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悪役令嬢の兄に転生した俺の妹救済計画〜妹を悪役令嬢にするシナリオを論理と拳でぶっ潰す!〜  作者: 浅沼まど
第7章:わたくしの人生を、わたくし抜きで救わないでください

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第23話『私(わたくし)の罪は』

 わたくしは、ひとりで礼拝堂にいた。


 学園の奥まった場所にある古い礼拝堂。

 カラーガラスから落ちる光が、石の床に青と金の模様を静かに描いている。

 ここなら誰も来ない。誰の視線も、噂も、台本も届かない。

 そう思って、わたくしは長椅子の隅に、ただ座っていた。


 お兄様の言葉が頭の中で何度も回っていた。


 『悪役令嬢』。

 『断罪』。

 『追放』。

 ――そして、『死』。


 わたくしは死ぬ。

 物語の中で、そう決められている。妬み、毒を盛り、罪人となって、捨てられて。

 「馬鹿馬鹿しい」と笑い飛ばせれば、どんなにかよかった。

 けれど、笑えなかった。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ミリア・フォルテ。

 平民の出でありながら、誰からも好かれる、あの娘。

 わたくしは、彼女が嫌いだった。

 努力もせず、自然体で、人の心を掴んでいく彼女が。わたくしが、何年も歯を食いしばって積み上げてきたものを、いとも簡単に飛び越えていくように見える彼女が。


 妬ましかった。

 心のどこかで、「平民の分際で」と見下した。

 その(みにく)い感情を。わたくしは、確かに持っていた。


 だから、怖かった。

 もしかしたら、本当に、わたくしは――。

 いつか、あの娘に非道(ひど)いことをするのではないか。物語の通りに。


 そして――それが、何よりも許せなかった。

 お兄様が、わたくしを何から守っていたのか。未来から。世界から。それとも、わたくし自身から。

 あの問いを、わたくしはお兄様に突きつけた。

 けれど、本当は――わたくし自身が、自分(わたくし)を信じきれていなかった。

 お兄様の沈黙が〝答え〟だったように。

 わたくしの、この胸の奥に(うずくま)る醜さこそが〝答え〟なのではないか。

 妬み、見下し、傲慢――それらは、確かに、わたくしのモノだ。

 ならば、物語がそれを育てて、悪役令嬢に仕立て上げるのも――当然の報いなのではないか。

 そう思うたび、足元の石畳がぐらりと傾いだ。


 その時――礼拝堂の扉が(きし)んだ音を立てて開いた。


「……エレナ、様?」


 光を背に立っていたのは。

 今、最も会いたくなかった、その人だった。


 ミリア・フォルテ。


 わたくしは、咄嗟(とっさ)に立ち上がった。(おうぎ)を握りしめて。

 令嬢らしい毅然(きぜん)とした表情を作ろうとした。けれど、上手(うま)くいかなかった。


「……ご機嫌よう、ミリア様。礼拝のお邪魔でしたら、わたくしが――」

「いえ」


 ミリアが首を振った。


「私は、エレナ様を探していたんです」


 彼女は、扉を後ろ手に閉めた。

 その仕草に見覚えがあった。あの晩、お兄様の病室に、ひとりで現れたという、その人。


「……お話がおありなのですか?」


 わたくしは、扇を握る手に力を込めた。


「ミリア様。――先に申し上げておきますわ」


 声が震えないように。気高く。アルヴァレスの娘らしく。


「わたくしは、あなたが好きではありません。ずっと、そうでした。あなたを見る度、胸の奥がざわつきました。それを隠せていたとは思っておりません」


 ミリアの顔が、ほんの少し(こわ)ばった。

 けれど、彼女は目を逸らさなかった。


「……知っています」

「ご存じだったのですか?」

「はい。エレナ様が、私を、よく思っていらっしゃらないことは……ずっと」


 ミリアは、長椅子のわたくしから少し離れた場所に、おずおずと腰を下ろした。

 平民らしい、やや硬い貴族言葉で。けれど、まっすぐに。


「でも、私……エレナ様を嫌いだったわけじゃないんです」

「……嘘をおっしゃい!」


 わたくしは、思わず、声を荒げた。


「嫌われている相手を嫌いではない、ですって? そんな、聖女様のような綺麗事を――」

「嘘じゃありません!」


 ミリアが立ち上がった。

 いつもの、人好きのする笑顔はどこにもなかった。

 ただ、必死な十六の少女の顔がそこにあった。


「私は……ずっと、エレナ様のことを知っていました。あなたが、どんなに努力家か。どんなに、一人で頑張っていたか。誰も見ていないところで、王太子妃にふさわしくあろうと、どれだけ……自分を律していたか。全部……全部、知っていたんです……!」


 わたくしは、息を呑んだ。


「な、何故……あなたがそんなことを……」


 ミリアの肩が震えた。

 固く握りしめた両手の関節が白く浮いていた。


「……私は」


 彼女は絞り出すように言った。


「私は、この世界を――何度も見てきました」


 カラーガラスの光が、彼女の青ざめた頬を青く染めた。


「何度もここに来ました。何度も学園に入って。何度もエレナ様に出会って。その度に――エレナ様は断罪されて、いなくなって……私が聖女になって、世界を救うんです」


 わたくしは、言葉を失った。

 何度も。

 お兄様が別の世界の記憶を持っているように。

 この()もまた、この世界の繰り返しを知っている。

 わたくしの死を。何度も。


 わたくしは、改めてミリアを見た。

 明るくて、誰からも好かれる聖女候補。

 けれど、こうして近くで見る彼女の顔には、十六の少女にはあまりにそぐわない深い疲れが沈んでいた。笑う癖だけが残った口元。その奥で、とうに笑うことを諦めてしまったような昏い瞳。

 わたくしは、たった一度、自分の結末を聞かされただけで足元が崩れた。

 この娘は、それを――いったい、何度、見送ってきたのだろう。


「私、最初の頃は――」


 ミリアの声がほどけていく。


「思っていたんです。エレナ様は、悪い人なんだって。だって、私をいじめるから。毒を盛るから。だから、断罪されても仕方ないんだって……そう、思おうとしていました」


 彼女は首を振った。


「でも、何度も繰り返すうちにわかってしまったんです。エレナ様は、自然に悪い人になるんじゃない。何かに追い詰められて、周りに悪い人だと決めつけられて……そうやって、少しずつ、本当にそういう人にさせられていくんだって」


 わたくしの指先が冷たくなった。


「だから、私……一度だけやってみたことがあるんです」


 ミリアの瞳が、わたくしを見た。

 涙をこらえて。


「――()()()()()()()()()()()ことが」


 礼拝堂が静まり返った。


「あなたを断罪させないで、(かば)って、あなたの手を握って。――これで、あなたは死なずに済む。そう思いました……でも」


 彼女の声が途切れた。


「……空が裂けたんです」


 その瞳の奥に、わたくしの知らない何かが沈んでいた。

 見てはならないものを見てしまった人の目だった。


「黒い灰が降りました。城の外で村が燃えて……私がどれだけ光を集めても足りなかった……」


「……やめて」


 わたくしは、無意識に呟いていた。

 聞きたくない、と思った。けれど、わたくしのためにミリアが何を見てきたのか。

 そこから目を逸らしてはいけない気がして、わたくしは胸の奥が鈍く痛むのを堪えた。


「あなたを助けたら――世界が滅びたんです」


 ミリアは言った。

 とうとう、涙が頬を伝った。


「だから、私……怖かったんです。あなたを犠牲にしたくはなかった。本当です。でも……それ以上に世界が怖かった。たくさんの人が死ぬのが怖かった。だから、私は……あなたが断罪されるのを。何度も、何度も……見て見ぬふりをしました……」


 わたくしは、立っていることができなかった。

 長椅子に座り込む。


 この娘は――わたくしが、ただ妬んでいた、この娘は。

 わたくしの何倍も、長い時間を、ひとりで、この絶望を抱えてきたのだ。

 〝わたくしを救いたい〟と思いながら。〝救えば世界が滅ぶ〟と知りながら。


 女同士のくだらない嫉妬。

 そんなものは、もう、どこにもなかった。

 ただ――同じ運命の底に投げ込まれた、二人の少女がいるだけだった。


「……ミリア様」


 口を開いた。


「わたくしは……あなたに嫉妬しました」


 言わなければならない、と思った。

 飾らずに。気高さで隠さずに。


「平民だから、と見下したこともありました。何度も。心の中で、あなたを貶めました。それは、わたくしの弱さです。傲慢です。否定はいたしません」


 ミリアの濡れた瞳を見た。


「けれど――」


 声が震えた。

 それでも、わたくしは言い切った。


「あなたを――あなたを殺したいと思ったことはありません。一度も。毒を盛ろうなどと考えたことも、ありません。――それは、断じて、()()()()()()()()()()()()()()


 ミリアが息を呑んだ。


「……エレナ様」

「考えていたのです」


 続けた。胸の奥から()き上がってくるモノを言葉にしていった。


「お兄様から全てを聞いて。わたくしは、自分が汚らわしいモノのように思えました。妬みも、傲慢も、確かに、わたくしの中にあるのですもの。だから……物語が、わたくしを悪役にするのも当然なのだと。そう思いかけました」


 扇を握りしめる。


「でも――違いますわね」


 顔を上げた。


「〝妬むこと〟と〝毒を盛ること〟は違う。〝傲慢であること〟と〝人を殺すこと〟は違う。〝弱いこと〟と〝罪人であること〟は違う。……わたくしは、欠点だらけの令嬢です。けれど、〝欠点があること〟と〝世界中の罪を背負わされること〟は――()()()()()()()()ですわ」


 カラーガラスの光が、わたくしの手の上で揺れた。


「わたくしの弱さは、わたくしのもの。わたくしの傲慢は、わたくしのもの。わたくしの嫉妬も、わたくしのもの。――だから」


 わたくしは言った。

 生まれて初めて、誰の許しも、誰の承認も、求めずに。


「わたくしの罪は――わたくしが決めます」

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