12話
今日は一日中ロージーに会えなかった。せめて寝顔が見たい。
ソフィーは寝支度を済ませると、ロージーの様子を見に子供部屋に向かった。
エリック達がいる間は、子供部屋からロージーを出さないことに決めていた。
ロージーの好きな外遊びをさせてやりたかったが、娘を守るためには危険は冒せなかった。
ソフィーは急に立ち止まって、口を引き結んだ。
勝手に子供を産んだことを知ったら、王子はどう思うだろうか。激怒するかもしれない。
階段前に、ジェイムズ王子がいた。
ソフィーは息を止めて、膝を曲げるお辞儀をした。
引き返してすぐに、王子に呼び止められた。
「私を忘れてしまったのかい」
やけに静かな声だった。
ソフィーは振り返るべきか迷った。
「ソフィー。何とか言ってくれ」
今度は声を荒げた。
「殿下」
「そんな風に呼ぶな」
「でも、何とお呼びすればいいのか分かりません」
ソフィーは視線を足元に落としてつぶやいた。
王子がソフィーの腰を掴んで引き寄せた。
「私がどれだけ心配したか分かるか。君が死んだかもしれないと──」
ソフィーは目を見開いて王子を見上げた。絆されてはいけないのに、手のひらの暖かさに心が震えた。
「は、離して下さい」
王子を引き剥がそうとしたが、力強い手はびくともしなかった。
「思ったよりずっと元気そうで、複雑な気分だよ」
王子はソフィーの全身に鋭い眼差しを向けた。
「君はここで一体何をしていたんだい?」
階段の陰に視線を逃すと、そこにピーターが立っていた。体を背けて不自然にじっとしている。
王子がソフィーの視線の先に目を向けた。
瞳を青い炎のようにぎらつかせた。
「今度はあの男にしたのか?」
ソフィーは王子をひっぱたきたくなった。
ふいに王子がソフィーにキスをしようとした。
ソフィーは顔を背けた。唇は頬に当たった。
王子はぐっと眉をひそめた。
「消えろ!」
王子の激しい怒鳴り声に、ピーターは走り去って行った。
「何がしたいの?」
ソフィーはぽつりと言った。
ジェイムズ王子の頬骨のあたりが、うっすらと赤くなった。
「ジェイムズ王子だったなんて思いもしなかった」
「伝えるつもりだった」
ソフィーは腕をぎゅっと握りしめた。
「もう騙されない」
王子はソフィーを近くの空き部屋に連れ込んで、鍵を閉めた。
「やめて」
自分がナイトドレス姿であることがやけに気になって、ソフィーは体を手で覆った。
「私を信じて欲しかった。君が大切だと態度で示していたはずだ」
王子はジェスチャーを強めながら言った。
「無理よ」
「ソフィー。本当の事を伝えようとしたんだ」
「でも、……結局言わなかった」
ソフィーは青白い顔で微かに笑った。
「君に逃げられたくなかったんだ!」
ジェイムズ王子がソフィーの肩をつかんで揺さぶった。
「王子は嫌なんだろう?」
ジェイムズ王子が絞り出すような声で言った。
ソフィーは狼狽えた。確かにそう言ったことはある。
兄に呼び出されたあの日を思い出した。
「どうして知っているの?」
「エリックにそう言われたからだ。諦めてくれと」
紹介は、お兄様の思いつきではなかったの?
ソフィーは喉につかえを感じて強く手を押しあてた。
王子は強張った目を伏せた。
「舞踏会でダンスをして、君への気持ちを終わらせようと思ってた」
ソフィーは彼から目が離せなくなった。
「あの時初めて会ったのに」
「違うよ。初めてはデビュタントの日だ。君は緊張していたね」
「覚えてないわ」
デビュタントの日、気持ちが舞い上がって周りが見えていなかったことは覚えている。
「私にカーテシーしてくれたよ」
王子は眉を弱々しく下げた。
ソフィーは声を震わせながらおずおずと尋ねた。
「あなたは、私に本気だったの?」
ジェイムズ王子はソフィーの目をじっと見つめながら、深くうなずいた。
ソフィーは凍りついていた心が、たちまち溶けていくのを感じた。
「殿下」
「ソフィー。ジェイムズと呼んでくれ」
ジェイムズが耐えかねたように、ソフィーを掻き抱いた。
「君に会いたくて気が狂いそうだった」
耳に当たるジェイムズの胸から激しい鼓動が聞こえる。ソフィーは目を閉じて、彼の心音、香り、体温、あらゆるものに感覚を研ぎ澄ませた。
「ソフィー、あの頃みたいにキスしてくれ。愛してるんだ」
ソフィーは唇を噛み締めながらジェイムズを見つめ返した。
ジェイムズはまだロージーのことを知らない。
秘密を抱えたままでは、ソフィーはジェイムズに安心してキスをすることができなかった。




