3-4 問診
「これから問診を始める」
エメルをベッドに横たえると、アルドは紙とペンを取り出した。
「えー……」
エメルは露骨に嫌な顔をしてみせる。
いつもの薬のように、飲めば立ちどころに治るようなものを期待していた。
意識は一応あるが、ひどい二日酔いのような頭痛のせいで痛覚以外がまともに機能しない。
(なんでこんなに貧弱なんだろ。可愛くなくていいから健康な身体返してー……)
「今感じる具体的な症状は?」
アルドは意に介さず淡々と尋ねる。
「生きてることを後悔するくらい頭痛いです」
「いつから」
「んー……ヒューさんがコーヒーをこぼしたあたり、かな?」
エメルは痛みと戦いながら記憶をたどる。
「ふむ。それが原因だろうな」
予想通りと言わんばかりにアルドは眼鏡のブリッジを押さえた。
「『それ』って、コーヒーですか? なんで――いや、とりあえずどうすれば治ります?」
理由がどうとかよりも、エメルとしては今すぐに鬱陶しい頭痛を消したかった。
「水分を摂取して体外に排出する他ない」
「えー……アルコールの抜き方と同じじゃないですか。いつもの薬みたいにぱっと即効で元気になる方法は」
「ない」
「……はい」
アルドに食い気味に否定され、エメルは目蓋を伏せてため息をつく。
「コーヒーって、魔素不耐症と何か関係あるんですか?」
アルドが持ってきてくれた水をがぶがぶと飲みながら、エメルは引っかかっていたことを尋ねた。
「直接の関係はないが、飲んでいる薬との相性が悪い。コーヒーの覚醒作用が極端に増幅され、頭痛や動悸、意識の混濁などを引き起こす場合がある。私としたことが、先に説明をしておくべきだった」
アルドは顔をしかめて頭を抱える。
「そんなに気にしないでください。私、基本的にコーヒー飲まないので、今回みたいな偶発的なことが起きない限り口にすることはなかったですよ」
「だが実際に起きてしまっている。把握していたにもかかわらず放置していた私の怠慢だ。再発防止を徹底しなければ」
「そんな大げさな……」
エメルは肩をすくめた。物言いが堅いせいか、アルドの言葉はなんでも大ごとに聞こえてしまう。
「調子が悪くなった掃除の子は大丈夫ですか? もしかしてあれもコーヒーが原因だったりします?」
「掃除の子……ああ、塵芥収集機か。君が飲んでいる魔力安定剤と彼らの燃料は原料が同じでな。コーヒーで不具合が起きる。一時的に機能が落ちるが洗浄すれば問題ない」
「良かった……」
エメルはほっと胸を撫で下ろした。
突然の電化製品のエラーは焦るしどきっとする。
こちらの世界では「電化」ではないが。
「君は、作り直せばいいとは考えないのだな。『掃除の子』と呼び、人と同じように安否を気にする」
アルドはやや首をかたむけ、顎に手を当てた。
「アルドだって『彼ら』って言ってるじゃないですか。にほ――私の国だと、物にも心が宿るってメジャーな考え方ですよ。原型留めないくらい壊れちゃったら諦めますけど、愛着もあるし、直るなら直したいじゃないですか」
エメルの言葉を受け、かたむいていたアルドの首が戻る。
「そうか……そうだな」
得心がいったのか、アルドは髪を掻き上げ、ゆっくりと息を吐き出した。
几帳面にセットされた髪がわずかにほつれる。
目元や頬にかかる毛筋が、妙にエメルの目についた。
「ドレスの仮縫いは日を改めてもらえるよう頼んでおこう。今はゆっくり休むといい」
エメルがぼんやりと見惚れていると、アルドは静かにベッドから離れた。
何かを思うよりも先に、エメルの手はアルドの服を握っていた。
困惑した表情のアルドが振り返る。
エメルにも自分の行動の理由がわからなかった。
「どうかしたか」
「えっと……」
必死に頭の中で答えをこねくりまわす。
「――この契約はいつまでですか」
エメルの口から出てきたのは、本当に聞きたかったこととは少し違っていた。
「少なくとも、婚約期間の平均値は超えない。十年二十年も婚約しているのは流石に不審だろう」
アルドは至極真面目に答える。
「じゃあ、長くても数年ってとこですか」
「君が了承するのであれば、偽装結婚に名称を変更して継続することも検討する」
「……そんな先の約束をしていいんですか?」
「君がいてくれたほうが都合が良いのは確かだ」
他意や嘘偽りなく提案しているのがわかった。ひと月も一緒に暮らしていると、表情や声のトーンでなんとなく読めてくる。
「……そうですよね」
エメルはため息をついた。
急に放り出される心配をしなくても良くなったのは正直ありがたい。
だがそれとは別に、胸の奥によどんだ何かが溜まるのを感じた。
生活の安定が保障されたのに、手放しで喜べない。




