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偽物の恋人──あなたのいたアトリエ  作者: あおき華


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12/14

12話

 今日は一日中ロージーに会えなかった。せめて寝顔が見たい。


 ソフィーは寝支度を済ませると、ロージーの様子を見に子供部屋に向かった。

 エリック達がいる間は、子供部屋からロージーを出さないことに決めていた。


 ロージーの好きな外遊びをさせてやりたかったが、娘を守るためには危険は冒せなかった。



 ソフィーは急に立ち止まって、口を引き結んだ。


 勝手に子供を産んだことを知ったら、王子はどう思うだろうか。激怒するかもしれない。



 階段前に、ジェイムズ王子がいた。

 ソフィーは息を止めて、膝を曲げるお辞儀をした。


 引き返してすぐに、王子に呼び止められた。


「私を忘れてしまったのかい」


 やけに静かな声だった。


 ソフィーは振り返るべきか迷った。


「ソフィー。何とか言ってくれ」

 今度は声を荒げた。


「殿下」

「そんな風に呼ぶな」

「でも、何とお呼びすればいいのか分かりません」

 ソフィーは視線を足元に落としてつぶやいた。


 王子がソフィーの腰を掴んで引き寄せた。


「私がどれだけ心配したか分かるか。君が死んだかもしれないと──」


 ソフィーは目を見開いて王子を見上げた。絆されてはいけないのに、手のひらの暖かさに心が震えた。


「は、離して下さい」

 王子を引き剥がそうとしたが、力強い手はびくともしなかった。


「思ったよりずっと元気そうで、複雑な気分だよ」

 王子はソフィーの全身に鋭い眼差しを向けた。


「君はここで一体何をしていたんだい?」


 階段の陰に視線を逃すと、そこにピーターが立っていた。体を背けて不自然にじっとしている。


 王子がソフィーの視線の先に目を向けた。

 瞳を青い炎のようにぎらつかせた。


「今度はあの男にしたのか?」


 ソフィーは王子をひっぱたきたくなった。


 ふいに王子がソフィーにキスをしようとした。

 ソフィーは顔を背けた。唇は頬に当たった。


 王子はぐっと眉をひそめた。


「消えろ!」

 王子の激しい怒鳴り声に、ピーターは走り去って行った。


「何がしたいの?」

 ソフィーはぽつりと言った。


 ジェイムズ王子の頬骨のあたりが、うっすらと赤くなった。


「ジェイムズ王子だったなんて思いもしなかった」

「伝えるつもりだった」


 ソフィーは腕をぎゅっと握りしめた。


「もう騙されない」


 王子はソフィーを近くの空き部屋に連れ込んで、鍵を閉めた。


「やめて」

 自分がナイトドレス姿であることがやけに気になって、ソフィーは体を手で覆った。


「私を信じて欲しかった。君が大切だと態度で示していたはずだ」

 王子はジェスチャーを強めながら言った。


「無理よ」


「ソフィー。本当の事を伝えようとしたんだ」


「でも、……結局言わなかった」

 ソフィーは青白い顔で微かに笑った。


「君に逃げられたくなかったんだ!」

 ジェイムズ王子がソフィーの肩をつかんで揺さぶった。


「王子は嫌なんだろう?」

 ジェイムズ王子が絞り出すような声で言った。


 ソフィーは狼狽えた。確かにそう言ったことはある。

 兄に呼び出されたあの日を思い出した。


「どうして知っているの?」


「エリックにそう言われたからだ。諦めてくれと」


 紹介は、お兄様の思いつきではなかったの?

 ソフィーは喉につかえを感じて強く手を押しあてた。


 王子は強張った目を伏せた。


「舞踏会でダンスをして、君への気持ちを終わらせようと思ってた」


 ソフィーは彼から目が離せなくなった。

「あの時初めて会ったのに」


「違うよ。初めてはデビュタントの日だ。君は緊張していたね」


「覚えてないわ」


 デビュタントの日、気持ちが舞い上がって周りが見えていなかったことは覚えている。


「私にカーテシーしてくれたよ」

 王子は眉を弱々しく下げた。


 ソフィーは声を震わせながらおずおずと尋ねた。


「あなたは、私に本気だったの?」


 ジェイムズ王子はソフィーの目をじっと見つめながら、深くうなずいた。


 ソフィーは凍りついていた心が、たちまち溶けていくのを感じた。



「殿下」

「ソフィー。ジェイムズと呼んでくれ」


 ジェイムズが耐えかねたように、ソフィーを掻き抱いた。


「君に会いたくて気が狂いそうだった」


 耳に当たるジェイムズの胸から激しい鼓動が聞こえる。ソフィーは目を閉じて、彼の心音、香り、体温、あらゆるものに感覚を研ぎ澄ませた。


「ソフィー、あの頃みたいにキスしてくれ。愛してるんだ」


 ソフィーは唇を噛み締めながらジェイムズを見つめ返した。


 ジェイムズはまだロージーのことを知らない。


 秘密を抱えたままでは、ソフィーはジェイムズに安心してキスをすることができなかった。

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