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悪役令嬢の兄に転生した俺の妹救済計画〜妹を悪役令嬢にするシナリオを論理と拳でぶっ潰す!〜  作者: 浅沼まど
第6章:あなたが妹さんを救えば、この世界は滅びます

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第18話『何度も繰り返している』

 〝話さなければならないこと〟か。


 俺は背中の激痛を奥歯で噛み殺しながら、ベッドの上でミリア・フォルテを見上げた。

 夜の医務室は月明かりと枕元のランプだけが頼りで、彼女の顔の半分は影に沈んでいる。

 それでも、わかった。この少女は、いつもの人好きのする笑顔をひとつも浮かべていない。


 ――考えてみれば妙な話だ。


 深夜の医務室に聖女候補がたった一人で。

 お付きも連れず、誰にも知らせず。

 見つかれば、彼女の立場がどう傷つくか。わからない歳でもないだろうに。

 それでも、彼女は来た。

 つまり、それくらい人に聞かれたくない話だということだ。


 「警戒しろ」と頭の奥で誰かが(ささや)いた。

 ――当然だ。こいつは、おかしい。

 教材破損の時、魔法暴走の時――ミリアは、いつだって結末を知っていた。

 試験場でエレナの魔力が弾ける、あの一瞬。

 あいつは暴走が起きる前に、もう障壁を張り始めていた。

 誰よりも早く、迷いなく、まるで台本でも読んでいるみたいに。


 あの不自然さの正体を。

 今、こいつは明かそうとしている。


「……話、か」


 俺は可能な限り冷静な声を出した。


「悪いが……その前に、ひとつ訊いていいか? ――君は、今日の暴走を知ってたな?」


 ミリアの肩がびくりと跳ねた。

 図星か。


「あの試験場で君だけが暴走の前に動いてた。エレナの魔力が弾ける前から障壁を組んでた。偶然じゃ、説明がつかない」


 俺は痛みを押して、上体をわずかに起こした。


「君は――何を隠してる?」


 ミリアはしばらく黙っていた。

 握りしめた両手を胸の前でぎゅっと固めたまま。

 そして、絞り出すように言った。


「……知っていました。あの暴走も、教材のことも……その前の色々な事も……」


 やっぱりか。

 だが、続いた言葉は――俺の予想を軽々と飛び越えていった。


「だって、私は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――何度も? 聞き間違えじゃないよな?

 俺は、眉を寄せる。


「どういう意味だ?」

「言葉のまま……です」


 ミリアの声が震えた。


「私は……何度もこの世界をやり直しています。同じ年、同じ学園、そして同じ人たち。何度も、何度も。気付いた時には、また入学式の朝に戻っているんです」


 病室の空気が止まった。

 俺は口を開きかけて閉じた。


 ループ。やり直し。

 ――正直に言えば、「馬鹿げている」と一笑に付したかった。

 「何度も時間を巻き戻すヒロインだと? どこの安い乙女ゲームだ」と。

 だが、笑えなかった。

 なぜなら、俺自身が、こことは違う世界の記憶を抱えてここにいる転生者だからだ。

 時間が繰り返す。世界が巻き戻る。そんな現象を頭から否定できる立場に俺はいない。


 それに。

 それなら、辻褄(つじつま)が合ってしまう。アイツの不自然なまでの迷いのなさが。


 とはいえ。

 「はい、そうですか」と鵜呑みにする程、俺はお人好しでもない。


「……だったら、ひとつ証明してみせろ」


 俺は探るように言った。


「君が、本当にこの時間を繰り返してるってんなら。今日の暴走――あれが、君の知ってる『いつも』と、どう違ったのかを言ってみろ」


 ミリアは、一瞬、傷ついたような顔をした。

 けれど、すぐに目を伏せて語りはじめた。


「……いつもの暴走は、もっと小さいんです。エレナ様の魔力が少しだけ弾けて、私の腕をかすめる程度で誰も死にません。それで、『やはりエレナが聖女を傷つけた』と噂が立って――それで、終わり。それが毎回の決まった形でした」


 俺の背筋が冷えた。


「でも、今日のは違いました。あんなに大きな暴走は、私、初めて見ました。下級生まで巻き込まれかけて……あなたが飛び込まなかったら……何人か死んでいた。あんなことは、これまでの繰り返しで、一度もなかったんです」


「……それが」


「――()()()()()()()()()()()()


 ミリアは、まっすぐ俺を見た。

 責めるのではなく、ただ(おび)えるように。


「あなたが、エレナ様を守ろうとして。先回りして囲い込んで。言いたいことも言わせなかったから。だから、エレナ様は自分の魔力の異変を誰にも言えなかった。膨らんで、膨らんで――そして、あんなに大きく弾けた。私には、それがわかります。だって……あなたがいる繰り返しを、私、初めて見ているんですから」


 グッと胸の奥を(えぐ)られた気がした。

 ――反論できない。あの暴走の規模が原作より(ひど)かったこと。それが俺の過保護のせいかもしれないと、心のどこかで薄々感じていたこと。それを、コイツは当たり前みたいに言い当てた。


「……信じる、信じないは後だ」


 俺は慎重に言葉を選んだ。


「仮にその話が本当だとして……君は、その繰り返しの中で何を見てきた?」


 ミリアは目を伏せた。

 俯いた横顔から、もう声を出すのも辛そうだった。


「毎回……同じです。エレナ様は『悪役令嬢』として断罪されます。学園で疑われて、追い詰められて、最後は、卒業の夜に全ての罪を着せられて追放されるか――それより、ひどい結末を迎えます」

「毎回」

「ええ。何度、繰り返しても。細かいことは、少しずつ変わるんです。誰が婚約者になるかとか、どの事件が先に起きるかとか。でも、それだけ。エレナ様が断罪されることだけは――何度やり直しても、一度も変わりませんでした」


 俺の指先がシーツを握った。

 毎回。何度やっても。エレナだけは堕ちる。

 まるで最初からそう決まっているみたいに。

 ……気に入らない。

 誰が婚約者になるかは変わる。どの事件が先に起きるかも変わる。

 なのに、エレナの破滅だけは一度も変わらない。


 それはつまり――この世界は、他の事なら幾らでも融通を利かせる癖に、あの子を堕とす事だけは何があっても手放さないということだ。

 まるで、そこだけが〝譲れない一線〟だとでも言うように。

 〝悪役令嬢の断罪〟――()()()()()()()()()()()()()()()

 「その軸をへし折ってやる」と、俺は奥歯を噛んだ。


「そして――」


 ミリアは続けた。


「エレナ様が断罪されると……私は聖女として目覚めます。胸の聖印が光って、力が流れ込んでくる。そうして覚醒した私が王国に迫る災厄を退ける。それが――毎回の終わり方です」

「……災厄」


 初めて聞く言葉だった。

 『穢れ』とは、また別の。もっと大きな何か。


「君が聖女になって退ける? 何を?」


「言葉で説明するのは難しいんです」


 ミリアの肩が小さく震えた。


「でも、確かにあるんです。この王国に迫っているもの。それを……エレナ様が、ひとりで引き受けて消えてくれるから……みんなは無事でいられる。『器』と――そう呼ぶしかなかった。本当は、そんな言い方したくないのに……」


 最後のほうは、ほとんど消え入るような声だった。

 『器』という響きを一番嫌っているのは、口にした彼女自身だ。そうわかるくらいには。

 それでも、その言葉は俺の耳にざらりと残った。

 まるでエレナという人間が〝何かを入れるためのただの入れ物〟だとでも言われたみたいで。


「……ふざけるな」


 声が低くなった。


「俺の妹にそんな役目を……誰が決めた……」

「すみません! 違うんです、私は……!!」


 ミリアが慌てて顔を上げた。

 その目に涙が滲んでいた。


「私は……私は、エレナ様を嫌っているわけじゃないんです。本当に違うんです。むしろ――」


 言いかけて、ミリアは唇を噛んだ。

 その先を飲み込むように。

 俺は彼女のそんな顔を見て、少し冷静さを取り戻した。

 ――コイツは楽しんでなんかいない。エレナの破滅を望んでいる女の顔じゃない。むしろ、誰よりもその事に傷ついてきた者の顔だ。


「だから――」


 ミリアは、震える声で言った。


「だから、ここからは言葉じゃなくて……見て欲しいんです。私が何度も見てきたものを……」

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