3-2 ミラ
「……物好きなことだ」
アルドは一瞬だけ手を止め、すぐに食事を再開した。
(嫌がらせみたいにアルドに縁談を持ちかけたかと思えば、今度は私用で直接やって来るとか。なんか行動がよくわかんない人。将来の義理の弟に、そんなに積極的に関わりたいものかな)
エメルはライ麦パンを噛みしめる。
独特の酸味がやや食べづらかったが、もう慣れてしまった。
たまに白パンを食べると物足りなく思うことすらある。
「大丈夫大丈夫。エメル嬢の方が可愛いし性格も良いし料理もできる」
黙々とパンを食べているエメルを気遣ってか、ヒューは握った拳を前に突き出し、ことさら明るく振舞う。
「これといって君が気負う必要はない。普段どおりいてくれればいい」
食事を終えたアルドは口元を拭き、おもむろにエメルに視線を向けた。
「あ……はい!」
アルドなりの優しさが垣間見えた気がし、エメルは笑顔でうなずく。
「……やっぱ俺の時と態度が違うよなぁ」
ヒューは頬杖をつき、唇をとがらせた。
「しょうがないじゃないですか。だって『婚約者』ですもん」
そろそろお茶とデザート持ってきますね、と言ってエメルは席を立ち、そそくさとキッチンの方へと向かう。
にやけた顔がなかなか戻ってくれなかった。
◇
昨日の夜から冷凍庫で冷やし固めていたカタラーナに砂糖を薄くまぶし、オーブンにセットする。
砂時計をひっくり返して、時間をはかり始めるのも忘れない。
やり過ぎると表面をキャラメリゼするだけでなく、熱が入ってしまう。
夏へと近付いていき、だんだんと気温が上がってきたので涼のあるものを――と思って今朝のスイーツはカタラーナを選んだ。
果物の自然な甘さよりも、クリームの濃厚な甘さの方がアルドの好みらしく、どうしてもミルクや卵を使ったスイーツが多くなる。
高校を出てからずっと一人暮らしで、誰かのために料理を作るのは久しぶりだった。時短や洗い物の少なさを重視していた独りご飯より断然気合が入る。
(普段どおりかぁ。でも相手の出方次第だよねえ)
あらかじめ冷蔵庫で冷やしていた紅茶をグラスに注いでいると隣の部屋から掃除人形が入ってくるのが見えた。
家で使っていたロボット掃除機と同じように、障害物を器用に避けてホコリやゴミを吸いながら移動していく。
掃除人形に続いて、腕を組んだヒューも入ってきた。
なにやら思案顔をしている。
「どうかしたんですか?」
「いや、今日はコーヒーにしようと思って。あいつ完全に飲むのやめたみたいだし」
ヒューは迷いなく棚からコーヒー豆の入った容器を手に取った。
「急に味覚が変わったんですか」
「さぁ。でもアルはこだわりが強いから、珍しいなと思って」
「確かに」
思い当たる節がありすぎて、エメルは苦笑する。
「あの、さ。今日、ドレスの仮縫いで店に行くだろ? その時、エメル嬢からミラにそれとなく伝えて欲しいことがあるんだけど」
ヒューはおぼつかない手つきでコーヒーミルにコーヒー豆を入れた。テーブルにかなりの量の豆がこぼれてしまっている。
「『騎士をやめて俺と結婚してほしい』、ですか?」
人が悪いと思いつつ、エメルはにやけずにはいられなかった。
「ちげーよ! ――っと、ごめん。まぁ、似たような内容ではある。遠回しに、騎士をやめるように伝えてもらえないか?」
「それくらい自分で言ってくださいよ。私は人が選んだ道をどうこう言える立場じゃないですし」
「俺が言うとどうしても命令感があるだろ。一応団長だし」
「んー……そう、ですねえ。でもやっぱり私じゃなくてヒューさんが言うべきだと思いますよ。私はどうしてミラさんが両方の仕事をやっているのか知らないから、軽はずみなことは言えないです」
初めて仕立て屋に行った時のミラの様子がエメルの脳裏によぎる。
『――私は、人より頑張らないといけないんです』
言動に違和感を覚えたが、今日までそのままにしてしまっていた。
「でも、見ていて危ういというか、無理をしている感がありますよね。お節介かもしれないけど、気になります」
「……ああ、それは俺も感じてた」
ヒューは手を止め、目蓋を伏せる。
「前に農耕人形が侯爵の使者に持って行かれた時、その現場に居合わせたらしくてな。そのことで責任感じてるみたいでさ」
自分を罰するように前髪をつかんだ。
「お話はしてみます。ヒューさんの望む形になるかは保証できませんけど」
「……ありがとう」
ヒューはほっと息を吐き、気恥ずかしそうに微笑む。




