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「残念ですがコーヒーは置いていません」
どう対応しようかエメルが考えているうちに、アルドがぴしゃりと言い切った。
「まぁ、昔はよく飲んでいたでしょう」
リーゼッテは口元に手を当てて驚いてみせる。
「人の味覚は変わるものです」
「それは、わたくしに対する当てつけ? まったく違うものね」
リーゼッテに意味ありげな視線を向けられ、エメルはなんとも言えない嫌な気分を味わう。
「何を仰りたいのかわかりかねます」
アルドは目蓋を閉ざし、眼鏡のブリッジを押さえた。
「エメルに対する見舞いと謝罪という風に聞いていたのですが、どうやらこちらの思い違いだったようです。来ていただいて早々ですが、お引き取り願えますか。エメルはまだヴァイスの気候に不慣れで、あまり無理をさせたくない」
急に労わるような視線を向けられ、エメルはどきっとする。
リーゼッテを追い返すためのダシに使われただけ――にしては情感がこもっている気がする。
そうであってほしい、というただの願望かもしれないが。
「あら? 今朝、市場で楽しそうにお買い物をしていらっしゃるエメル様をお見かけしたのだけれど……あれは人違いだったのかしら。珍しいエメラルドの御髪はそうそう見間違えるものではないわよねえ」
リーゼッテは白々しく、何かを思い出すように目線を上の方に向けた。
(やばっ。見られてた)
エメルは動揺が顔に出ないよう、曖昧な微笑みを口元に貼り付ける。
体調が悪くとも買い物はできるが、今の流れだと分が悪い。
「民からは大層評判が良いらしいわね。忽然と現れたどこの馬の骨ともわからない娘だったけれど、いつもニコニコ愛想が良くて、あの人間嫌いの『人形伯』とも仲睦まじい」
ここで初めて、リーゼッテの赤い瞳がエメルに向けられた。
表面的には令嬢らしく上品な微笑を浮かべているように見えたが、瞳の奥には例えようのない冷たさがあった。
「でも、やはり出自は大事だと思うの。わたくしたちは家名を背負っているのですもの。父祖から受け継いできたものを穢すわけにはいかない――そうでしょう、ヴァイス辺境伯。素性の知れないものを引き入れるのは快くは思われないのではなくて?」
(正直貴族のことはよくわかんないけど、もっともな気もする)
反論材料が見つからず、エメルは押し黙るほかなかった。
身分にかかわらず、得体の知れない人間と付き合うのはリスクがある。
ましてや婚約者にするなら尚更だ。
そんなこと、最初からわかっていたはずなのに。
「――ご忠告痛み入る」
決して大きくはないが、よく通る声だった。
エメルはほっと息をつく。
アルドが発言したことにより、重くのしかかっていた空気がすっと軽くなった気がした。
「素性が問題だというなら、どこか適当な家の養子にすればいい。大事なのは実際の血縁関係よりも当人の素養だ。いくら血筋が良くとも、話が通じない相手と関係は構築できない」
「わたくしはあなたが心配なの。こんな僻地に飛ばされて、前以上に魔術人形の研究にのめり込んで……。将来の義弟に幸せになってほしいと思うのはそんなにいけないこと?」
リーゼッテの問いかけに対し――もっと具体的に言えば、「魔術人形」という単語が出た瞬間、アルドの眉間に深い皴が現れる。
エメルには、終始無表情だったアルドの顔に亀裂が入ったように見えた。
「あなたが言うことは大筋は間違ってはいない。だが最終的にどうするか決めるのは私だ。そして少なくとも、あなたがしつらえた相手と結婚することだけは絶対にない」
「どうして……わたくしはアルのことを思って――」
「他人のことなど思っていただかなくて結構。どうぞご自身のことだけに時間をお使いください。私もこれ以上、貴重な時間を割きたくない」
失礼する、とだけ言い、アルドは応接室から出て行ってしまった。
リーゼッテは両手で顔を覆い、わっと泣き声を上げる。




