3-6 仮縫いは戦闘準備?
「――そんなこんなで、急に予定変更してもらっちゃってすみません」
仮縫いのドレスを着たエメルは、ミラに向かって両手を合わせた。
「全然構いませんよー。そんな気にしないでください。あ、ここはもうちょっと絞った方がラインが綺麗ですね。逆にこっちはもっとボリュームを――」
お針子姿のミラは朗らかに笑い、仮布のドレスに印をつけていく。
一番最初にドレスの着付けとヘアメイクをしてもらった時も思ったが、まるで魔法でも使っているかのようにミラは手際が良い。
エメルとしては、仮縫いの段階で着心地・デザインともに充分だと思うのだが、ミラの目から見ると違うらしかった。
「でも大事にならなくて良かったです。お身体があまり強くないって団長から聞いてましたし。体調が悪い時にコーヒー飲むと胃がムカムカしますよね」
「たまにはと思って口にしたけど、慣れないものを急に飲むもんじゃないですね」
ミラには「ちょうど胃の調子がよくない時にコーヒーを飲んでしまい、気持ちが悪くなってしまった」と伝えてある。
完全な嘘を伝えるよりも、いくつか真実を織り交ぜた方がボロが出にくく、罪悪感も薄い。
(ヒューさんはどこまで私のこと話してるんだろう。偽婚約者ってことは知らないみたいだし)
ミラのことを信用していないわけではないが、秘密の共有者は極力少ない方が良い。
「さ、リーゼッテ様が来る前に丁寧かつ大急ぎでドレス仕上げちゃいましょう。ドレスは淑女の戦闘服です!」
ミラは気合を入れ直すように服の袖をまくった。
「私、別にその人と争う気は……」
「だって大して観光する所もない辺境領に伯爵令嬢が来るなんておかしくないですか。きっとヴァイス絹以外にも目的がありますよ」
今日のミラは妙に言動の圧が強い。
「んー……そこまで気合い入れないと、私負けちゃいそうな感じ?」
「社交界の華と称されるど派手な美人です。ありきたりだけど、例えるなら赤い薔薇って感じですね。みんなから注目を集めずにはいられないタイプっていうか」
「――ミラさん、もしかしてその人のこと苦手?」
エメルは苦笑を抑えきれなかった。
リーゼッテについて語るミラの眉間には皺が寄り、不服そうに唇がとがっている。
「わわっ、滅相もないです! 私の身分であれこれ言うなんてとんでもない!」
ミラは慌てたように手を振り、そのせいでしつけ糸がぐちゃぐちゃになってしまった。
(正直だなぁ)
エメルは笑いを堪えながら、絡まった糸をほどくのを手伝う。
「……従騎士として団長の家でお世話になってた時から知ってますけど、団長と──いえ、男の人全般と距離が近いのはどうかと思います。侯爵と婚約していらっしゃるのに。そんなだから婚約期間が長引く――あああっ、すみません今のも聞かなかったことに!」
ミラは再び糸を絡ませてしまった。ほどくのは諦めた方が良さそうだ。
「あはは、誰にも告げ口なんてしないですよ。でも、ミラさんは意外とはっきり言うタイプなんですね」
エメルは悪戯っぽく目を細める。
人が良さそうなミラがここまで不満を漏らすとは思わなかった。
よほどリーゼッテのことが嫌いなのか、リーゼッテ自身に問題があるのか。
「……正直、あの方と関わりたくなかったです」
ミラはうつむき、今にも消え入りそうな声で呟く。
聞いてはいけないことのような気がし、エメルはあえて聞かなかった振りをした。
(想像以上に厄介令嬢っぽい。サークルの姫の上位互換みたいなものかな)
エメルは憂鬱な気分になり、思わずため息がこぼれる。
普段であればそういった面倒な人種には最初から近寄らないのだが、今回は避けられそうもない。
なるべく穏便に済むような立ち回りを考えなければ。




