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(ちょっと! 置いてかれても困るんですけど!)
エメルはアルドが去っていった方向と取り残されたリーゼッテを交互に見る。
アルドを追うべきか、それともリーゼッテのフォローをするべきか。
迷ったのは一瞬だけだった。
(ま、ヒューさんとミラさんが居るから私がいなくてもいっか)
アルドの後を追おうとエメルが立ち上がった瞬間、
「……エメル様!」
涙声のリーゼッテに呼び止められた。
追って、ヒューとミラの視線もエメルの方に向けられる。
(これまでの諸々を考えると計算な気がするけど、仕方ない、かぁ)
しぶしぶエメルはリーゼッテの隣に移動した。
自分の中に染みついている、「好かれる」よりも「嫌われない」を優先する性質がそうさせた。
「あの、大丈夫、ですか? 今日はちょっとアルドの機嫌が悪かったのかも……」
エメルはどうすればいいのか判断がつかず、ふわっとしたことしか言えない。
「ごめんなさい。決してエメル様を貶める意図があったわけではないの。でもね、アルにはもっと相応しい相手と場所があるの。彼の才能を知っているならわかるでしょう?」
リーゼッテはぽろぽろと涙の粒をこぼしながら、縋るようにエメルの肩をつかんだ。
顔が一切崩れない、女優が流す綺麗な涙。
エメルにはそんな風に見えてしまった。
「才能って……」
「婚約者なのにご存じないの。屋敷の掃除をする玩具や農作業をするカカシもどきなどではなくて、それよりももっと上位の、限りなく人に近い人形を作ろうとしていることを」
エメルの肩をつかむリーゼッテの力が強くなった。
眉をひそめずにいられないくらい痛い。
『彼女が私に固執するのは魔術人形の技術を欲しているからだろう』
アルドが今日の朝に言っていたことを思い出す。
(この人にだけはバレるのは絶対にまずい……!)
アルドにどう思われるかばかり気にしていたせいで、今の今まで失念していた。
他人に自分の正体を知られてはならない。
リーゼッテはもちろん、ヒューやミラにもだ。
いくら自認が「転生した人間」だったとしても、まわりから見れば「アルドが作った人形」だ。
今まで通り接してくれる保証はない。
「あなた、ひと月ほど前に突然現れたそうね。それ以前はどこで何をしていたの? そんな短期間でどうやってアルに取り入ったの? 本当に婚約者なの?」
逆に答えさせる気がないのではと思うくらい、リーゼッテが矢継ぎ早に問いかけてくる。
「リーゼッテ嬢、どうかそこまでに。彼女は魔素不耐症の影響で記憶が曖昧なんです」
見かねたヒューが間に入ってくれた。物理的にリーゼッテを引き離す。
「大丈夫ですか、エメル様」
リーゼッテの視線から遮るためか、ミラはエメルの身体を抱きしめた。
「ありがとうミラさん。いきなりで、ちょっとびっくりしちゃって」
エメルは笑顔を作ったが、全身の震えは抑えられなかった。
「――エメル様って、本当に魔素不耐症なんですか」
「え……」
唐突なミラの問いに、エメルの思考が数秒停止する。
「いえ、何日か前に辺境伯と一緒に魔素の森から出てくるのをお見かけしたような気がして」
「何日か前、ですか? えっと――」
「顔の傷も、もうないんですね」
ミラの指先が頬に触れる。
傷の回復を喜んでくれている言い方ではなかった。
「ミラ! 行くぞ。リーゼッテ嬢は体調が優れないらしい」
リーゼッテを抱きかかえたヒューに声をかけられる。
リーゼッテはぐったりとしていたが、腕だけはしっかりとヒューの首に絡めていた。
ミラは口元を引きつらせて俯き、「……わかりました」と不明瞭な声で答える。
「……変なこと聞いてすみません、エメル様。お騒がせしました」
ミラは深く頭を下げると、ヒューの後について応接室から慌ただしく出て行った。
(――すっごい疲れた。特に何もしてないけど)
エメルは正面からばたんと勢い良くソファに倒れ込む。
まさに気分は嵐が去った後だ。
(この部屋ロクな記憶がないな。婚約者としてアルドと使者のレスバに巻き込まれたのもここだし)
エメルは身体をごろりと反転させ、天井を仰ぎ見た。
(リーゼッテもミラさんも、なんか様子が変だったな)
リーゼッテについては普段の状態を知らないため、もしかしたらあれが通常運転の可能性もある。
ミラは、何か不信感をいだいているような感じがした。
アルドが許すなら、ミラにはある程度の事情を話してもいいのかもしれない。
(ちょっと休んでからアルドの様子見に行こ。お菓子もあった方が良いかな)
エメルは目蓋を閉じ、手の甲を押し当てるようにして目元を隠した。




