4-14
久しぶりの倦怠感に、エメルは目覚めて早々にため息をつきたくなった。
筋肉痛の時のような鈍痛に、手指のこわばり。
ベッドから起き上がることすら億劫だった。
魔素不耐症の症状が出る時の兆候――だと思い込まされていたが、実際には燃料不足による不具合だ。
(確か三日に一回とかって言ってたっけ。アルドに連れていってもらわないと……)
前に工房で補給をしたのは、リーゼッテが来訪した前日。今日で三日目だ。
(飲み薬はまだあったっけ)
ベッド脇のサイドテーブルの引き出しを開けると、一つだけ薬瓶が残っていた。
補給装置のおかげで経口摂取をする必要がなくなったため、これがアルドからもらった最後の薬だ。
中身を一気に呷る。
身体の不調が立ちどころに消え、視界と思考が一気にクリアになった。
が、結局エメルの口からため息がこぼれる。
一昨日からずっと、アルドと顔を合わせていなかった。
アルドの自室には鍵がかかっており、何か作業をしているようだった。
昼夜問わず中から物音が響いてくる。
部屋の前に食事を置いておくと食べてはくれるが、声をかけても「緊急の事案がある。放っておいてくれ」と素っ気ない返事があるだけだった。
以前の自分なら「そういう気分の時もあるよね」と深入りを避けていたが、今はただ単純に踏み込む勇気がない。
(あの人が来なければ良かったのに)
のろのろと着替えながら、エメルの心の中に暗い感情が降り積もっていく。
リーゼッテさえ現れなければ、自分が魔術人形だと知ることも、アルドにあんな不快な思いをさせることもなかった。
(……リーゼッテ対策のための偽婚約者なのに、そこまで考えるのはおこがましい、か)
エメルは頭を強く振り、両手で顔を押さえた。気持ちを切り替えるように、深く、腹の底から息を吐く。
(そんなことより、今一番大事なのは燃料。さすがにアルドも部屋から出てきてくれるよね)
鏡を見て笑顔の練習をし、着替えのペースを速めた。
◇
「先日は申し訳ありませんでした!」
玄関先にミラがやって来たのは、アルドに持っていく朝食の準備をちょうど終えた時のことだった。
エメルの顔を見るなり、ミラは勢い良く頭を下げる。
「えっ、ちょっと、ミラさん?」
「リーゼッテ様を止められないばかりか、エメル様に変なことを聞いてしまって……本当にすみません」
ミラは最敬礼の角度を崩さない。
「いや、あの、いいから! とりあえず中に入って!」
エメルはミラの腕をつかみ、半ば強引に引き入れた。
屋敷を訪れる者は滅多にいないが、万が一こんな現場を見られると困る。
パワハラを疑われかねない。
「謝罪に来たのに、かえってお手数をおかけすることになってすみません」
ダイニングに案内してお茶を出すと、ミラにさらに恐縮されてしまった。
「ミラさんが謝るようなことなんて何一つないですよ」
エメルは笑って手を振り、先にお茶に口を付けた。
「ちなみに今日来た用件って、まさか本当に謝罪のためだけ? ヒューさんと一緒じゃないんですか?」
ミラの負担にならないよう、努めて明るく尋ねる。
「団長は、リーゼッテ様と一緒に……」
ミラの声と表情から、エメルは完全に地雷を踏み抜いたことを悟った。
(あああああ……おとといもヒューさんがリーゼッテを抱きかかえてた時、ものすっごい嫌そうな顔してたもんね)
慌ててフォローの言葉を探すが何も浮かんでこなかった。
おそらく、ミラはヒューに好意を持っているが、本人から直接聞いたわけではない。
憶測だけで口をはさむのは野暮だろう。
「その、エメル様さえ良ければ、少しお話に付き合っていただけると……」
ミラはカップの水面を見つめながら、消え入りそうな細い声で提案した。
「あ、全然、良いよ! 聞く聞く! どうしたの?」
エメルは罪悪感から前のめり気味に了承する。
「できれば、ここじゃなくて場所を移したいんですが……」
ミラはちらりと廊下の方に目をやった。
屋敷にいるのはエメルとアルド、あとは掃除人形だけだ。
アルドに聞かれたくない話、ということだろうか。
(まぁ、悩んでるヒューさんに『ミラと結婚すればいい』とか言っちゃうようなタイプだし。問題解決のために他人の機微とか考えずに最短コース選ぶからなぁ。あんまり口出しされたくないかも)
「うん、大丈夫。どこか行きたい場所あるんですか?」
「町の外れにクランツの美味しいお店があって、良かったらそこで」
「クランツ?」
「リング状のケーキのことです」
ミラは両手で輪っかを作ってみせた。
「えー、食べたい! ――けど、ちょっとだけ待って」
(三日経つから補給に行かなきゃいけないんだけど、少し出かけるくらいなら、いいよね。アルドにはメモを残しておけばいいし)
部屋にこもっているアルドの邪魔をしたくないという気持ちと、素っ気ない対応をされたくないという気持ちが、エメルの行動を鈍らせた。
適当な紙に、日本語で「ミラさんとケーキ食べに行ってきます」と書いたところで、エメルははっと気付いた。
(……私、この国の言葉知らないんだった)
アルドやミラと普通に会話できているせいで忘れがちだが、書物や店の看板などに書かれているものはまったく読めなかった。
「外に出かけます」という意味を込めて、家と棒人間のピクトグラムを書き足す。
「何かの絵、ですか?」
不思議そうにミラが覗き込んできた。
「あはは、うん、そう。待たせてごめんね、行きましょう」
お世辞にも上手とは言えない絵を見られるのは恥ずかしい。
エメルはメモ書きをテーブルに伏せ、ミラの腕を引っ張るように屋敷を出た。




