5-4 反撃
「っ……! このっ……ふざ、けんなっ……!」
エメルはリーゼッテをにらみつけ、情動に突き動かされるままに罵声を浴びせた。
リーゼッテがエメルの正体にどれだけ確証を持っているかは知らない。
しかし、人間と変わらない外見のものを、なんの罪悪感もなく「解体しろ」と命令できる心理が理解できない。
「あらあら、ずいぶんと汚い言葉を使うこと。ちゃんと調教されていないのかしら」
見るのもおぞましいとでも言いたげに、リーゼッテは広げた扇で顔を隠した。
「リーゼッテ様……どうかこれ以上は。もう、私には……」
ミラがエメルとリーゼッテの間に入り、躊躇いなく叩頭した。
「これ以上も何も、ここまでしておいて、あなたが許されると思うの?」
リーゼッテはミラの後頭部に扇の先を当てた。
そのまま力を込め、ミラの額を床に押し付ける。
「農耕人形の横流しに協力。辺境伯の工房から資料の窃盗。辺境伯の婚約者の誘拐――厳密に言えば人形だから誘拐ではないけれど。あとは何があったかしら」
「っ、それは……! 全部、あなたが――」
反論するミラの頭を、リーゼッテは再度床に押し付けた。
「わたくしは一言たりともあなたに命じてはいないわ。むしろ、従騎士止まりだったあなたをヴァイス辺境騎士団に入れるよう口添えしてあげたでしょう」
やっていることとは裏腹に、リーゼッテの声音は甘く優しい。
「そんなの、騎士団に入っていた方があなたにとって都合が良かっただけじゃないですか!」
「愛しのヒューと一緒に過ごせたのは嬉しくないの?」
「やめてくださいっ!」
ミラの拳が床を叩く。
ひと呼吸後に、すすり泣くミラの声が聞こえてきた。
(ほんっと胸糞悪い……!)
エメルの中でふつふつと怒りが煮えたぎる。
なんの権利があってミラに対してこんな酷い仕打ちができるのか。
この世界ではこんなにも身分にすべてが左右されるのか。
「どっぷり自己陶酔してんじゃないわよ、このクソ女!」
エメルは倒れ込むようにしてリーゼッテに体当たりをした。
勢いはほとんどなかったが、予想外の攻撃にリーゼッテは体勢を崩した。
エメルに押し倒される形で背中から床に倒れ込む。
「侯爵と婚約してから五年も経つそうね。その性格を見透かされてるからなんじゃない?」
エメルは全体重をかけてリーゼッテを床に押さえつけた。
エメルの挑発にリーゼッテは顔を赤くし、憎悪の表情を浮かべる。
「まがい物が……知ったような口を利かないで!」
リーゼッテは容赦のない力でエメルを突き飛ばし、転がった身体をヒールで思いきり踏みつけた。
「いっ……! ぅぐっ! 人を人とも思わないくせに、あんたにまがい物呼ばわりされる筋合いなんてない!」
「わたくしは皆から愛されているの。求められているの。あなたと違って替えがきかないの!」
さらなる苦痛を与えるために、リーゼッテはじりじりとヒールをすり動かす。
「――本当にそうですか?」
エメルの視界の端で、ミラがゆらりと立ち上がるのが見えた。
ミラは手の甲で顔を乱暴にぬぐい、腰に帯びた剣の柄を握りしめる。
次の瞬間、
ぶんっ! と重い何かが風を切る音がした。
ミラが、鞘に入った剣をリーゼッテ目がけて振り下ろした。
慌てて避けようとしたリーゼッテはドレスの裾を踏んで滑り、強かに腰を打ちつけた。
おかげで剣は避けられたが、腰の痛みのせいかなかなか立ち上がれないでいる。
「今まではすべて他人にやらせていたのに、今回に限ってどうしてご自身で来られたのですか? 皆に愛され、求められているんですよね?」
額から血が流れているのも気にせず、ミラは構えた剣の切っ先をリーゼッテの顔に向ける。
「頭が高いわよ、ミラ……! 男爵家との養子縁組の話はいいのかしら?」
「言われるままエメル様を切り刻み、その罪悪感を抱えたまま望みを叶えるより、私はあなたに背く方を選びます。たとえ罪を増やすことになったとしても」
ミラは鞘を投げ捨て、改めて白刃をリーゼッテに突きつけた。
ここで初めて、ずっと余裕を保っていたリーゼッテの顔が引きつる。
「逃げてください、エメル様。奥に進むと裏口に繋がっています。桑畑を抜ければ、今日行った店の近くに出るはずです」
切っ先と注意をリーゼッテに向けたまま、ミラはベルトホルダーから取り出したナイフでエメルの縄を切った。
「ミラさんは……?」
エメルは痺れの残る手でミラにしがみつく。
「すべての責任を取ります」
ミラは弱々しく笑い、すぐに表情を引き締めた。
エメルの腕をつかんで立ち上がらせ、背中を押す。
「ミラさん!」
エメルが振り返ったのと同時に、
「――リーゼッテ様、急がないと辺境伯にここを突き止められますよ」
誰かが後ろからエメルの腕をつかんだ。
そのまま腕をひねり上げられ、エメルは床に押さえ込まれる。
(なに、誰……!)
どうにか首を動かして見てみると、エメルの知らない顔だった。
二十歳前後の青年で、ヒューやミラが身に付けている軽鎧と同じものを着ている。
「あんたは第四部隊の……エメル様を放してください!」
ミラは歯噛みをし、剣を青年の方に向けた。
「末席のくせに、俺に指図できるのか」
青年は鼻で笑い、ミラが持っていたのと同型のナイフを垂直に振り下ろした。
刃は、床に広がるエメルの髪を断ち切り、床に突き刺さる。
顔のすぐ近くに見える白刃の冷たい輝きに、エメルは心臓をぎゅっと握られたような痛みを覚えた。




