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人形伯の愛し方~異世界転生したら罪人認定されました。赦免のためにコミュ障辺境伯と偽装婚約します~  作者: 甘酒ぬぬ
5章

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5-5 救出

「遅かったじゃない」


 余裕を取り戻したリーゼッテは、ゆったりとした足取りで青年の隣に立つ。

 青年の肩に手を伸ばす動作がいやに艶めかしい。


「この間抜けが誰かに見られたせいで、こっちの方に重点的に捜索の手が伸びてます。辺境伯を別の所に誘導するの大変だったんすからね」


 青年はどこか気安い口調で受け答えする。


「それにしても、本当に人形なんですか、これ」


 話題が自分に向き、エメルは反射的に身体を強張らせた。


「さあ。でも切ってみればわかるわ。魔術人形は血が流れていないもの」


(この女は……!)


 相変わらずのリーゼッテの言い草に、エメルは吐き気を覚える。

 意識を失ってしまいたくなるほど身体中が悲鳴を上げていたが、奇しくも青年がもたらした「辺境伯――アルドがエメルを探している」という情報が希望になった。


(なんとか時間を稼げれば、きっとアルドが……)


「――ミラさん!」


 エメルは力を振り絞って声を上げた。


「アルドを、呼んで来てください。私なら、大丈夫なので」


 いつものように口角を持ちあげて笑顔を作る。


「でも……」


 ミラは眉をひそめた。

 今はミラが剣を向けていることが抑止力になっているが、それがなくなれば青年のナイフはエメルに振り下ろされるだろう。


(手足は切り落とされるかもしれないけれど、殺されはしないはず。ショックで死ぬ可能性はあるけど。でも、きっと、アルドなら治してくれる……)


 衰弱しているせいなのか、エメルは思考が極端になっていた。


「全然大丈夫じゃないですよ。このまま放っておけません……!」


 ミラは半泣きになりながら剣を握り直す。


「どうします、リーゼッテ様」


 青年は呆れたような声で尋ねた。


「ミラの始末でも人形の解体でも、どちらが先でもいいわ」


 リーゼッテも興味なく答える。


「んー……それじゃあ――」


 青年は床に突き立てたナイフを引き抜いた。

 吟味するようにエメルとミラを見比べ、エメルの髪をひとまとめにしてつかんだ。

 上体を無理矢理反らさせ、露わになったエメルの喉にナイフを宛がう。


 ミラの顔が一瞬にして青ざめ、剣先が震えて下がった。


「本当に人形なのか確かめましょう。もしも人間だったら言い訳できないっすからね」


(人間の喉切ったら死ぬでしょこの馬鹿!)

 と思えど、エメルは口にできなかった。身じろぎするだけでも鋭利な刃が肌に触れる。


「ちょっ、と……確かめるだけなら何も首ではなくとも……」


 青年の行動が予想外だったのか、リーゼッテがうろたえた様子で制止した。


「俺は騎士団を捨ててまでリーゼッテ様についたんですよ。あなたにもリスクを背負ってもらわないと」


 ナイフを握る青年の手に力がこもる。

 刃がエメルの首に押し当てられ――


「――欲に目がくらんだだけだろう、愚か者が」


 突如、落ち着いた低い声と、甲高い破砕音が室内に響いた。


 高い位置にあった窓が割れ、砕けた欠片が光を反射しながら降り注ぐ。


 突然のことに青年がナイフを取り落とし、両手で頭をかばった瞬間、青年の身体が何かの衝撃を受けて横向きに吹っ飛んだ。

 置いてあった機器に身体を叩きつけられ、埃がもうもうと舞い上がる。


「ここまでの案内ご苦労。お前が辺境伯の顔を覚えていなくて助かった。もっとも、その功を差し引いても万死に値するが」


 エメルは拘束が解けたのを感じたが、手も足もうまく動かせない。

 早く確かめたいのに、身体が言うことをきかない。


「エメル」


 ここ数日呼ばれていなかっただけで、ひどく久しぶりに思えた。

 場違いなほど優しく抱き起され、ずっと会いたかった人の顔が見える。


 いつもならきっちり整えられているはずの黒髪は顔を隠すように乱れ、眼鏡もかけていない。

 格好も黒づくめではなく、軽鎧姿だった。


「ぅ……アルドっ……!」


 エメルは泣き出したくなるのをこらえ、名前を呼ぶだけに留めた。

 すべての感覚がアルドの存在を感じることだけに使われ、倒れ伏した青年や息を呑むミラやリーゼッテの気配が意識から遠ざかっていく。


「ちゃんと私の顔を覚えているんだな」


 アルドは柔らかく微笑み、エメルの顔に手を添えた。指の腹で頬についた汚れをぬぐう。


「……苦情は、後で受け付ける」


 いつかどこかで聞いた台詞。


 エメルに対して忠告するのではなく、アルドは自身に言い聞かせるように口にした。

 アルドはエメルの顎を軽く押しあげて上を向かせる。


 一番最初、行き倒れたエメルを救うために口移しで薬を飲ませた時とやっていることは同じ――はずだった。


 しっとりと唇が重なり、アルドの体温が伝わってきた。

 薬よりも砂糖水よりも甘い熱を注がれているようで、エメルの意識がぼんやりとしてくる。


 ついに燃料が底を尽きたのかと思ったが、視界に纏わりついていたノイズが急速に晴れてきた。

 身体を蝕んでいた痛みが消え、活力が満ちていく。


(……なんで?)


 身体はもう充分に回復しているのに、いつまでも唇が離れない。

 何故キスだけで治ったのかもわからないが、それ以上に、キスをし続ける理由が謎だった。


(こんなの、意識するなっていう方が……)


 エメルは悔し紛れにアルドの服を小さくつかみ、何かにいざなわれるように目蓋を閉じた。

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