表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の兄に転生した俺の妹救済計画〜妹を悪役令嬢にするシナリオを論理と拳でぶっ潰す!〜  作者: 浅沼まど
第2章:婚約者を飾りだと思うなら王太子を辞めろ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

第5話『三歩後ろの婚約者』

 王宮の庭園は、相変わらず馬鹿げて美しかった。

 手入れの行き届いた薔薇バラのアーチ。白い東屋あずまや。陽を弾く噴水。貴族の子女たちが、色とりどりのドレスや盛装せいそうで優雅に談笑している。


 俺は壁際の護衛位置に立ち、その光景を眺めていた。

 ふと、視線が足元に落ちる。

 大理石の床に、やけに古めかしい紋様もんようが薄く彫り込まれていた。幾何学的きかがくてきな円と線の組み合わせ。庭園を囲む柱の根元にも、同じ意匠いしょうが連なっている。

 ふと踏んだ瞬間、靴底の下に冷たいものを感じた気がした。飾りにしては、彫りが妙に深い。

 だが、それも一瞬だ。所詮しょせんは古い建物の意匠だろう、とすぐに視線を戻す。

 今は――それより確かめるべき相手がいる。


 茶会の中央には、ユリウス・レグナードがいた。


 数年前、初めて顔を合わせたあの少年は、すっかり王太子らしく成長していた。端正たんせいな顔立ち。隙のない物腰。彼が一言発するたびに、周囲の令嬢たちが花のように笑う。

 悪い男には見えない。

 いや、たぶん本人は自分を『正しい王子』だと心から信じている。


 ()()()()()()()()()


 俺は、エレナを見た。


 婚約者であるはずのエレナは、ユリウスから三歩離れた場所で、一人、静かに紅茶のカップを持っていた。


 最初、ユリウスはエレナに気付いて形だけの挨拶あいさつをした。


「エレナ嬢。今日も健勝けんしょうで何よりだ」

「はい、殿下。お招きいただき、光栄に存じます」


 それだけだった。

 次の瞬間には、ユリウスはもう別の令嬢のほうを向いていた。最近詩作を始めたという侯爵令嬢の話に熱心に耳をかたむけ、感心したように頷き、笑い、取り巻きの少年たちと何やら軽口を叩く。

 その輪の中に、エレナはいない。

 誰もエレナを輪に入れようとしない。婚約者だからと遠慮えんりょしているのか、それとも――この場の空気が最初からそういうものなのか。


 一度だけ、エレナが、勇気を出したのが見えた。

 ユリウスたちが王国北方の情勢の話に移ったとき、エレナがそっと一歩、輪へ近づいた。彼女が何日もかけてそらんじた、まさにあの分野だ。


「殿下。北方のことでしたら、わたくしも――」

「ああ、エレナ嬢。気を遣わせてすまないな。難しい話だ、退屈だろう。菓子でも楽しんでいてくれ」


 ユリウスは、ちらりとも彼女を見ずににこやかにそう言った。

 悪気は、本当になかった。婚約者を気遣ったつもりですらあったのだろう。だからこそ、エレナの差し出しかけた一歩は行き場をなくして、静かに引っ込んだ。

 彼女が何を覚えてきたのかも、何を言おうとしたのかも、この男は知ろうともしない。


「エレナ嬢は、ああいう華やかな話はお好きでないのでしょう?」


 誰かが、わざとらしくそう言うのが聞こえた。クスリと小さな笑い。

 エレナは何も言い返さなかった。ただ、ほんの少しだけあごを上げ、背筋を伸ばし、カップを口元へ運ぶ。完璧な所作しょさで。一点の崩れもなく。

 まるで、最初から、()()()()()()()()()みたいに。


 俺は、自分の奥歯がギリッと鳴るのを聞いた。


 あれだけ努力して。歴代当主の名前を一字も間違えずに諳んじて。指の角度ひとつまで直されて。その全部が、この男の三歩後ろで置物のように扱われるためだったのか。


 エレナは、泣かなかった。

 顔色ひとつ変えなかった。

 だが、扇を握る指先が白くなっていた。ほんのわずかに震えていた。

 俺にしか、わからない程度に。


 ――その光景を、庭園の隅から、もうひとり見ている者がいた。

 白い装束をまとった、若い男だった。

 王宮儀礼官のようにも、どこかの神官のようにも見える、どちらともつかない装い。年若いはずなのに、その目だけが妙に落ち着いていた。談笑にも菓子にも目をくれず、その視線は、ただエレナにだけ注がれていた。

 婚約者を見守る、というのとは少し違う。

 祈るようでもあり、何かを確かめるようでもある。

 慈悲とも、観察ともつかない、静かな目だった。

 通りかかった王家の侍従が、その男に気付いて、軽く会釈えしゃくしていく。

 見知った相手なのだろう。それだけのことだ。

 俺の視線に気付いたのか、その男は静かに目をせ、人の流れにまぎれて消えた。


(……なんだ、今の)


 背中をヒヤリとしたものがでた。

 貴族令嬢が王太子の婚約者として注目される。それは、わかる。

 だが、今のは――そういう種類の視線じゃなかった。

 まるでエレナを、『誰かの婚約者』以上の何かとして見ているような。

 うまく言葉にできない。けれど、確かに嫌な感触だった。


 考えていると、エレナがそっと俺の隣に下がってきた。

 誰にも気づかれないよう、自然に護衛のほうへ。


「お兄様」


 小さな声だった。


「そんなお顔をなさらないで。わたくし、平気ですから」


 平気な人間は、平気だと言わない。

 俺はそれを知っている。前世で嫌というほど。


「エレナ」

「殿下は、お忙しい方なのです。王太子として、たくさんの方とお話しになる責務がおありで。わたくしのことを、おろそかにしていらっしゃるわけでは……」


 言いながら、エレナの声は、だんだん小さくなっていった。

 自分でも信じきれていないのだ。それでも信じようとしている。

 努力すれば報われるはずだと。いつかきっと、ちゃんと見てもらえるはずだと。


 俺は、何も言わなかった。

 代わりに、そっとカップを受け取ってやった。


「俺は、少し殿下とお話ししてくる。お前は、ここで茶を飲んでろ」

「お兄様? ……お兄様、待ってください。お願いです、よけいなことは――」


 エレナの手が、俺の袖を掴もうと伸びた。

 その指先が見えていた。見えていて、俺は振り切った。


「すぐ戻る」


 止める間もなく――というのは嘘だ。

 エレナは止めようとしていた。その声を、俺が聞かなかっただけだ。

 それでも俺は歩き出していた。

 止まれなかった、というほうが、正しいのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ