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悪役令嬢の兄に転生した俺の妹救済計画〜妹を悪役令嬢にするシナリオを論理と拳でぶっ潰す!〜  作者: 浅沼まど
第2章:婚約者を飾りだと思うなら王太子を辞めろ

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第6話『飾りの価値を教えてやる』

 ユリウスをつかまえたのは、令嬢たちの輪がふと途切れた瞬間だった。


「殿下。少し、よろしいでしょうか?」


 俺が一礼して声をかけると、ユリウスはわずかに眉を上げ、それから鷹揚おうように頷いた。


「レオン・アルヴァレス殿か。エレナ嬢の兄上だな。何用だ?」


 如才にょさいない。物腰だけは本当に申し分ない。


「妹のことで、ひとつ、お願いがございます」

「ほう」

「妹は殿下の隣に立つために、毎日、それは厳しい教育に耐えております。指の角度ひとつ、視線の高さひとつ、すべて殿下の御前ごぜんで恥をかかぬようにと」


 俺は、努めて穏やかに続けた。怒鳴るのは簡単だ。だが、それでは届かない。


「ですから、できれば――もう少しだけ、妹を見ていただけませんでしょうか?」


 ユリウスは、心底不思議そうな顔をした。


「見ている、とは? エレナ嬢は私の婚約者だ。当然、然るべき敬意は払っている。先程もキチンと挨拶あいさつをしたはずだが」


 ああ。なるほど。

 この男の中では、それで『見ている』ことになっているのか。


「挨拶をひとつ、ですか」

「婚約者としての責務を私は果たしている。そもそも――王太子妃とは、個人である前に、王国の公的な地位だ。私が向き合うべきは、エレナ・アルヴァレスという一人の令嬢ではなく、その座にふさわしい資質が整っているか、だろう。彼女が王太子妃たる教養を身につけること。それは王国にとって意義のあることだ。何か、不足があるとでも?」


 悪気がない。

 それが、一番たちが悪かった。

 この男は自分が間違っているなんて、これっぽっちも思っていない。

 婚約者を三歩後ろに飾っておくことが、王太子としての正しい振る舞いだと本気で信じている。エレナを見ていないことにすら気づいていない。


「殿下」


 俺は、一歩、距離を詰めた。声は、まだ静かなままに。


不躾ぶしつけを承知で、申し上げます。殿下にとって妹は――なんですか?」

「……何を言っている」

「教養を身につけ、御前で恥をかかず、隣に立っていればそれでいい。喋らなくていい。見なくていい。要するに――よくできた、〝飾り〟でしょうか」


 ユリウスの表情が、初めてぴくりと固まった。


「言葉が過ぎるぞ、アルヴァレス」

「ええ。過ぎております。臣下しんかとして、許される一線は、とうに越えました」


 俺は引かなかった。


「ですが、はっきり申し上げます。妹を飾りだと思っていらっしゃるなら――その椅子に座る資格はありません」


 周囲がざわりと凍りついた。

 公爵令息が、王太子に向かって。冗談じょうだんでも許される台詞セリフじゃない。


「婚約者ひとり見ていられない方が、いずれこの国の民をすべて見るのだと、そう思うと――私は……いや、俺は、少しばかり王国の先が心配になりますね」


 ユリウスの頬に、さっと血が上った。

 育ちのいい王子が、生まれて初めて、まともに侮辱ぶじょくされたという顔だった。


「貴様……!」

「殿下」


 俺は、にこりと笑ってみせた。たぶん、ちっとも目は笑っていなかったと思う。


「もし俺の言葉が気に入らないのでしたら、力で黙らせていただいて結構です。ちょうど、この先に訓練場がございましたね」


 売り言葉に、買い言葉。

 わかっている。本当は、こんなものは挑発だ。だが、この手の男には言葉だけでは絶対に届かない。一度、地面にわせて目を覚まさせてやる必要がある。


 ユリウスは、ぐっと唇を噛み、それから――乗った。


「……いいだろう。剣の腕には、それなりに覚えがある。後悔するなよ、アルヴァレス」


 上等だ。

 来い、王子様。

 お前が三歩後ろに飾っていたものが、どれだけのものか――その身体に教えてやる。


          ◇


 夕暮れの訓練場に人だかりができていた。


 王太子と公爵令息の私的な手合わせ。うわさはあっという間に広まり、茶会の客たちが興味津々《きょうみしんしん》でさくの外に集まっている。

 その最前列で、エレナが青ざめた顔をしていた。止めようとして、止められなくて、ただ拳を握りしめている。

 すまん、と心の中で謝る。心配はかける。

 だが、これはやらなきゃならないことだ。


得物えものは、模擬剣もぎけんでよろしいですか?」

「ああ。手加減はいらん」


 ユリウスが、やいばつぶした訓練用の剣を構えた。

 その瞬間、俺は内心で軽く見ていた値踏みを訂正ていせいした。

 構えに隙がない。剣先の高さ、ひじたたみ方、つま先の向き。どれも教科書通りで、しかも、その教科書を「身体で覚えきった」者だけが持つ、静かな落ち着きがある。呼吸は浅すぎず、深すぎず。視線はこちらの剣先ではなく、肩のあたりにえられていた。フェイントには釣られない、玄人くろうとの見方だ。ジリッと間合いを詰めてくる踏み込みにも迷いがひとつもない。


 なるほど。これは相当に鍛えている。同年代の貴族令息が何人束になっても、まず勝てないだろう。普通の手合わせなら誰もが王太子の圧勝を疑わなかったはずだ。

 ――だが。生憎あいにく、俺は普通じゃない。


「では、参ります」


 俺は息を吐いた。

 全身に魔力をめぐらせる。

 指先から、足の裏まで。筋繊維きんせんいの一本一本に、骨のしんまで。流し込む。満たす。圧縮する。

 ――『身体強化』。

 世界が、ぐっと、遅くなった。


「――っ!」


 ユリウスが先に踏み込んできた。鋭い、教科書通りの上段。

 だが――遅い。

 俺は半歩、横にずれただけで、それをかわした。風圧が頬を撫でる。たぶん、傍目はためには、避けたようにすら見えなかっただろう。ただ、そこに「いなかった」だけだ。


「速……っ!?」


 返す刀が来る前に、俺はもう、ユリウスのふところに入っていた。

 模擬剣の腹で、その手首を軽く弾く。


 からん。


 ユリウスの剣が宙を舞った。

 一瞬だった。

 いや――勝負と呼べるほどのものですらなかった。


「……っ、なに、を」


 ユリウスが信じられないという顔で空になった自分の手を見た。

 俺は剣の切っ先を、その喉元のどもとにそっと突きつける。動かない。

 観衆が、しんと静まり返った。


 ここで終わってもいい。だが、それでは「まぐれ」で片付けられる。

 この手の男には、一度では足りない。


「もう一度、いきましょうか。剣を拾ってください」


 切っ先を引くと、ユリウスは歯を食いしばって剣を拾い、今度はより慎重に構え直した。さっきの油断を恥じたのか、その目には本気の色が乗っている。

 いい目だ。さっきまでの、すべてを見下していた目よりずっといい。


 それからの数分間は、はたから見れば一方的な蹂躙じゅうりんだったろう。


 ユリウスは打ち込んでくる。速い。鋭い。

 本当によく鍛えている。普通の貴族令息なら何人束になっても敵わない腕だ。

 だが、俺には届かない。

 身体強化で底上げされた俺の速度と重さの前では、その一撃一撃が、ひどく緩慢かんまんに見える。受け、流し、いなし、そして――時折、わざと紙一重かみひとえで避ける。

 万能じゃない。神じゃない。これは、ただ魔力で身体を底上げしているだけの力技だ。維持し続ければ、それなりに身体には来る。汗が噴き出し、呼吸も浅くなる。

 それでも止まらない。

 妹を三歩後ろの置物にされた怒りが、燃料は腐るほどあった。


          ◇


 最後の一撃を、俺は受けなかった。

 半身でかわし、踏み込み、足を払う。


 どさり、と。

 王太子の背が訓練場の土に沈んだ。


 倒れたユリウスの顔の真横に、俺は剣の切っ先をぴたりと突き立てた。土が、わずかに舞う。


「――参りました、と。言っていただけますか、殿下」


 俺は、息を整えながら見下ろした。

 ユリウスは土にまみれたまま、こちらをにらみ上げていた。屈辱と、混乱と、それから、ほんの少しの――理解できない何かをその目に浮かべて。


「……っ、貴様、なぜ、ここまで」

「妹のためですよ」


 俺は、剣を引いた。


「俺は、妹を飾りだと思う相手には、王太子だろうが、誰だろうが、頭を下げる気はありません。それだけです」


 観衆は声もなかった。

 勝った。完膚かんぷなきまでに。

 爽快そうかいなはずだった。

 なのに、柵の向こうのエレナと目が合った瞬間――その顔が、笑っていないことに俺は気付いた。

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