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◇
「――今朝のケーキはどういった趣向かね」
背後から囁くように尋ねられ、エメルは持っていたクレープを思わず飛ばしてしまった。
アルドが落ちる前にクレープをキャッチする。
意外と反射神経が良い。
「すみません、びっくりしちゃって。これはミルクレープっていって、クレープとクリームを交互に重ねて――」
説明している途中で、エメルはありえないものを目にする。
皿には、小山ができるほどミルクレープが積み上がっていた。
もちろん、こんな大食い仕様にしたつもりはない。
「品数も普段の倍近くあるようだが、今日は何か祝い事でもあるのか?」
アルドはクレープを食べながらキッチンカウンターを眺める。
そこには朝食でよく食べているパンやチーズ、ソーセージだけでなく、スープやオムレツ、手の込んだ煮込み料理など様々なジャンルの品が並んでいた。
「いや、その、これは……そう、朝市です! 早く起きたから朝市を覗きに行ったんですけど、そしたら大量におまけしてもらっちゃって。足の早いものも多かったから……」
(嘘は言ってない。嘘は言ってない――)
心の中でおまじないのように繰り返し呟きながら、エメルは愛想笑いを浮かべる。
市場でおまけしてもらったのは本当だ。
このひと月の間に、出来る限り町に出て挨拶回りをしてきた。
おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
顔を合わせた時に笑顔で挨拶をするだけでも人の態度は軟化する。
そのおかげで、市場や教会、騎士団の人たちなどと他愛のない会話を出来るまでになった。
仕立て屋のヴェーバー夫人と知り合いだったことも有利に働いた。
(気持ちを落ち着かせるために料理してたはずなのに、いつの間にか作り過ぎてました、なんて言えない)
昨日の工房での出来事がエメルの脳裏にずっとこびりついていた。
自分の身体がアルドの作った人形だった――客観的に見て、一番それが衝撃的な事実なはずなのに、気を取られているのは他のことばかりだ。
アルドが自分のことを「美しい」と思ってくれているとか、髪を撫でる指が気持ち良かったとか、手が離れた時に寂しかったとか――
(ああもうやだ! 多分おそらくきっとコレはアレなんだろうけど、下手な事してこの関係が破綻したら文字通り生きてけないし。アルドは何考えてるか読めないし。『嫌われない』じゃなくて、『好かれる』方法なんてわかんないよ……)
エメルは出かかったため息を飲み込み、山のように積み上がったミルクレープを二皿にわけた。
「……ふむ。また具合が悪いのか?」
アルドが不意に手を伸ばした。温かな手がエメルの額に触れる。
「っ……! な、なんですかいきなり!」
エメルは息を呑み、大きく一歩後ずさった。
「いや、言葉以上の意味はない」
アルドは一瞬だけ目を見張ったが、すぐにいつもの冷静な顔に戻る。
「具合は悪くないけど、不具合ならたくさんあります!」
エメルは顔を背け、八つ当たりめいた言い方をしてしまう。
「そうか。ならば出かける時は私を同行させるか、最低でも行き先を告げていってくれ」
発言を額面通り受け取られてしまい、エメルは頭を抱えた。
今のは確実に自分が悪いのだが、胸の奥がもやもやする。
「……私、そんなに危なっかしいですか?」
「リーゼッテがいる間は何があるかわからない。また殴られでもしたらどうする」
「今度は殴り返します」
「やはり不具合があるようだな」
「冗談ですよ! 伯爵令嬢を殴ったらマズいってことくらいわかります」
「それがわからないのがリーゼッテだ。彼女がそういう手合いであることは念頭に入れておいた方が良い」
(やりたい放題が許されてきた『無敵の人』ってやつね。面倒くさい……)
エメルはリーゼッテに殴られた頬に手を当てた。
傷はもう残っていない。
軽微な傷であれば、魔術人形の修復機能で勝手に治ってしまうそうだ。
アルドによる詳しい魔術講義があったが右から左へと抜けていってしまったので覚えていない。
「彼女が私に固執するのは魔術人形の技術を欲しているからだろう。以前、兄の部屋に置き忘れた設計図を見られたことがある。干渉されるようになったのもそれからだ」
真面目な話をしつつも、アルドの視線はミルクレープに注がれていた。
意外とこういう子供っぽいところがある。




