「なんだよ妙な顔して。さっきみたいに大喜びしてくれねぇのか?」
「さっきって」
「アキが目が覚めてたって、みんなで楽しそうにしてただろ」
「そんな前から? 起きてたんなら声かけろよ」
「いやだって喉が渇いてて声が出なかったし、兄妹の感動の場面を邪魔しちゃ悪いだろ。それに眠かったから、もうちょっと寝てた後でいいかな、と」
「……コウメイ?」
「眠かった、から、だと?」
弱った身体は休養を必要としていた。はしゃぎ喜ぶ声が聞こえて意識が持ち上げられたが、完全に目覚めきることはなかった。ただ聞こえてくる声をかき集めて、アキラの目が覚めて喜んでいるのだなと判断した。兄妹の感動に割り込むのは悪いなと思い、再び眠りに沈む事にしたのだ。
「てめーなぁ、ふざけんなよっ!」
シュウの両手がコウメイの首を掴んだ。ぎゅうぅと力を込めて絞めあげる。一応、病み上がりに配慮して、力任せに揺さぶるのは遠慮していた。
「何ヵ所も大ケガしてて、脇腹は三本使うまで治りきらなかったぐらいの重傷だわ、出血多量でやばい状態だわ、何日たっても目が覚めねーわでこっちがどれだけ心配してたと思ってんだっ」
「く、苦しいって」
「それが眠いから寝てただと? 後でいいわけねーだろっ!!」
「あ、アキ……助け、ぐぅ」
「助ける?」
シュウに息の根を止められかけ助けを求めるコウメイに、アキラは何故助けなければならないのかと冷笑を向けた。シュウの三日間の心配が怒りとなってコウメイに向けられるのは当然だったし、目覚めてからずっとコウメイの欠損は避けられたのではないかと自分を責めたアキラの冷たい態度も、また当然の反応だった。
+
シュウが鬱憤を晴らし、アキラがピアスを身につけ、コウメイの腹が空腹を主張したところで三人はダイニングに降りてきた。
サツキが用意してあったのは魔猪肉のステーキとレト菜の酢漬けを挟んだサンドイッチだ。肉の脂っぽさを酢漬けの酸味がうまく中和していくらでも食べられそうだ。コウメイは目の前でサンドイッチを頬張るシュウを羨ましそうに見た。
「美味そうだな、そのサンドイッチ」
「今の胃に固形はヤバイつったのてめーだろ」
「腹減ってんだよ」
コウメイとアキラは鍋に残っていたポタージュスープを分け合って食べた。回復薬は疲労感や倦怠感を取り除いてくれたが、絶食後の胃袋までケアしてくれる保障はない。おとなしく流動食からはじめるべきだろう。
二人は胃に優しいスープをゆっくりと飲みながら、森から脱出した直後から目覚めるまでの三日間の出来事の説明を受けた。ミノタウロスが討伐されたのか、今も森をうろついているのかはわからないそうだ。魔法使いギルドとしてもミノタウロスを放置してはおけないが、討伐隊を組むにも圧倒的に人手が足りない。
「あれ倒せるのか?」
「青ローブ以上の攻撃魔術の得意な奴を五人も集めれば何とかだってさ」
上級魔術師の数は少なく責任ある立場にある者も多いため、ナナクシャール島に集めるのは現実的ではないらしい。方針はギルド本部が決めるだろうと言っていた。
「アキラがやったのって転移魔術の新しい裏技だったらしいぜ」
「へぇ」
どうやったんだと問うコウメイに、アキラは「さあな」と誤魔化した。自分の取った手段を詳細に説明すれば叱られるとわかっていたからだが、あっさりとシュウが暴露した。
「誰でもできるような魔術じゃねーんだと。普通は髪の色が変わるくらいじゃすまないらしいぜ」
「普通は、どうなるんだ?」
「転移先に死体が届く、つってた」
「……アキ」
二人に半目で見据えられ、アキラは静かに視線を逸らした。
「下手に真似されて死体が転移してきても困るから、裏技ごと森からの帰還方法は隠蔽することにしたってさ」
シュウのトゲのある言葉も心配と歯がゆさの裏返しだ。コウメイもアキラの無謀を責めたいが、それが無ければ生還できなかったと分かっているので何も言えない。テーブルに肘を突いたコウメイは色の変わった髪を指差した。
「髪と目の色がそんなになったくらいだ、キツかったんだじゃねぇか?」
「これくらいは……コウメイに比べれば大したことはない」
「俺? ああ、これか」
右目を保護する包帯に触れたコウメイは、ニヤリと笑った。
「独眼竜だ、カッコイイだろ?」
「言うと思った」
「のん気だな」
「無いモノは無いんだ、開き直って楽しむしかねぇだろ」
本気でそう思っているのか、虚勢なのかは分からない。責められた方が楽だなとアキラは隠れて溜息をついた。
色々無くしましたが、生還。




