3-7 リーゼッテ・ローゼンタール
エメルが頭を悩ませていると、突如けたたましい金属音が鳴り響いた。
否応なしに思考が中断させられる。
「え、なに……?」
エメルは不快感に顔をしかめて耳を塞ぐ。
神経に障るような音だった。
「たぶん、店の入口についているドアチャイムの音だと思いますけど……念のために確認してきます」
ミラは表情を硬くし、棚にしまっていた剣を取り出した。
帯で腰に剣を固定し、様子を窺いながら店先へと向かう。
(ひ、一人にされても困る!)
エメルは大急ぎで着替え、ミラの後を追った。
ほどなくしてミラに追いついたが、何故か部屋の入口に立ち尽くしていたため、危うく背中に激突しそうになってしまう。
「ミラさん?」
「……リーゼッテ、様……」
ミラの手から剣が落ち、硬質な音が響き渡る。
エメルは背伸びをし、ミラの肩越しに部屋の中を覗き込む。
ミラの虚ろな視線の先には、深紅のドレスを纏った女性の姿があった。
華やかなワインレッドの長い髪に、光沢のあるメイクが施された切れ長の瞳。
ドレスは大きく胸元が空いた煽情的なデザインで、豊満な身体を惜しげもなく晒している。
彼女を見た人のほとんどが大輪の赤い薔薇を連想するだろう。
(この人が、例のリーゼッテ?)
「エメラルドの髪と瞳──あなたがアルの婚約者?」
じろじろと不躾に眺めていたせいで、女性と目が合ってしまう。
「失礼ですが、どなたでしょうか。私の記憶違いでなければお会いするのは初めてだと思います」
いまだ呆然と立ち尽くしているミラの横を通り、エメルは女性と対峙した。
赤髪の女性は表情やたたずまいにも自信が満ちており、少しでも気を抜くと圧倒されそうになる。
「ローゼンタール伯グスタフが娘、リーゼッテと申します。アルの兄上――シュタインベルク侯爵の婚約者、と言ったほうが通じるかしら」
リーゼッテは口元を扇で隠し、赤い宝石のような瞳をエメルへと向けた。
「リーゼッテ様、どうしてこちらに……」
ミラがその場にひざまずき、うつむいたまま震える声で尋ねた。
ミラの態度は気がかりだったが、エメルはリーゼッテから視線を外さなかった。
元凶をどうにかしなければ、きっとミラは何も答えてくれない。
「あら、ヒューから聞いていない? 噂に名高いヴァイス絹を直接見たくて来たのよ。あまりにも楽しみで、予定よりも早く着きすぎてしまったの。ねえミラ、ここで働いているなら都合が良いわ。急ぎでドレスを仕立ててくださる?」
リーゼッテは機嫌良く笑い、店内に飾ってあるドレスや装飾品に触れる。
「でも……」
ミラは一瞬だけ顔を上げたが、リーゼッテと目が合うと、まるで押さえつけられたかのように額を床に擦りつけた。
(さすがにこれはちょっと――!)
「大変申し訳ございません」
エメルが食ってかかる前に、仕立て屋を営む老婦人――ヴェーバー夫人が間に入った。
「当店は人との縁を重んじるゆえ、どなたであろうと順番を前後させることはありません。お手数おかけしますがどうか他の店をご利用ください」
ヴェーバー夫人はたおやかに頭を下げる。
丁寧な口調とは裏腹に、ヴェーバー夫人の声には有無を言わせない強さがあった。
「あら、融通が効かないのね。だったらアルに頼んでもらうわ。辺境伯の命令なら聞かざるを得ないでしょう」
「たとえアルベルト様の命であっても変わりません。そもそも、そのような理不尽を是となさる方ではありませんので」
ヴェーバー夫人は上品に微笑んでみせた。
「……ふん、己をわきまえず客を選ぶだなんて、よほど腕に自信がある店なのでしょうね」
リーゼッテは自分の不機嫌さを知らしめるためか、ぱちん、ぱちん、とわざと耳障りな音を立てて扇を開閉する。
(うわぁ……噂通りっていうか、噂以上にヤな感じ)
エメルはこっそりと頬を押さえた。リーゼッテのあまりの振舞いに、口元が引きつってしまいそうになる。
「あなたも、アルの婚約者ならこんな品位に欠ける店は利用しないほうが良いのではなくて?」
リーゼッテは唐突に矛先をエメルに向けた。
顔を心配そうに歪め、エメルの両手を取る。
赤いネイルを施された綺麗な爪が、エメルの手の甲に浅く刺さった。
(こいつ……!)
「……ご忠告、痛み入ります」
エメルはどうにか笑顔を作る。
せっかくヴェーバー夫人が争いが起きる前に取りなしてくれたのだ。
その気遣いを無駄にしてはならない。
リーゼッテのようなタイプは敵に回すと厄介だが、懇意になったとしても問題を持ち込みそうで困る。




