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偽物の恋人──あなたのいたアトリエ  作者: あおき華


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5話

 馬車が屋敷の玄関前で止まった。中からライアンが降りてくるのが見えた。


 ソフィーは窓辺から急いで離れ、鏡で全身をチェックした。ライアンから届いていたダイヤモンドの首飾りが、鏡の向こうで白く煌めいている。 


 しばらくすると憂鬱そうな顔をした執事が彼女を呼びに来た。


「お嬢様、お客様がお見えです」


 はやる気持ちを抑え、ソフィーはホールに向かった。




「ソフィー」


 ライアンがパッと笑顔になった。


「ライアン、ようこそ!」


 ソフィーは彼に駆け寄った。ライアンはソフィーの手に恭しく口づけをした。


 こんなに堂々とした大人の男性が私に興味を持つなんて、とても信じられない。

 ソフィーは笑いながら、首を横に振った。


「ご両親は?」

「この前、領地に帰ってしまって」


 スミスと破談になり、怒ったソフィーの母は父を連れて領地に帰ってしまった。

 エリックもジェイムズ王子の側近に抜擢されたので、近頃はなかなか屋敷に帰ってこない。


「それは残念だ」

「紹介できなくてごめんなさい。こちらへどうぞ」


 奥の椅子に座ったライアンは興味深そうにホールの内装をぐるりと見回した。執事がわざとらしく咳払いをした。


「彼は怖いね。さっきも、じろじろと睨まれたよ」


 ソフィーは笑った。


「私に男性のお客様が珍しいからよ」

「今までスミスは訪ねて来なかったのかい?」

「あの日初めて会ったわ」


「そうか」

 ライアンは口を引き結んで頷いた。




 そのあと、二人で庭を散策することにした。


 王都の外れにあるハワード男爵家のタウンハウスには、広い庭園があった。昔、先祖が羽振りがよかった頃のなごりだ。


 噴水の池を通りすぎ、芝生の高台を越え、ソフィー達は庭のすみにある小屋の前まで来た。


 ソフィーは小屋を指差した。

「あれが、」

 不意に後ろのライアンに抱きしめられて、ソフィーは短く叫んだ。


「ごめん」

 ライアンがパッと両手を上げた。


「どうか怖がらないで。君といると自制心が無くなるんだ」

 顔を擦ると、自嘲するように肩をすくめた。


「驚いただけよ」

 ソフィーは胸元の首飾りをぎゅっと握りしめた。


「着けてくれたんだね?」

 ライアンが、かすれ声で言った。


「⋯⋯き、綺麗なんですもの」

 とても彼を直視できない。ソフィーはうつむいた。


「ソフィー。よく見せて」


 ライアンの両手がソフィーの両手を握った。ためらいながら視線を上げたソフィーの目の前に、息をのむほど美しいライアンの瞳があった。


「よく似合ってる」


 ライアンは彼女の唇に視線を移して、喉をゴクリと鳴らした。

 ソフィーは、つい唇を舐めた。


 今すぐ離れなければいけないことは分かっていた。彼にプロポーズされたわけでもないのに、近すぎる。

 けれどもソフィーは、彼の情熱に今答えてみたかった。


 指先で軽く唇を撫でられて、ソフィーの体がぶるっと震えた。


「ソフィー」


 うめくように言うと、ライアンはソフィーと唇を重ねた。とても優しいキスなのに、体がしびれるようだった。


 ライアンは体を離して深呼吸をすると、急に明るく笑いかけた。

「今日は、ほどほどにしないとね」


 ソフィーはライアンをじっと見ながら首をかしげた。



「あの小屋が手紙に書いていたアトリエかい?」

 ライアンは、ソフィーが絵を描くために使っている古い小屋に目をむけた。


「え?ええそうよ」

 ソフィーは少し拍子抜けしながら答えた。


「中に入ってみても?」

「ええ、もちろんよ」


 小屋に沢山ある絵を彼に見せたい。絵を描くことには少し自信がある。


 ソフィーは目をきらりと光らせた。


 ライアンは複雑そうな顔でソフィーを見下ろした。


「どうしたの?」

 まばたきをしながら彼を見つめた。


 ライアンは苦い顔をしながら眉間を掻いた。

「世間知らずだと言われないかい?」

「なぜ?」


「簡単に2人きりになってはいけないよ?」

 突然、鼻をキュッとつままれた。


 ソフィーが手を払って鼻をおさえると、ライアンは微笑みながらかぶりを振った。

「かわいいソフィー、君が心配だよ」


 今度は額にキスをされた。



 小雨が降ってきた。


「戻ろうか」

 ライアンが片手をさし出した。


 ソフィーは顔をほころばせて、彼の大きな手を握った。

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