1-6 純白のドレス
(正反対っぽいけど、なんか仲良さそう)
エメルは手を振って二人を見送る。
「はじめまして、お嬢様。辺境騎士団が末席、ミラ・レーマンと申します。お着替えを手伝うよう仰せつかっております」
喧騒が遠ざかってから、ミラは胸元に手を当て、深々と頭を下げた。
緊張しているのか、表情や動作が硬い。
「こちらこそよろしくお願いします。あと私ただの一般人なので、そんなに気を遣わなくて大丈夫ですよ。気軽にエメルって呼んでください」
エメルはベッドから下り、よそ行きの顔を作る。
自分でも不思議なくらい、自然と「エメル」と名乗ることができた。
「はい! エメル様、ですね。お手数ですがこちらの姿見の前にご移動お願いします」
ミラは元気よく返事をし、屈託のない笑顔を見せる。
(歳はそんなに違わないと思うけど、なんか光属性過ぎてまぶしい……)
愛想笑いでなく、自然と他人に笑いかけられるミラがちょっとだけ羨ましかった。
「お好きな色やデザインなどありますか?」
ミラは持ってきたトランクを開けていく。
トランクの中には色とりどりなドレスが詰まっていた。
フリルがふんだんにあしらわれた可愛さ全振りなものから、露出度が高く身体の線が出るセクシーなものまで多岐に渡る。
「あの、ミラさん。こっちの人ってこんなドレスが普段着なんですか?」
エメルは一番上にあった一着を手に取り、身体に当てた。
「いえ。侯爵家から遣わされた使者への顔見せのためだと聞いています」
「うえぇ……」
エメルはつい、げんなりとした顔をしてしまう。
いきなり偽婚約者としての仕事になりそうだ。
(でも、私が引き受けなかったらどうするつもりだったんだろ)
ミラやヒューの口ぶりから、偽装婚約が決まる前から、あらかじめ服を用意させていたことになる。
「エメル様! 良かったらこちらも合わせてみませんか?」
ミラが妙にキラキラした瞳で別のドレスを差し出した。
「あ、はい」
「エメル様の髪色ってとても素敵じゃないですか。それを活かすにはやっぱり全体を白でまとめて差し色にエメラルドを取り入れるのが良いと思うんです! あえて反対色の赤にするというのも考えましたがお堅い使者の好感触を得るにはやはり王道で攻めるのが上策かと――」
急におかしなスイッチでも入ったのか、怒涛の勢いでまくし立ててくる。
困惑が先に立ってしまい、内容が全然頭に入ってこない。
エメルは曖昧な相槌を打つしかなかった。
「――あ。ごめんなさい! エメル様があまりにも華奢で可愛らしくて、着せ替え甲斐があるなぁと思ったらつい……」
数秒の熱弁の後、ようやくミラが我に返った。恥ずかしそうに赤みを帯びた頬に手を押し当てる。
「いや、大丈夫。うん。私あんまりセンスに自信ないから、おススメしてくれた方が助かる」
「えーホントですか! じゃあ早速これ着てみてください! アクセサリーはこれとこれで!」
反省の気持ちよりも自分の欲望の方が勝ったらしい。ミラは次から次へと遠慮なしに押し付けてくる。
とはいえせっかくの厚意を無下にするのも悪い。
エメルは渡されたドレスに袖を通した。素材はわからないが、日本で着ていた既製品よりも肌触りが良い。
「……あのー、自分で言うのもなんだけど、そもそも私みたいな得体の知れない女が領主様の婚約者だなんて大丈夫なんですか?」
無言だとかえって落ち着かないため、エメルは気になっていたことを尋ねる。
「屋敷に使用人を置くことすら厭われているあのお方が、わざわざお連れになった女性です。私ごときが疑うなんてとんでもない!」
ミラはぶんぶんと首を横に振った。オレンジ髪のポニーテールが激しく揺れる。
「そういえば、ヒューさんが言ってましたね。アルドが『人形伯』って呼ばれてるって」
「……アルド?」
「あ、あー、えー……発音が苦手で、辺境伯様のことを特別にそう呼ばせてもらってるんです」
エメルは恥じらうような表情を作り、なんとか取り繕う。
「何それ推せる……!」
ミラは目蓋を固く閉じ、ぐっと拳を握り込んだ。
やけに気合いが入っているように見える。
◇
――十数分後。
「――どうですか、エメル様」
ミラにアクセサリーを付けてもらい、ようやく試着が終わった。
エメルが姿見に目を向けると、まだ見慣れない自分の華やかに着飾った姿があった。
青みがかった緑色の瞳に合わせた輝石のイヤリング。
金糸の刺繍が施された上品な光沢のある純白のドレス。
服装って大事だな、とつくづく思う。これなら辺境伯の婚約者だと胸を張って言える。
エメルは物珍しさから、裾をつまみ上げてひらひらと揺らしたり、その場で回ってみたりした。スカートの広がり方も美しい。
「あぁ……やっぱり白が似合いますね」
顔の前で両手を組んだミラが、感極まったような声をあげた。
「ありがとう、ミラさん。私だったらこの色は選べなかったと思う」
白はウェディングドレスの印象があまりにも強すぎる。
今着ているドレスは白一色ではなく、リボンやスカートのレイヤードなどに緑が使われていて、良い意味で軽やかさがあった。
「――まだ着替え終わらないのか」
こんこん、という控えめなノックとともに、扉の向こう側からアルドの声が聞こえてきた。
「ばっかお前! 無理に急かすな! 女の子は支度に時間がかかるんだよ!」
ヒューの怒鳴り声も聞こえる。
「何故だ」
「何故じゃなくてそういうモンなんだよ!」
「脱いで着るだけだろう」
「『えー、今日は何着ようー? これにしようかな? ああでもこっちも可愛いし……』とか迷ったりすんの!」
「悩むくらいならすべて同じ服にすればいい」
「お前にはわかんないだろうけど悩むのが楽しいわけ!」
また飽きずに口論になっている。
「団長は侯爵家に仕える騎士の家系で、お二人は幼い頃から兄弟のように育ったそうですよ」
ミラがこっそりと耳打ちしてくれた。
「だからあんなに仲が良いんですね」
思わずエメルの口元が緩む。
「エメル様、せっかくだから髪も気合入れて結いましょう! 辺境伯に『時間をかけた価値がある』と思ってもらうためにも!」
ミラは力強くエメルの肩に手を置いた。
「ふふっ。じゃあお願いしますね、ミラさん」
エメルは笑みをこぼす。
上からの要望よりも完成度を優先してしまうミラが微笑ましかった。




