3-5 言葉よりも体温は雄弁で
「他にもまだ、不具合があるのか?」
アルドは眼鏡を押さえ、エメルの顔を覗き込んだ。
「っ……大丈夫です! 不具合はありません!」
エメルは必要以上に大きな声を上げ、ベッドの上でずりずりと身体を引きずって距離を取る。
「君の『大丈夫』は信用ならない」
アルドは眉間に皴を寄せ、強引にエメルに布団をかぶせた。
「兆候が出ているはずなのに、それを教えずに倒れるまで我慢する。この一か月で六回だ。五日に一度倒れている計算になる」
「あー、そういうの詭弁って言うんですよ。ほとんど最初の頃の話じゃないですか」
「とにかく、君に倒れられるのは困る。ヒューにどやされ、使者にあることないことを騒ぎ立てられ、民の間で妙な噂が出回る」
「……すみません」
エメルは手で両耳を塞いで目を伏せた。
頻繁に倒れていては満足に婚約者としての役目をまっとうできない。
「――そして何より、私の仕事が滞る。目覚めない君を見ていると、気が気でない」
アルドは腕を組み、かすれた声で呟いた。
「『人を信用してない』なんて言うわりに、なんだかんだ優しいですよね」
エメルはにやけた口元を押さえる。
「信用に値する人間が少ないだけだ。『いない』と『少ない』では大きく乖離がある」
「はいはい。私は信用してもらえてるんですか?」
「君には私を裏切る理由がない。命を握られているのと同義だからな。だが、その関係を信用と呼ぶのは早計だろう」
「そんなドライなこと言わないでくださいよ。きっかけはそうだったとしても、今は違いますよ」
「どのように?」
「……それ、ストレートに聞いちゃいます?」
アルドに間髪入れずに問われ、エメルはうっと言葉に詰まった。
「なんていうか……ちょっと楽しいんです。不便なことも多いけど、献立を考えたり、町を散歩してみたり、こうやってアルドや他のみんなと話したり。ありふれたことかもしれないけど、ちゃんと人と関わるのも良いなぁって思って」
「……君はどこかに幽閉でもされていたのか?」
「違いますよ! 元居た所は、人間関係とかが希薄なのがデフォルトだったんです」
「住みやすそうに聞こえるが」
(まぁ、アルドにとってはそうかも。機械とか好きそうだし。あんまり喋り過ぎて興味持たれても困るな)
「それはそうと、頭痛はもういいのか」
どうやって話題を逸らそうかエメルが悩んでいると、アルドの方から話を変えてくれた。
「……あ。確かに。アルドと話してたら、いつの間にかあんまり気にならなくなってました。締め付けられてるような感じはまだちょっと残ってますけど」
エメルは気が抜けたように笑う。
指摘されるまですっかり忘れていた。
「治ったのであればそれでいい。だが念のために大人しくしているべきだ」
「はーい」
エメルは調子良く返事をし、布団をかけ直した。
とはいえ、急には寝付けない。
頭痛があった時は早く意識を手放してしまいたかったが、今はもうすっかり普段通りだ。
目をつむったり、無駄に寝返りを打ってみても睡魔はやって来ない。
「……何をしている」
アルドはこめかみを押さえ、理解できないと言わんばかりに首を横に振った。
「大人しくするのも難しいなーと」
「世話の焼ける婚約者だ」
アルドはため息をつきながら、ベッド脇にあるスツールに座った。
エメルの手を取り、両手で柔らかく包み込む。
「え、あ……アルド!?」
「遠い昔、私が風邪で寝込んだ時に母がこうしてくれていた。母に魔術の素養はなかったが、手のひらが触れていると落ち着いた」
アルドは懐かしむように目を細めた。
(手を繋いだことはあるけど、さすがにこれは照れるって!)
せっかくの厚意を無下にするわけにもいかず、エメルは音にならない声で唇を震わせる。
アルドの手のぬくもりが顔にまで伝わったのか、頬が熱を帯びていく。
エメルは髪で顔を隠し、早く眠りが訪れることを願った。




