生還の代償・前
20200708 アキラが転移魔術陣を描く辺りを加筆修正しました。
身長はコウメイの約三倍。
牛頭人身で、盛り上がった筋肉は鋼のように硬い魔物。
「……ミノタウロスかよ」
こんな化け物が島に居るなんて聞いていないぞ。
ミノタウロスの一撃で吹き飛ばされたコウメイは、強打した左肩を庇い二撃目を避けて地面を転がった。
「風刃!」
アキラの魔法がミノタウロスの顔面を狙う。
風刃を腕で薙ぎ払う隙にコウメイは立ち上がり、ちょうど真ん中で折れた剣を拾い構えた。「片手で持ちやすい重さになった」と目の端に涙を滲ませながら笑っているコウメイの左腕は、だらりと力なくぶら下がっている。
「サツキ、治療薬を」
「はいっ……あ、ああそんなっ」
エプロンバッグに入れてあった錬金薬の大半が先ほどの衝撃で割れていた。容器が割れずに残っているのは数本だ。サツキは慌てて無事な錬金薬を取り出した。回復薬が一本に、治療薬が二本、魔力回復薬は全滅だった。
「二人はさがってろ」
治療薬を受け取ったヒロはコズエとサツキに安全域まで離れるように言い、コウメイの元へ向った。シュウの俊敏さで注意力を逸らせ、アキラの遠距離攻撃、片腕のコウメイは何とかミノタウロスの攻撃をしのいでいた。
「ストックはほぼ全滅でした」
「後は各自の持ち分だけでコイツとやりあうのかよ」
「逃げるべきだ」
「隙がねぇよ」
脱臼れていた肩をはめ直し治療薬を使ったコウメイは、折れた長剣を捨て予備の片手剣に持ち替えた。
「疾風のヤツはどこにいった?」
「近くに何人か隠れてるみてーだぜ。気配がある」
「あいつらの獲物を俺たちが手伝ってやる義理はねぇ。そっちへ誘導してやる」
シュウがミノタウロスの視界を挑発するように動いた。
コウメイの目の高さにあるのはミノタウロスの太く強靭な腿だ。それを斬りつけ、ヒロとスイッチして足裏へと回り込む。コウメイを追いかけるように反転したミノタウロスの背に、ヒロが折れた長剣を投げつけた。腿の同じ場所を斬り、アキラの魔法に場所を譲る。
「何故コウメイばかり狙うんだ?」
ミノタウロスは不自然なほどにコウメイを追って動いていた。シュウの挑発を鬱陶しげに振り払いはするがそれだけだ。アキラは振り下ろされる拳に風刃を叩きつけ、コウメイへの攻撃を妨害し続けた。
「テメーらの獲物だろっ、隠れてねーで戦えよ!」
いくつかの木の下で怒鳴りつけたシュウは、我慢しきれずに跳び登った。木の上で様子をうかがっていた何人もの冒険者をミノタウロスの前へ蹴り落とす。
疾風の二人に、魂の三人、悠久の二人。他にも隠れているのは分かっていたが、全員を引っ張り出している余裕はない。シュウは口笛を吹いて音でミノタウロスを挑発した。
冒険者の数だけが増えたところでミノタウロスの優勢は揺らがない。長い手を振り回し硬い拳で何人もを一度に払い飛ばす。木の陰から何本もの矢が飛ぶが、硬い皮膚を傷つける事もできずに跳ね落ちていた。仲間が引きずり出された事で観念したらしいグラントが、杖を掲げて魔術を放つが、炎の矢は皮膚の表面を焦がしただけで終わった。
「うおぉぉぉーっ」
疾風のイアンが大剣をミノタウロスの腿に突き込んだ。イアンに続いて幾人かが同じ場所に剣を突き入れる。まずは足を潰す作戦は、ミノタウロスの手の平が、虫でも落とすように冒険者達を払い飛ばして終わった。
武器ごと払いのけられた冒険者が転がる中、イアンの大剣だけが腿に刺さり残っている。さして痛くはないが動きにくいとでも言うように無造作に大剣を引き抜いたミノタウロスは、そのまま己の武器としてそれを使い始めた。二十マール近い背丈のイアンと同じ位に長く、コウメイの長剣よりも太い剣は、ミノタウロスが持つとまるで短剣のようだ。
「くそっ」
「避けろ!」
長い手足に武器が加わり、ミノタウロスの懐に入り込むことが困難になった。遠距離攻撃でわずかでも効果があるのは魔法や魔術だが、グラントの炎の矢は表皮に焼け焦げを作る程度でダメージを与えているとは言いがたく、大規模な魔術を使いたくとも、詠唱を終えられるだけの時間が稼げない。ミノタウロスは巨体に反して動きは敏捷でひとところに留まっておらず、コウメイを狙いながらも視界に入る冒険者達を次々と潰してゆく。グラントが杖を掲げ魔力を込めただけで妨害しようと大剣が振り下ろされるのだ。
間合いを詰めることも出来ず、遠距離からの攻撃もままならない。冒険者たちが及び腰でじりじりと後ずさっていたところに、コズエの声が響いた。
「みんなーっ、離れて!」
安全な場所に退避していたはずのコズエとサツキが激戦の中心まで戻っていた。前衛であるコウメイたちの数歩後ろで膝をつくコズエと、槍を構えてコズエを守るように立つサツキが大声で呼びかける。
「ミノタウロスから離れてくださいっ」
「深くて、デッカい穴っ!!」
ぞわり、と大地が揺れた。
反射的にコウメイたちはミノタウロスから離れた。
「うわぁっ」
「なんだ、なんなんだぁ」
「ひいぃーっ」
突如足もとが崩れ、逃げ遅れた何人かがミノタウロスと共に穴へと沈んだ。
「コズエちゃん、大丈夫か?」
「錬金薬よ、飲める?」
「ん……」
魔力の全て注ぎ込み渾身の大穴を作ったコズエは、魔力切れ寸前でうつ伏せに倒れた。その口に魔力回復薬を流し込んだサツキは、コズエに槍を返し肩を抱えるようにしてその場を移動する。
「呆けてねぇで、さっさと攻撃しろ!」
呆然としているイアンたちを怒鳴りつけ、コウメイは腰の辺りまで穴に落ちたミノタウロスの目を斬りつけた。コズエの魔法では半身を穴に落とすので精一杯だが、ミノタウロスの足止めには十分だ。心臓が狙える位置まで落としたのだ、ここまでお膳立てしたのだから後は自分たちでやってくれ。
コウメイの発破で攻撃を再開した冒険者たちは、落とし穴から出ようとするミノタウロスを数人で叩き落し、心臓を狙って斬り、突いた。
「ヒロ、二人を安全域へ!」
アキラの指示にヒロはヨロヨロと覚束ない足取りの二人を追った。
シュウはミノタウロスの鼻先を削ぎ落として離れ、疾風の数人に足場を譲って退避する。
「あとはテメーらでやれよ」
「彼女は魔術師だったのか」
コウメイはミノタウロスではなく避難するコズエの後姿を目で追うイアンの腹に拳を入れた。
「アレはあんた達の獲物なんだ、俺たちは抜けさせてもらうぜ」
「ま、まて。あいつを倒すまで手を貸してくれ」
「足止めして、息の根止めやすくお膳立てしてやって、まだ足りねぇって?」
「報酬は支払う、だから」
「いらねぇ。てめぇらの獲物だろ、てめぇらで始末つけろ」
アキラが風刃の一撃を放ち、ミノタウロスの眉間が割れた。
今まで血を流させる事のできなかったミノタウロスが初めて血を流した。飛び散る血を見て興奮した冒険者たちの攻撃が激しくなった。これだけ士気が上がっていれば何とかなる、そう判断したのかイアンは片手剣を手にミノタウロスへと向っていった。
シュウは既にコズエたちと合流してコウメイたちを待っている。
アキラが魔力回復薬を飲み終わるのを待って、この場を離れようとした時だった。
『ゴァォォーオ!』
ミノタウロスの咆哮が、冒険者や、木や土や石、転がっている様々なものを吹き飛ばした。
「伏せろっ」
「避けるんだ!」
悠久の冒険者たちは吹き飛んできた木に跳ね飛ばされ、魂の連中は風圧で地面を転がり、疾風の六人は身を伏せて飛んでくる様々なものから身を守ったが、礫となって襲う石や枝で軽くはない傷を負った。
木々の間に退避していたコズエたちは、太い木の後ろに逃げ込んで身をかがめ、シュウとヒロも木の影に身を隠した。
コウメイとアキラも共に地面に伏して飛来物を避けようとした。
咆哮に吹き飛ばされたのは木や土や石ばかりではなかった。
誰かの手から離れた剣が、鞘が、ナイフが、礫の何倍もの勢いで飛ぶ。
避けられる速度ではなかった。
「コウメイっ!!」
激しい血飛沫と共にコウメイが倒れた。
コウメイの腹を裂いたのは、己が投げ捨てた折れた長剣だった。咆哮によって飛ばされ、折れ鈍った剣がコウメイの脇腹を抉っていた。これだけではない、石礫は右腕を折り、右目に深々と刺さっている。
「意識を保て!」
アキラは治療薬を脇腹に振り撒いた。
瞬時に効果を表し始めたが、傷が大きすぎて塞がりきらない。
どくん、どくんと脈動に合わせ血が流れ地に広がった。
「シュウ、ヒロっ」
各自のもつ錬金薬は一つ、コウメイの治療薬は石礫によって割れていた。
「治療薬です!」
「俺のも使え」
コウメイが倒れる様子を見ていた二人は、アキラが呼ぶ前に駆け寄っていた。
「傷が塞がるまで寝るな! 死ぬぞっ」
「……アキ、か、た」
シュウの治療薬で内臓が見る間に復元されていった。
ヒロが振りかけた治療薬が血管をつなぎ肉を埋めてゆく。
完全に治しきるには治療薬が足りないが、最初の咆哮でほとんどが割れている。
「あがってくるぞっ」
「た、叩き落せ!」
ミノタウロスの咆哮で負傷した冒険者たちが、穴から出ようとする巨体に向って攻撃を再開したが、半数は地面に転がったまま動かない。ミノタウロスが穴から上がってくるのも時間の問題だ。
「コウメイは俺が担ぐ、逃げるぜ」
「待て」
シュウがコウメイの身体を持ち上げようとするのをアキラが止めた。
コズエは走れる状態ではない。コウメイの脇腹は辛うじて閉じたが完全ではないため出血は続いているし、折れた腕と潰された右目に使う錬金薬はない。隠しているがシュウも足を負傷している、その状態でコウメイを担いで走れるとは思えない。アキラ自身も石礫で左肩が砕けていた。大樹の結界まで逃げる間に魔物に襲われても反撃できない。
「おい、て……い、け」
「ふざけるなっ!」
この状態で逃げても全滅、ならば自力で動けるものだけで逃げればまだ可能性はある。理性では分かっていても、その選択はできない。
「ヒロ、二人をここへ連れてきてくれ」
「わ、分かりました」
「シュウ、ミノタウロスと疾風たちの動きを見ていてくれ」
「加勢するのか?」
「戦闘に加わらなくていい、邪魔されないように見張っててくれ」
「何をするんだ?」
シュウの問いに答える余裕はなく、アキラは乱暴にピアスを外した。
急激に魔力が膨れ上がった。
「……ア、キ」
「お兄ちゃんっ」
「黙ってろ」
集まってきた仲間を見ることもなく、久々の高濃度な魔力の感触を確かめた。
ピアスをしている時の何倍もの魔力が体内を渦巻いて満ち、早く放出しろと騒いでいる。
コウメイの血を指で掬い取り、インク代わりに使った。
描くのは、アキラが唯一覚えている転移魔術陣だ。
魔力を混ぜた血は力を持つ。様式が整い、式字が増えるごとに、対となる転移魔術陣と繋がってゆくはずだった。
「……繋がらない?」
アキラは完成間際で動きを止めた。
彼の知る魔術陣の場所はアレ・テタルのミシェルの執務室だ。だが記憶にあるはずの式陣を描いても、確実な繫がりを感じ取れなかった。距離が原因か、あるいは人数が多すぎるのか。かすかに道が繋がっている気はする。だが魔力のごり押しで六人を運ぶには、あまりにも細く脆い繋がりだ。一か八かに賭けるにはリスクが高すぎた。
アキラは書きかけの術式の一部を消し探った。指を止め、未完成の魔術陣に魔力を撃ちつける。跳ね返ってきた魔力を探り、近くて確実に飛べる転移魔術陣を探そうとした。
「見つけた」
エルフの魔力をはじき返したのが七つ。最も近くで反応した魔術陣に向け、もう一度魔力を撃ち走らせてその全容を読み取ると、アキラの指は再び術式を描きだした。探り当てた先の魔術陣をなぞり、対となるように修正しながら完成させる。
「……いける」
繋がったと確信した。
だがそれでも、六人を確実にとなると分が悪い。
「ヒロ、魔力回復薬は?」
「これですけど、アキラさんは何をするんですか?」
「全員、俺に捕まってくれ」
ヒロとシュウの二人分の魔力回復薬を受け取ったアキラは、肩の砕けた左腕をコウメイの身体の上に置いた。コズエとヒロがその手に手を重ねて置く。サツキがアキラの胴に腕を回し、シュウは無事な方の肩を掴んだ。
ぎゃあぁ、といくつもの悲鳴が聞こえてくるが、彼らは振り向きもしなかった。
アキラは完成した魔術陣にありったけの魔力を注ぎ込んだ。六人分の転移エネルギーが溜まるまで錬金薬で補充し注ぎ続ける。二本目の錬金薬で満ちた魔力を注ぎこんでもまだ足りない。
「お兄ちゃん……」
青白く冷たくなってゆくアキラの、カタカタと枯渇の震えを押さえ込むようにサツキは腕に力を込めた。
「絶対に、離すな、よ」
既に魔力は空だ。
だが、それでもと、念じて搾り出す。
エルフの身体で使えるものは、全て使う。
直感に従い、血肉を魔力に換え注ぎ込んだ。
血で描いた魔術陣の、最後の一文字が輝く。
『ガ、ウガァァァァァァァァー』
ミノタウロスの三度目の咆哮。
同時に、無理矢理に開き繋いだ転移魔術陣が発動した。
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突然に転移魔術陣が光をまとい、止めようとする力に抗って力尽くで繋がれた。
「な、なんでワシんとこ来よるねんっ!」
そうして転移してきたのは重体の長剣使いと重傷のエルフ、それぞれに軽くはない負傷を抱えた獣人と冒険者達だった。
「ここ……アレックスさん?」
「ギルドか!」
「おクスリください! 錬金薬を、早くっ!!」
サツキに怒鳴られコズエに激しく揺すられたアレックスは、ギルドにあった錬金薬の在庫を全て放出したのだった。




