13話
「大事な話があるの」
ソフィーは二階奥にある子供部屋の前に、ジェイムズを連れて行った。
子供部屋のドアには可愛らしくクマやウサギの装飾がほどこされている。
ジェイムズは何かを察したのか、今まで見たことのない様な苦い顔になった。
部屋に入るのをためらっているようだった。
「ソフィー。場合によっては君を許せないかもしれない」
ジェイムズは翳りのある表情でソフィーに言った。
ソフィーは微かにうなずいてドアを開けた。
右手のベッドにはオリバー、左手のベッドにはロージーが眠っている。ソフィーは小さな歩幅で少しずつロージーに近づいた。
ロージーはスースーと寝息を立てていた。
ジェイムズは後ろで何も言わずに立っている。ソフィーは振り返ることができなかった。
ランプの灯りでロージーが目を覚ましてしまった。
ロージーは鮮やかな青い目を見せて、キョロキョロと動かした。そしてソフィーに気づくと安心してまたゆっくり目を閉じた。
ジェイムズが息を呑んだ。
「私の子だ」
呆然とした顔で呟いた。
ソフィーは予想外の反応に短く笑った。なぜ最初から自分の子供という発想にならないのか。
どれくらい時間が経っただろう。
ジェイムズはベッドのそばで、魂を奪われたようにずっとロージーを見ている。
ぽつりとソフィーに尋ねた。
「名前は?」
「ローズマリー……ロージーよ」
「ロージー⋯⋯」
ジェイムズはロージーのふわふわとした頬に手を伸ばして、おそるおそる触った。
「しばらくここに居てもいいかい?」
ジェイムズの目が涙で光って見えた。
「ええ」
ソフィーは胸に手をあてながら、強くうなずいた。
ソフィーはジェイムズの気持ちを汲み、ひとり寝室に戻った。
ベッドに横たわっても、全く寝付けなかった。
私とロージーはどうなるのだろう。
ジェイムズは結婚を考えているのだろうか。
もちろんジェイムズと家族になりたい。でも王室のメンバーの妻なんて、とても自分には相応しい気がしなかった。
翌朝、身支度をしていたところにヴィクトリアがやってきた。メイド達を五人も引き連れている。
ヴィクトリアはソフィーと絨毯を何度も交互に見たあと、やっと口を開いた。
「ソフィー。王子に、あなたの荷物をまとめるように言われたんだけど……結婚するって本当なの?」
ソフィーは慌てて応接間に向かった。
ソフィーが部屋に入ると、ジェイムズとエリック、ダニエル、そしてロージーがいた。
エリックは当然のようにロージーを抱っこしている。ジェイムズはダニエルに、今まで二人が世話になった感謝を述べていた。
まるでもう話がついたような雰囲気だ。
ソフィーはジェイムズを引っ張って、部屋の外に連れ出した。
「どういうことなの?何も聞いてないわ」
ジェイムズに詰め寄った。
「私達にはロージーがいるんだ。結婚するのは当然だろう?」
ジェイムズは胸を張って平然と言った。
「でも私は単なる男爵家の娘よ」
ソフィーは自分の腕をそわそわとなでた。
ジェイムズは大げさなため息をついた。
「そこに拘るのはもうやめるんだ。ロージーを幸せにしたくはないのか?」
「もちろん幸せにしたいけど……」
「じゃあ覚悟を決めるんだ」
急に軍の司令官っぽさを出してきた。
ロージーの幸せ──そんな話を持ち出されては、ソフィーは何も言うことが出来なかった。
心の準備もできないまま、翌日にはブライベリーを去ることになった。
ソフィーとヴィクトリアは馬車の前で長い抱擁を交わした。すぐそばで、オリバーがヴィクトリアにしがみつきながらロージーを見ている。
ロージーはエリックと乳母に連れられて、先に別の馬車で出発した。ソフィーとジェイムズもその後を追った。
まずはソフィーの両親の待つハワード男爵家の領地へ向かうこととなった。
「ロージーと一緒にいたかったのに」
ソフィーは馬車の中で、ロージーと引き離された不満をぼやいた。
ジェイムズはだしぬけにソフィーを膝の上に乗せた。
「今は私の事だけを見てくれ」
ソフィーを抱きしめながら、満足げにため息をもらした。
「こうしたかったから馬車を分けたんだ」
いたずらっぽく笑うジェイムズに、ソフィーは頬を染めながら体をあずけた。
「あなたロージーのために結婚するんじゃなかったの?」
「そんなことを言ったかな」
ジェイムズが眉を高く上げておどけた。
「あれは命令だったのかしら。プロポーズだったのかしら」
ソフィーは笑みを堪えながら口を膨らませた。
「愛してると言っただろう?」
ジェイムズが耳もとでささやいた。
ソフィーはゆっくりと目を閉じて、その言葉を噛み締めた。
「愛してるわ」
ジェイムズの体がこわばった。
振り返ると、彼の顔から冗談めいた雰囲気が一切無くなっていた。
「ソフィー、キスしてくれ」
ジェイムズはソフィーをまっすぐに見つめながら、かすれた声で言った。
ソフィーはジェイムズの肩に手を置いて、ありったけの思いを込めてキスをした。




