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偽物の恋人──あなたのいたアトリエ  作者: あおき華


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10話

 午後八時過ぎ、いつものようにダイニングルームで晩餐が始まった。



「ソフィー、そろそろここに居ることを家族に連絡したらどうだい」


 執事にラム肉を給仕されながら、ダニエルが硬い声で言った。


 ソフィーは喉をゴクリと鳴らして身構えた。

「その……ええと……」

 出ていけということだろうか。見下ろした手のひらに冷たい汗が出ていた。


「ソフィー達はここにいるの。そう決めたじゃない!」

 ヴィクトリアが甲高い声を上げた。

 ダニエルが肩をすくめた。


「実はお兄さんから、手紙が届いたんだよ」


 ソフィーは思わず腰を浮かせて、また座った。目の奥がひどく熱い。


「お兄様は、何て?」


 ダニエルがわずかに目を伏せた。

「……君の行方を知らないかと書かれていたよ」


 ソフィーは口を固く引き結んで、両手で顔を覆った。


 屋敷を出る際、家族には北西部の保養地へ旅行に行くと手紙を書いた。以降はずっと連絡せず月日が流れている。


 

「で、でも……私、ロージーのことを知られたくないの」


 それが一番の気がかりだった。


 未婚で子供を産んだことを知ったら、母はロージーを養子や孤児院に出してしまうかもしれない。

 そして何事もなかった様に、私を誰かと結婚させるのだ。


「とりあえず今はロージーのことを伏せて、ここで無事に暮らしていることだけでも伝えてみたらどうだい?」


 ソフィーはヴィクトリアに目を向けた。ヴィクトリアは唇を噛んで、静かにうなずいた。


 

 寝室にもどり、何時間も便箋を前に思い悩んだ末、ソフィーはその晩エリックに無事を知らせる手紙を書いた。





 翌週、エリックから返事が届いた。

 こちらに来たい事と、休暇を取るので都合を教えてほしい事だけが書かれていた。いつものエリックらしい、あっさりとした手紙だった。

 


 ヴィクトリア達と相談して手紙をやり取りし、エリックの訪問は二週間後に決まった。



 ソフィーはロージーを膝の上に抱きながら、繰り返しエリックからの短い手紙を読んだ。


「ロージー、伯父様が来るんだって」

 ソフィーはぽつりと呟いた。

 ロージーは手紙を奪ってくしゃくしゃに遊び始めた。


 ソフィーはロージーを強く抱き締めた。ロージーの存在は兄には隠さなければならない。




 エリックの来る前日になった。


 ホールまで降りて来ると、ヴィクトリアと使用人達が慌ただしく動きまわっていた。


「ヴィクトリア、何かあったの?」


「明日ジェイムズ王子も来ることになったわ。晩餐会のメニューを考え直さなきゃ。一番いい部屋も準備しないと」


 言いながらもあちこちに指示を出している。



 ジェイムズ王子。懐かしい響きだった。


 エリックが、突然自分を王子に紹介しようとしたあの日を思い出して、ソフィーはかすかな微笑みを浮かべた。

 あの頃は恋をした事も無かった。


 でも、どうして王子まで来るのだろう。ブライベリーで兄と一緒に休暇を取るつもりだろうか。


 ソフィーは胸に手をあてて大きく息を吸い込むと、いそいそとヴィクトリアを手伝い始めた。


 つい顔がほころんだ。


 どうやら、兄は王子の信頼をうまく勝ち取っているようだ。

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