1-7 婚約者としての初仕事
「……何故そんな膨れた顔をしている」
応接室へと続く長い廊下を歩いていると、数歩先にいるアルドが急に振り返った。
「膨れてませんけど?」
エメルは腕を組み、気持ち顔を逸らした。
「そりゃ膨れっ面にもなりたくなるだろ」
最後尾にいたヒューが口をはさむ。
衣装の片付けをしているためミラはいない。
「せっかく婚約者がこんなに綺麗に着飾ってるってのに、『時間がない。行くぞ』で済ませる奴があるか」
使者を待たせている応接室が近いせいか、ヒューの声はいくぶん抑えられていた。
アルドは不思議そうにまばたきをし、視線をエメルに向けた。
てっぺんからつま先まで順を追って見ていく。
「見栄えする格好になっている。充分だ」
「そういうことじゃねーよ!」
エメルが思っていることはだいたいヒューが代弁してくれる。
「可愛いとか綺麗とか似合ってるとか、自分のためにありがとうとか、他にも色々あるだろ!」
「ヒューさん、もういいですって」
加速度的に声量が上がっていくヒューを、エメルは押しとどめた。
(偽装のことヒューさんに伝えた方がいい気がする。精神衛生的に)
アルドの人としての対応に怒っているのであって、ヒューが納得するかはわからないが。
(でも、せっかくミラさんが気合入れてやってくれたのにな)
エメルは毛先を指に巻き付けた。
ハーフアップのアレンジで、編み込みをルーズにほぐし、ドレスに合わせたリボンや小さめの花飾りが散りばめられている。
「ミラさんのこと、たくさん褒めてあげてください」
「健気すぎる……」
ヒューは涙をぬぐう真似をした。
「いっそ俺にしない?」
「ありがとうございます結構です」
エメルがビジネスライクな笑顔で切り返した直後、ヒューの鼻先を火の玉のようなものがかすめていった。
対面にいたエメルも、熱気をはらんだ風を感じる。
「あっづ!」
ヒューは鼻を押さえて大げさに飛び退く。
「これ以上使者殿を待たせる気か」
手を銃の形にしたアルドが、ヒューを厳しくにらみつける。
「だからって室内で火を飛ばす奴があるか!」
「獣を御すには火がもっとも効果的だ」
「誰が獣だ!」
また言い争いが始まってしまう。
「……い、今のってなんですかっ!」
エメルは二人の間に割って入った。
「魔術だ」
「見たことないの?」
「……見たことないけどわかりました。大丈夫です」
二人の反応で色々察したエメルは両手を振りながら数歩後ずさった。
手から火などを出せるのが当たり前な世界観らしい。
(私は――使えないよね)
ためしに両手を見つめて念じてみるが、当然何も起こらない。
「そういえば、今日は掃除人形はいないのか。いつもそこらへんにちょろちょろしてるやつ」
ふと、ヒューがあたりを見まわした。
「前回連れて行かれそうになったからな。待機させてある」
「そういえば安全確認のためとか言って、前に農耕用も持ってかれたな」
「何が使者だ。盗人と変わらん」
珍しく、アルドの語気が強かった。眉間に深く皴が刻まれている。
(私が聞いてていいのかな、この話)
◇
応接室に着くと、ソファに一人、その後ろに控えるように騎士が立っていた。
「これはこれはヴァイス辺境伯。ご健勝なようで何よりです」
ソファに座っていた男が慌てたように立ち上がった。アルドに駆け寄り、手を差し出す。
「此度のご用向きは?」
アルドは一顧だにせず、エメルをともなってソファに座った。
(誰に対しても態度変わんないんだ)
エメルは感心半分呆れ半分で成り行きを見守る。
「失礼ですが、そちらの女性は……」
使者がエメルに対して胡乱げな視線を向けてきた。
「私の婚約者です。なので、前回と同じ用件であればお引き取りください」
「勝手に婚約者などと……このことはシュタインベルク侯爵はご存じなのですか」
「子供ではあるまいし、わざわざ兄にお伺いを立てることもないでしょう。むしろ、侯爵の使者と称して訳のわからない見合い話を持ち込んでくる方が非常識では? 不必要だと毎回はねつけているというのに、何故学習しない」
(ひぇ、レスバ強いよー。私いらなかったんじゃない?)
自分が言われているわけでもないのに、エメルの胃がきりきりと痛む。
ちらりと見ると、ヒューも苦笑いをしていた。
「……リーゼッテ様のご厚意を踏みにじるおつもりですか?」
使者の顔から作り笑いが消える。




