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人形伯の愛し方~異世界転生したら罪人認定されました。赦免のためにコミュ障辺境伯と偽装婚約します~  作者: 甘酒ぬぬ
1章

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1-8 ドレスの感想

「相手を考慮しない厚意はただの害悪だ」


 アルドの態度は一貫していた。


「今までにご紹介したのは、ヴァイス辺境伯に見合う品格を備えた女性です。そちらのご令嬢は、どこの家の者で?」

「さて、なんという家だったか。必要のない情報は記憶に留めないことにしている」


「白々しいことを……! 侯爵に知らせないばかりかどこの馬の骨ともわからぬ者を引き入れるなど、領民がどう思いますかな。いま一度ご自身の立場をお考え下さい。辺境伯ともあろう方が見目の麗しさだけで骨抜きにされるとは、どうやら不名誉なあの噂は事実だったようですね」


 使者は下卑(げび)た笑いを浮かべる。


「……黙って聞いていれば、アル――ヴァイス辺境伯を愚弄する気か!」


 ヒューが吠えた。剣の柄に手がかかる。

 ほとんど同時に、使者が連れてきた騎士の方も帯剣を握りしめた。


 緊張と沈黙で、質量を持ったかのように空気が重くなる。


「……自重しろ、ヒュー」


 アルドは目蓋を閉じ、小さく息を吐いた。

 ヒューはすぐさま柄から手を離し、最敬礼をした。


「民意とは、改めて言うまでもなく民のものだ。領民が私の行為に否を突きつけるのであれば、私はそれを甘んじて受け入れる。侯爵やその婚約者が介入することではない」


(侯爵の奥さんなのかと思ったけど……婚約者?)


 エメルは首をかしげる。


 アルドからほとんど何も聞かされていないため、状況がよく飲み込めない。

 兄である侯爵と、その婚約者のリーゼッテとの関係があまり良くない、というのだけは感じた。


「そもそも、見合い話は厚意ですらないだろう。毎月こちらを探りに来る建前でしかない」


 口調こそ平坦なままだったが、明確にアルドの目つきが変わる。


「そんなに人形技術が欲しいのか、盗人」

「……くっ。私を――いえ、ひいては侯爵やリーゼッテ様を貶(けな)すだけでは飽き足らず、よもや盗人呼ばわりするとは……今起きたことはすべて報告させていただきます!」


 唾を飛ばすほど声を荒げ、使者は足早に応接室から出て行ってしまう。


「ヒュー、使者殿を丁重に送って差しあげろ」

「おう! また何か持ってかれても困るしな」


 言うが早いか、ヒューは走って使者を追いかけた。

 使者付きの騎士も慌てて後に続く。


 しばらくして足音が聞こえなくなり、エメルは糸が切れた人形のようにソファに倒れ込んだ。


(何これしんどい……身体よりもメンタルに来る……)


 エメルは取引内容にリフレッシュ休暇の追加を真剣に考えた。


「いつまでそうしている。寝るならベッドの方が良い」


 エメルのまばたきが多くなった頃、アルドが顔を覗き込んできた。


「……わっ!」


 エメルはアルドをはねのけるようにして立ち上がった。時々アルドは距離感がバグっている。


「元気そうでなによりだ」

「気持ち的には元気じゃないですよ……終始居心地が悪かったです。そもそも私必要でした?」

「君が隣にいるのといないのとでは、婚約者の存在の説得力が違う」

「まぁ、それはそうかもしれませんけど……」


 エメルは釈然(しゃくぜん)とせず、勢い良くソファに座った。


「婚約者の仕事はこれで終わりですか?」

「この程度で向こうが折れてくれるなら苦労はしない。尾ひれだけでなく、角や翼まで付け足して報告されるだろう」

「無能な働き者ってやつですね……」


 さっきの使者は、典型的な権力を笠(かさ)に着るタイプだった。

 いっそ憐れになるくらいボコボコにされていたが。


「あの、一つ気になったんですけど、どうしてお兄さんの婚約者が口を出してくるんですか?」


 話の中で一番腑(ふ)に落ちない点だった。

 兄嫁ならぎりぎりわからなくもないが、婚約者は戸籍上はまだ他人だ。

 そんな図々しいことをするだろうか。


「人の心など、考えてもわからない」


 アルドは眼鏡のブリッジを押さえた。

 癖なのか、何度もこの仕草を見たことがある。


「そりゃ考えてるだけじゃわかんないですよ。まず自分から口にして伝えて、相手から返してもらわないと」

「……本気で言っているのか」

「本気も本気です。私は、この格好の感想をアルドから聞きたかったですよ」


 エメルはスカートの裾を持ちあげ、可愛らしく小首をかしげてみせた。

 アルドは今まで見たことがないくらい渋い顔になり、押し黙ってしまう。


「……そこまで嫌ですか?」

「……いや。ヒューが挙げたもの以外で、何か良い文言がないかと考えていた」

「そこはかぶっても良いじゃないですか……」

「あいつの案に便乗しただけに聞こえるだろう」

「うーん、確かに?」


(あ、この人すんごく面倒くさいタイプだ)


 だんだんとアルドのことが分かってきた。


「かぶってるのが嫌だってことは、可愛いとか綺麗とか似合ってるって思ったりはした――ってことですよね?」


 エメルはにやーっと口角を吊りあげた。

 アルドからしたら、さぞ嫌な笑顔に見えるだろう。


「ああ。そうだ」

「ですよねー――え?」


 想像とは異なる音が返ってきた。

 意味が分からない。


「そうだ」ってなんだ?

 何が「そう」なんだろう。


 じわじわと顔の温度が上がる気配がし、エメルは背を向けた。

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