焼け落ちた灰
「え?」
見つけた?見つけたってどういう・・・・
今まで俺の鼓動を速めていた心配がミルのその声を聞くだけで嘘のように消えていた。さらにミルの頭上に在ったはずの大量の火球も霧散していた。もうすでに何の脅威も持たない火の粉が風にさらわれていく。
いったい何が。
俺の頭は一向に状況を把握できていない。見つけたとはなにをどういう風に見つけたのか。あの火球はなぜ消えたのか。
その疑問を解消する方法はないかと寝ながら周りを見渡していると、ふいに俺の背後から人の気配がした。
「いやぁ、見つかってしまいましたか」
聞いただけで人を化かすのが大好きな狐を連想させる、そんな声だ。驚いて振り向こうとしても、今の俺は目を開けているだけで精いっぱいな状態だ。襲撃者の顔を確認することはできない。
「いや、恥じ入ることはない」
いつの間にか狼状態を解いていたのか、小さな女の子の姿のミルがとことことこちらへ歩いてきていた。一瞬危なくないか?と思ったが、ミルの顔を見てその心配は杞憂だと理解できた。もうミルは狼ではないのだ。つまりそれは勝敗が、生死が決したということだろう。
「魔術師、貴方の火の扱いと隠形はわたしがこれまで戦ったどの魔術師よりも優れていた。敵とはいえ、その技巧は称賛に値する」
「ふふ・・”雪狼の幼王”に褒められるとは、私のような名無しにはもったいない光栄です」
いつもとは違う仰々しいミルの口調をからかうような馬鹿な事はしない。今この場はミルと、俺の後ろにいる魔術師とやらだけであるべきだと、俺でもわかる真剣な空気だったからだ。
それに俺の後ろにいる魔術師・・・
俺はミルにあまり気づきたくなかったことについて視線で訊いた。帰ってきたのは無念そうなうつむきだった。つまりはそういうことなのだろう。俺はいつのまにか沈痛な顔をしていたらしい。魔術師はふっと、自嘲的な笑みをこぼした。
「お連れの方も、気にする必要はありませんよ。私はただの使い捨ての名無し。どれだけの価値があったとしても、私が路傍の石っころであることは変わらないのです」
それは今の状況を考えてみると、あまりに酷い言葉だった。それは俺たちにとっては出なく、魔術師が自身をひどく裏切る言葉だから。
「・・随分と卑屈だな」
「それが現実でしたから」
「・・・・」
聞いていてあまりに苦しい言葉に思わず言い返したが、言い返されて俺は黙ってしまう。この魔術師は卑屈などではないのだ。魔術師はすべて受け止めて、傷ついて、諦めたのだ。その結果、魔術師は疲れてしまっただけなのだ。
その気持ちはとても分かる。元いた地球でも、異世界でも同じなんだ。世の中どうしようもないものがある。
俺がやるせない気持ちに目を伏せたとき、後ろからどさり、と。魔術師が膝をつく音がした。
この魔術師は、もうすぐ死ぬ。なんとなく感じていたことは、何故かは知らないがどうやら現実になるらしい。俺のやるせなさはより一層加速していった。
このままこいつは死ぬのか。
俺よりも大きくて重い、どうしようもないやるせなさってやつを抱えながら、こいつは死ぬのか。
どうにかしてやりたい。できることならどうにかしてやりたいのだ。しかしそう簡単に解決できるならば、俺も、魔術師も、ミルも、こんな最悪の気分にはなっていない。
「・・では・・・・」
魔術師が最期と言わんばかりに、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「わたしは!!」
「・・?」
俺が悔しさに顔を歪めたその時、ミルが何かに懇願するような表情で叫んだ。その必死そうな声に俺も魔術師も顔を上げる。
「わたしはミル!レインフォース家の長女であり、今は唯一の生き残りだ!」
ミルが・・自分のことを?
ーーーーそれ以外は話す気はないわ
ミルと初めて会った時のツンツンとした声音で言われた言葉が頭をよぎる。ミルはあの時名前だけ、俺に教えてくれたのだ。
「国は戦いで滅び、父と母はわたしの目の前で死刑になった!」
ミルは苦しそうに、自分の過去を語っていく。俺はしつこくは訊いていない。しかし以前で過去のことは訊かれたくないのだろうことは分かっている。ミルは今、どこの誰かも知らない人間どころか、自分を殺そうとした相手のために、思い出したくない自分の昔話を語っているのだ。
「わたしはそのとき七歳だった!訳も分からないまま逃げた!何回も殺されかけたし、そのたびに殺した!」
ミルの感情の器は限界なのか、本人の意思に反してミルの目からは涙が零れ落ちていた。顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、それでもミルはやめない。
「最初は何もわからなくて、とにかくおなかが減った!雑草なんて当たり前に食べたし、わたしを殺そうとしてきた人も!」
・・やめてくれ。
「そのうちに信用できる人もできた!でもそういう人はなぜかわたしより先に、わたしのために死んでいった!」
「わたしはーーーー」
聞いて、いられなかった。泣きながら自分の境遇を語るミルを見たら、こっちが泣いてしまいそうだった。イラつくほど痛い体に鞭打って、俺は何とか立ち上がっていた。不思議と体の奥から力が沸き上がってきた。その力に身を任せて、俺はミルのところまで行って、力の限りミルを抱きしめた。
「もういい」
「わたしーー」
「もういい!」
「ーーーータ、クミ」
「もう、いいから・・・・」
もういいんだ。俺はオタクでも、一応大人だから分かる。世の中どうしょうもないことがあって、それは何をしても少ししか変えられない。それならその問題は放置しておいてくれればいいだけなのだ。その問題の当事者も、関わった人も、全員が痛い思いをするだけなら。
魔術師もきっと望んでいない。お前の気持ちはもう充分伝わった。だからもう、いいんだ。
俺はただ「もういい」とだけ言い聞かせ、嗚咽を漏らすミルを更に強く抱きしめた。
しかし、よく考えてみれば当然だったのだろう。ミルはまだ子供だ。何事にも無限の可能性があると信じている。だからこの程度で止まるはずもなかった。
ミルは涙をねじ伏せて、俺の腕から逃げて横たわっている魔術師へ走り寄った。
「お、おい!ミル!」
「そこの魔術師!」
ミルに呼ばれた魔術師は閉じかけていた目をうっすらと開けた。
「わたしは貴方のような立派な魔術師がいなくなることを悲しく思う!貴方を捨て石にしたラグジャイルも後に後悔することになるだろう!」
「・・・・」
魔術師はただ黙ったまま、ミルを見据えた。
「だから貴方に価値はある!貴方の人生に意義はある!貴方が優秀な魔術師であったことはこのわたしが保証する!だからーー」
だから、安心して
その言葉が紡ぎ終わる前に、魔術師の目は虚ろに光を映しているだけになっていた。
しかし俺から見れば口元はにっこりと、笑っている気がする。きっとそうなのだ。
俺は魔術師のただ開いた目を手のひらで撫でて閉じさせるミルを見て、とりあえずもう大丈夫なのだなと理解して、それからばたりと地面に突っ伏した。
総合pv5000突破!ブクマ登録も少しずつ増えてきています。嬉しい限りです(*_ _)




