4-15
店先に設置されたテラス席には、エメルたちの他に客の姿はなかった。
町外れという集客に不向きな立地のせいか、訪れる客も数えられる程度だ。
メニュー表を読めないため注文はミラに任せ、エメルはぼんやりとあたりを眺める。
(こっちの方は来たことなかったなぁ)
近くには養蚕のための桑畑が広がっていた。
作業小屋と思しき簡素な建物も点在している。
アルドの屋敷は高台にあるため、町外れからでもランドマークのようによく目立つ。
「……エメル様は、身分の違いについてどうお考えですか」
ケーキと紅茶が運ばれてきてから、ミラはゆっくりと口を開いた。
「この前リーゼッテ――さん、が言ってたこと?」
素性が知れない者は辺境伯と釣り合わない――端的に言えばそういうことだった。
身分差を意識したことのない元日本人からすると、理屈はわかるが肌感がないため今ひとつピンとこない。
「うーん、ありきたりな答えかもしれないけれど、大事なことの一つだとは思う。けど、すべてじゃない。実際アルドは気にしていないみたいだし」
(っていうか人形だから、身分以前の問題なんだよね。婚約だって偽装だし。この状態からどうやってひっくり返せばいいんだろう)
思考が個人的な事情の方に逸れていってしまい、それに気付いた瞬間、エメルの頬がかっと熱くなった。
仕切り直すように紅茶に口を付ける。
花やフルーツの芳醇な香りがするフレーバーティーだった。
(……こっちではクリーム系のお菓子とこれを合わせるのかな)
運ばれてきたリング型のケーキは、キャラメリゼしたナッツをふんだんにまぶしたバタークリームケーキだった。
癖のないマイルドな紅茶の方が適している気がしたが、とはいえ個人の好みの範疇の話だ。
「エメル様は、アルベルト様に大切にされていて羨ましいです」
ミラはまぶしそうに目を細めた。心なしか悲し気に見える。
「エメル様が来られてから、アルベルト様の雰囲気も柔らかくなりましたし。きっと、良いご関係を築いているのでしょうね」
(そこまで言われちゃうとちょっと……。ミラさんのこと騙してるみたいで――実際に騙してはいるんだけど)
エメルは作り笑いをし、フォークでケーキを一口大に切った。
白と茶色、二色のクリームがサンドしてあり、断面も美しい。
口に運ぶと、香ばしいナッツとキャラメルの香りが広がった。
滑らかで濃厚なバタークリームが舌にのせた途端にとろける。
エメルがケーキを食べるのを見届けたようなタイミングで、ミラの顔から一切の感情が消えた。
「――でもそれって、『製作者とお人形』、だからなんですか」
ミラの冷めた声音によって、甘さが吹き飛ぶ。
「何を言って……!」
エメルの手からフォークが落ちた。
うまく力が入らない。
頭の奥がえぐられるように痛む。
視界にノイズが走った。
(……コーヒークリームだ)
エメルは倒れ込んでしまわないよう、重い頭を両手で必死に支える。
フレーバーティーやナッツ、キャラメル、バタークリーム――香りが強いそれらのせいで気付くのが遅れた。
(でも、前の時よりももっとキツイ。直接食べたから? それとも燃料が足りないせい?)
髪の生え際にねばついた嫌な汗が浮かぶ。
ひきつけが起こり、呼吸がうまくできない。
「別に薬を盛ったわけじゃないんですよ。コーヒーで具合が悪くなるっていっても、そんなになるなんておかしいですよね」
ミラは一口大に切ったケーキにフォークを突き刺し、まじまじと眺める。
「リーゼッテ様に殴られた時も血が出ていなかったし、アルベルト様と魔素の森にある工房にも行ってましたよね。あんな隠され方してたなんて、どうりでいくら探しても見つからないはずです。うっかり掃除人形を落としてしまった時は、さすがに気付かれたかと思って冷や冷やしました」
確かに工房の地下でアルドと話している時に、階段から掃除人形が転がり落ちてきた。
構造的欠陥だとアルドが話していたため、気にも留めていなかった。
「なんで、こんな……」
エメルの視界がじわじわと滲んでいく。
強烈な頭痛とミラの突然の裏切りで上手く頭が働かない。
「私、欲しいものがあるんです。自分ではどうやっても手に入らないもの。身分が違うと、相手から見てすらもらえないんですよ。エメル様には、わからないでしょうね」
ミラは目蓋を閉ざした。
「人形なら、別にいいですよね。人間じゃなくて、物だから。最初に嘘をついていたのは、エメル様だもの」
自分の身体に手をまわし、言い聞かせるように呟く。
エメルは物理的にも精神的にも何も言い返せず、電源が切れたかのように意識がぷつりと途切れた。
4章最終話までお読みいただきありがとうございます。
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