↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形伯の愛し方~異世界転生したら罪人認定されました。赦免のためにコミュ障辺境伯と偽装婚約します~  作者: 甘酒ぬぬ
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/55

3-9 違和感の正体

「まぁアル! エメル様ったらひどいのよ。いきなりわたくしのことを悪意があるとかって。だから、ついかっとなってしまって──」


 リーゼッテはおぼつかない足取りでアルドにしなだれかかった。身体をしっかりと押し付ける。

 ミラが言っていた「男の人と距離が近い」は本当にそのままの意味だった。


「当事者の発言は信憑性に欠けます。居合わせた二人に聞けばわかることです」


 アルドは配慮もなくリーゼッテを押しのけ、エメルの元に歩み寄った。


「帰ろう、エメル。歩けるか」


 膝を着き、エメルに手を差し伸べる。


「あの、アルド……」


 エメルの言葉が終わるのを待たず、アルドはエメルの身体を抱きあげた。


「待って、歩けますって!」


 焦ったエメルは足をばたつかせる。


 人前でやられると普段の比ではないくらい恥ずかしい。

 赤い頬に両手を添えたミラが、こちらを凝視しているのが見える。


 アルドもまったく意に介さないので、エメルは仕方なくアルドに抱えられることにした。

 これで出血が激しくなったら笑い話にもならない。


「お騒がせして申し訳ない。この賠償は後日させていただきます」


 アルドはヴェーバー夫人に向かって頭を下げた。


「いいえ、どうぞお気になさらず」


 ヴェーバー夫人は柔らかく微笑み、エメルに向かってウインクをした。


 エメルの恥ずかしさに拍車がかかる。

 いっそ気を失ってしまいたかった。


「アル、彼女が大げさに痛がっているだけで、たいした怪我ではないわ」


 腕組みをし、全身から不機嫌さを滲ませたリーゼッテが立ち塞がる。


「そんなことより、あなたのお屋敷に泊めてくださらない? この町の宿はどこもわたくしには合わなくて──」

「後でヒューを寄越します。彼の案内に従ってください。それと、今後はお一人で出歩くような軽率な行動は控えてください。領内治安には一定以上の自負がありますが、勝手なことをされては身の安全を保障いたしかねます」


 アルドはひと息に喋ってリーゼッテの要望を封殺した。

 リーゼッテがアルドの身体に触れようと手を伸ばすと、冷ややかな視線で牽制(けんせい)する。


「――最後にもう一つ」


 店から出る直前、アルドは思い出したかのように立ち止まった。

 リーゼッテの方に顔を向ける。


「理由や傷の軽重にかかわらず、私が優先するのはエメルです。どうかくれぐれもお忘れなきよう」


 それを最後に、アルドはリーゼッテを振り返ることはなかった。


◇


「まったく、誰が喧嘩をしろと言った」


 店から充分離れたところで、アルドは大きくため息をついた。


「だって本気でイラッとしちゃって。アルドが逃げたとか、自分に惚れてるとか、わけわかんないこと言うし……」


 リーゼッテの言動を思い出し、エメルは歯がみをせずにはいられなかった。

 こんな短時間ではっきりと「嫌い」だと思える人間に出会ったのは初めてだ。


「言わせておけばいい」

「事実じゃなくても、アルドがそういう風に言われるのが耐えられなかったんです。ああいう人のせいでアルドが勘違いされるのは嫌です」

「何故、事実ではないと断言できる?」

「実際のところはわからないですよ。でも、ずっと見てきたアルドはそんな人じゃないって、私が勝手にそう信じてるだけです」


 エメルはアルドの瞳をじっと見上げた。

 アルドはエメルの瞳を見つめ返し、ゆっくりと目を伏せる。


「曲がりなりにも彼女は兄の婚約者だ。侯爵の名に傷が付くより、『人形伯』の悪名が増えるほうが安い」

「私はそんなの嫌です! 侯爵なんて知りません。私が優先するのは、いつだってアルドです」 


 エメルはアルドの服の胸元を握りしめた。

 アルドは足を止めたが、数瞬もせずにまた歩き始める。


「そこまでのことを強いるような契約はしていない」

「全部が全部、契約に基づいて動いてるわけじゃないです!」


 アルドに八つ当たりをしても仕方がないのに、エメルはどうしても語気が荒くなってしまう。

 殴られた傷の痛みよりも、胸の奥のざわめきの方が今は大きい。


「エメル……」

「ごめんなさい、下ろしてください。少し頭を冷やしてから帰ります」


 アルドは何か言いたげに眉をひそめたが、すぐに下ろしてくれた。


 エメルはずっと頬に当てていたハンカチをはずし、恐る恐る傷口に触れる。


 血はもう止まっていた。

 指で探ってみても、皮膚が裂けたような痕跡がない。

 皮一枚を切っただけだったのだろうか。


(ミラさんに洗って返さないと)


 白いハンカチを見て、小さく息を吐く。


(……白い?)


 ミラから借りたハンカチは白かった。

 湿ってはいるが、血らしきものは少しも見当たらない。


 殴られた直後に傷を押さえた手にも、血はついていなかった。

 血液特有の、鉄錆(てつさび)に似た匂いもしない。


 その代わり、ハンカチからも手のひらからも、嗅ぎ覚えのある甘い香りがした。


 ――毎日飲んでいる、アルドから渡された薬。


「……アルド」


 エメルは呟くように名前を呼ぶ。アルドの顔は見られなかった。


「血って、何色ですか」


 違和感はずっとあった。


 トリートメントがなくても艶と輝きを失わないエメラルド色の髪。

 毛穴が一つも見当たらない綺麗すぎる陶器肌。

 まるで作り物のように完璧に左右対称に整った顔。

 一向に良くなる気配のない、ぎしぎしと軋む身体。


「異世界だから」、「病気だから」でなんとなく見過ごしていた。


 体温もあるし鼓動も聞こえる。食事だって普通にできる。

 当たり前のこととそうじゃないことが混在していたせいで、判断がつかなかった。


「私、本当はなんなんですか」


 何も答えてくれないアルドの瞳を見るのが、声を聞くのが怖かった。

3章最終話までお読みいただきありがとうございます。

もしよければリアクションやブクマ、↓にある☆☆☆☆☆評価で応援していただけると更新の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。