4-1
『――明日、すべてを話す』
屋敷に戻った後、アルドがおもむろにそう告げた。
自分で歩いて帰ったのか、それともアルドに抱えられて帰ったのか。
ひどく混乱していたせいでよく覚えていない。
リーゼッテのことや自分の身体のことなどでパンクしかけていたエメルは沈みこむように眠り、アルドに起こされるまで一度も目覚めなかった。
◇
(……全部話すって言ったのに)
行き先も理由も教えてもらえないまま早朝に連れ出されたエメルは、前を歩くアルドの背中をにらみつける。
だが数分もせずに、行き先だけは土地勘がないエメルにもわかった。
屋敷の裏手に広がる、魔素の充満する森。
言葉にすると禍々しいが、これといって目に見える何かがあるわけではない。
ただ木々が無秩序に生い茂り、初夏にもかかわらずひんやりとした空気が張り詰めていた。
あの時は半死半生だったためおぼろげな記憶しかないが、ここでアルドに助けられたおかげで今の「エメル」としての自分がある。
「あの、ここって危ないから立ち入り禁止なんじゃ……」
エメルは周囲をきょろきょろと見回しながら、道なき道を迷いなく進むアルドの背中に問いかける。
「私にも君にも、魔素はなんの影響も及ぼさない」
アルドは振り返らずに答えた。
「魔素不耐症っていうのは嘘だったってことですか」
「魔素不耐症は実際に存在する。事実、ヒューなどはこの森に立ち入れない。私が偽ったのは、君の体調不良の原因を魔素不耐症だと告げたことだ」
アルドの声はいつもより冷たく、エメルの鼓膜を震わせる。
「どうしてそんな嘘を……他にも、私に隠してることはあるんですか」
エメルはじりじりと焼けつくように痛む目元を押さえる。
ただでさえ自分がわからなくなっているところに、さらに追い討ちをかけられた気分だ。
どうしてこの人のことを信じようと思ったのか、過去の自分の選択が愚かで恥ずかしく思えてくる。
「秘匿していることはある。だが嘘だったのは、君が魔素不耐症だということと、その治療のために飲ませていた薬について。その二点だけだ」
不意に、アルドが足を止めた。
エメルは危うくぶつかりそうになってしまう。
「ちょっと、急に止まんないで――」
「これ以外に偽りはなく、これ以上偽りを重ねることもないと誓おう」
エメルの文句を遮り、アルドが振り返った。自分の胸に手を当て、エメルの瞳をしっかりと見つめる。
「そんなこと、言われても……」
エメルは耐えきれずに目を逸らした。
口だけならなんとでも言える。実際、アルドはいまだ何も教えてはくれていない。
「もし違えた時は、この身を好きにしてくれて構わない」
「いや好きにとか言われても……そもそもそんな権利いらないんですけど」
真面目に間の抜けたことを言うアルドに、エメルは思わずツッコミを入れてしまう。
「とにかく、権利は譲渡した。行使するかどうかは君に委ねる」
一方的に宣言すると、アルドは再びすたすたと歩き始めてしまった。
「強引だなぁ……」
エメルは呆れつつも顔が緩んでしまう。
思えばアルドがこちらの意志を踏みにじるようなことは一度もなかった。
だが、今のエメルが欲しいのはもっと別の言葉だ。
「じゃあ、私はなんの病気なんですか」
アルドに並ぼうと、エメルは小走りで追いかけた。
体調が悪かったのと、アルドから渡された薬によって回復したことは紛れもない事実だ。
「……見てもらうほうが早い」
そう言ったきり、アルドは口を閉ざした。
沈黙の中、数分歩いたところで、アルドは周囲を確認してから立ち止まった。
これまで歩いてきた所と特に変わらない、木々が乱雑に生えた場所だった。
アルドが呪文のようなものを唱えると、一瞬、地面が光った。草の生えた地面の代わりに、人工的な石造りの下り階段が現れる。
「ここは勾配がきつい。介助は必要か?」
アルドの言うとおり、垂直かと錯覚するほど角度が急な階段だった。明かりがないせいで先が見通せず、闇がわだかまっているように見える。
「いえ。屋敷の前の道と違って、ここで二人で共倒れになったら本当にシャレにならないですから」
エメルは首を横に振った。
急な階段は手を引かれて下るほうがかえって怖い。
「そうか」
アルドは背を向け、パチンと指を打ち鳴らした。
壁に等間隔にかけられたランタンに火が灯り、行く先を照らしていく。
手すりがないのが不安だったが、エメルは壁に手を当てて慎重に一段一段下った。
二人の硬質な足音だけが響く中、階段を下りきると、重厚な金属製の両開き扉が現れた。扉には魔法陣のような図形が描かれている。
(立ち入り禁止の森に、入口を隠す魔術的な仕掛け――どう考えても普通の場所じゃない)
エメルは息を呑み、アルドの横顔を見上げた。
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