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悪役令嬢の兄に転生した俺の妹救済計画〜妹を悪役令嬢にするシナリオを論理と拳でぶっ潰す!〜  作者: 浅沼まど
第7章:わたくしの人生を、わたくし抜きで救わないでください

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第21話『優しい嘘』

 背中の傷が(ふさ)がりきらない内に屋敷へ戻された。


 医者は安静を言いつけ、家令(ハウス・スチュワード)は俺の枕元に薬湯の匂いを満たし、使用人たちは足音を忍ばせて歩くようになった。アルヴァレス家の長子が骨を何本か折って血塗(ちまみ)れで運び込まれたのだ。屋敷中が()れ物に触るような静けさに沈んでいた。


 だが、一番静かなのは――エレナだった。


「お兄様。お薬の時間です」


 昼下がり。寝台の脇に立ったエレナが銀の盆をそっと差し出す。

 白い指が薬湯の碗を俺の手のひらへ渡す。指先が、一瞬だけ触れて、すぐに離れた。


「ああ……すまないな……」

「いいえ」


 それきり会話が続かない。


 以前なら、こうではなかった。

 寝込んだ俺の枕元で、エレナは、いつも山ほど喋った。

 今日の授業のこと。中庭の薔薇が咲いたこと。家庭教師の小言。とりとめのないが、温かい声で病室を満たしてくれた。俺がろくに相槌(あいづち)も打てずにいると、「お兄様、聞いていらっしゃいますの?」と頬を膨らませた。そして、すぐに、また笑った。

 その声が、今はない。


 おかしな話だった。

 エレナは、毎日、欠かさず俺の見舞いに来る。

 薬の時間も、食事の世話も、包帯の取り替えも、彼女は一度たりとも人任せにしなかった。献身(けんしん)的だ、と言ってもいい。

 なのに――その距離が近ければ近いほど、俺は息が詰まった。


 あの日、暴走した魔力の中心で俺はこの子を抱きしめた。血で汚しながら。

 なのに今は、薬湯の碗ひとつを間に挟まなければ触れられない。


「――お兄様」


 碗を盆に戻したエレナが、伏し目がちに口を開いた。


「あの晩……わたくしが医務室を辞した後に……どなたか、お兄様を訪ねていらしたと聞きました」


 心臓が、ひとつ跳ねた。


「……誰が、そんなことを」

「医務室の夜番の方が見かけたそうです。月明かりの中を、若いご令嬢がおひとりで。聖女候補の――ミリア様だと」


 ギクリとした。顔には出さなかったつもりだ。出さなかったと、信じたかった。


「……ああ、ミリア嬢か。見舞いだよ。あの暴走で彼女も巻き込まれかけたからな。一言、礼を言いに来ただけだ」


 嘘ではない、半分は。

 あの晩、ミリアは確かに見舞いに来た。だが、彼女が語ったのは礼などではなかった。


 ――「あなたが妹さんを救えば、この世界は滅びます。私はそれを何度も見てきました」


 何度も――

 ミリア・フォルテは、この世界を何度もやり直している。その度にエレナは断罪され、追放され、そして死ぬ。ミリアは聖女として覚醒し、王国を救う。そういう物語を、彼女は嫌というほど見てきた。

 その重さが、今、俺ひとりの胸の中で(きし)んでいる。


 言えるか、そんなこと。

 「お前は何度も殺される妹だ」なんて。


「……礼を、ですか」


 エレナの声が、ほんの少し低くなった。


「夜更けに、おひとりで人目を忍んで。礼を申し上げるためだけに?」


「ミリア嬢も、色々と気を遣う立場なんだろ。お前と俺の家は王太子の婚約者の家だ。聖女候補が昼間に堂々と見舞いに来たら、また(みょう)な噂が立つ。それを避けたんじゃないか?」


 すらすらと口が動いた。

 原作を知っている。先回りできる。嘘もつける。

 ……我ながらイヤな特技だ。


 エレナは何も言わなかった。

 ただ、じっと俺を見ていた。

 その瞳が何かを確かめている。俺の言葉のつなぎ目のほつれを探すように。


「お兄様は――」


 やがて、エレナがぽつりと言った。


「お優しいですね。わたくしには、いつも心配のいらない事だけをおっしゃってくださる」


 褒め言葉のはずだった。

 なのに、刃のように聞こえた。


「……当たり前だろう。お前は、俺の妹だ」

「ええ。妹です」


 エレナは銀の盆を抱え直し、寝台の脇から一歩退いた。


「だから、わたくしは……ずっと、何も知らないままなのですね……」


 そう言って、彼女は令嬢らしい完璧な礼をして部屋を出ていった。

 扉がかちりと閉まる。


 俺は天井を見上げた。

 包帯の下で背中の傷が(にぶ)(うず)く。


 ……気付かれている。

 まだ真実までは届いていないが、確実に感づかれている。

 俺が何かを隠していることに。


 守るためだ。

 知れば、この子は潰れる。

 自分が断罪され、死ぬ運命だと知って平気でいられる十六の少女がどこにいる。

 だから隠す。最後まで隠しきって、その運命ごと()()せてやる。


 それが正しいはずだった。

 なのに、薄れていく足音を聞きながら、俺の胸に残ったのは――いつか聞いた、前世の妹の最後の電話の呼び出し音だった。

 出られなかった、あの音。後でかけ直せばいい、と思った、あの音。


 ――その後では、もう二度とかからなかった。

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