赤の魔術師
暗くなりつつある俺の視界の端では、すでにミルが狼と成っていた。森の木々をすり抜けてきた風が、彼女の銀の鬣を美しく揺らす。
「グルゥゥ・・・・」
そうだ。ミルはまだ幼いというのに、それよりずっと小さな頃から刺客とやらに狙われていたんだ。このような突然の事態にも慣れている。身の危険を感じると同時に狼に成ることぐらい当たり前にできてしまうのだ。
そう考えるとあの姿が、少しだけ悲しく見える。
そんな俺の感傷など露知らず、ミルは四肢に力を籠める。そして次の瞬間ーーーー
ーーーーミルの立っていた地面が、爆発したように弾けた。
木の間をすり抜けるように銀の残像が奔る。その速さは圧倒的で、俺では目で追うのに精いっぱいだ。だというのに襲撃者はその動きが見えているようだった。ミルには当たらないものの、拳ほどの大きさの火球がどこからともなく現れて、ミルに向かって発射されている。火球が当たった木は燃えあがり、地面は弾けていく。森は瞬く間に炎に染まっていく。
しかしミルは止まらない。火に毛を焦がしながら、熱に目を細めながら、近くにいるはずの襲撃者を見つけるために辺りを奔走した。
火球の雨が降り始めてどのくらい経っただろうか。ふいに、ミルがその足を止めた。
「危ない」
俺の口は無意識のうちに動いていた。
襲撃者は間違いなく強い。ただの一般人の俺でもそれはわかる。ミルももちろん強いが、その実力は拮抗していると言わざるを得ない。相手にはミルの動きを捉える術があるのだ。そんななか足を止めるのはまさに自殺行為そのもののはず。
ミルが足を止めるやいなや、これまでより大量の火球がミルの頭上に発現した。手練れの襲撃者がミルの決定的な隙を見逃すはずがなかったのだ。火球の数はおよそーーーー二十。いやそれ以上か。俺とミルはそれなりに離れているはずなのに、いきなり目の前でキャンプファイアでの焚かれたかのような熱が俺の肌をチリチリと焼いていく。
ーーーーダメだ。そう察してしまった瞬間、俺の全身の血の気が引いた。あれは無理だ。よけきれるはずがない。絶望的な予測が嫌でも脳裏に沸き上がった。
「ミル!上だ!」
さすがの相手もあれだけの火球となると発現から発射まで多少のタイムラグがあるのか、俺がそう叫ぶ猶予だけはあった。
しかし、それだけだ。なぜかミルは頭の上を見ることもせずただ一言。
「見つけた」
少しだけ濁りの入った声で、そう呟いた。




