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アルドが扉に手をかざすと、魔法陣は光の粒となって霧散した。金属扉が音もなく開く。
内部はまっくらで何も見えなかった。
しかしアルドが先ほどと同じように指を鳴らすと、すぐに明かりがついた。
ランタンではなく、壁面や天井に埋め込まれた正方形の輝石がブロックライトのように室内を照らしている。
「元々は先人が作った魔素を利用する遺跡だった。それを改装し、一年前まで人形工房として使っていた」
アルドはどこか懐かしむように目を細め、部屋の中央にある大きな作業台に両手をついた。
そのままうな垂れ、動かなくなってしまう。
(なんか、声かけちゃいけなそうだな……)
エメルは恐る恐る部屋内を見回した。
作業台は人ひとりが横たわれるほどのサイズで、工具のような物や複雑な図形が書かれた書類、用途のわからない部品が整然と並んでいる。
(一年使ってなかったわりには綺麗な気がする。埃っぽくもないし)
作業台を指でなぞってみても、ほとんど汚れがつかなかった。床石の溝にも土や埃が溜っている様子はなく――
「あ」
作業台の下に見覚えのある物を見つけ、エメルは声を上げた。
(この子が掃除してたのかな)
屋敷で使っているのとまったく同じ、円盤型の掃除人形だ。上部にあるスイッチに触れるとシームレスに動き出し、のろのろと室内を巡回し始めた。
知らない場所でも、見慣れたものがあると少しほっとする。
アルドの方を見ると、まだ作業台から動く気配はなかった。
エメルはふーっと息を吐き、仕方なく探索を続ける。
(人形工房、か……)
壁に沿って本棚や魔術的な機具など様々な物が置かれている。
ためしに本を手に取ってみたが、何が書いてあるのかさっぱりわからない。内容以前に文字が読めなかった。
(よく考えたらこの世界の文字知らないわ。長く暮らすなら絶対覚えたほうがいいよね。あとでアルドに教えてもら――)
アルドに声をかけようとして、エメルははっと我に返る。
そんな悠長なことを考えている場合ではないのに。集中力が落ちてきてしまっている。
エメルは自分の頬を軽く叩き、意識して他に視線を向けた。
(これって……)
エメルの目を引いたのは壁面に掛けられたブラックボードだった。資料や設計図に混じり、人体図のような絵が貼られている。
(歴史の授業で似たのを見たような……ダ・ヴィンチだっけ?)
「……数年前から、私はここで魔術人形の研究をしていた」
背後から覆いかぶさるように、アルドがブラックボードに手をついた。
ドンッという物騒な音と、抱きしめられるのと変わらない距離感。
エメルの身体がこわばり、痛みを覚えるほど心臓が大きく鳴る。
「――前置きなど必要ないか」
どうにか気持ちを落ち着かせようとエメルが胸に両手を当てていると、アルドのため息が後頭部をかすめた。
「階下に人型用の補給装置がある。私の話と合わせてそれを見てもらえば、いくらか飲み込みやすいと思う。君が受け入れられるかは、わからないが」
「アルド……!」
エメルが振り返った時には、アルドはすでに階段を下り始めていた。不規則な間隔で足音が響く。
魔術人形、人型、補給装置――アルドはいくつものヒントをこぼしている。
しかし、エメルはどうしてもそれらを結び付けられない。
推測はできるが、結論を出すことを脳が拒んだ。
(私は――)
アルドの後を追おうと思うのに、足がうまく動かない。
知りたいと望んだのは自分であるはずなのに。
(何を怖がっているんだろう。自分が、思っていたものと違うから? それとも――)
エメルの脳裏に、アルドとのこれまでのやり取りが奔流のように駆け巡る。
『身体に不具合はないか』
一番最初に引っかかりを覚えたのは、アルドのこの言葉だった。
確か助けられて屋敷で目覚めた時のことだ。単に素っ気ない物言いをする人なのだと思っていた。
でも普通は人間相手に「不具合」なんていう単語は使わない。「具合はどうだ」と聞くはずだ。
その気付きをきっかけに、まるでドミノ倒しのようにアルドの言動の一つ一つが今までとは違った色に変わっていく。
(……ううん、ここで立ち止まって考えてても仕方ない)
エメルは深く長く息を吐き出し、重い足を踏み出した。




