3-1 不穏の兆し
「……何故君がここに居るんだ」
朝食のテーブルに着いたアルドは、エメルと一緒に料理を運ぶヒューに厳しい視線を向けた。
「そんなに邪険にしなくてもいいだろ。食事は人数が多い方が楽しいし美味しいぜ」
ヒューは大げさに肩をすくめ、アルドの隣の席に座る。
「ならばよそで勝手に宴会でも催せばいい」
「恋人ができた途端それかよ。ガキの頃からの仲だってのに、男の友情なんてしょせんそんなもんだよなぁ」
「論点をずらすな。何故ここに居るのかを聞いている」
「俺が作るより、可愛いエメル嬢が作ってくれた食事の方が何倍も美味い」
アルドにではなく、エメルに向かってヒューは笑いかける。
お世辞だとわかっていても、これでぐらつく女子はいるだろうなと思わせる微笑みだった。
「ありがとうございます」
エメルはビジネスライクな笑顔を返し、自分も席に着いた。
屋敷での「婚約者」生活がひと月以上も経つと、ヒューへの対応の最適解もだんだんとわかってくる。
ああやって愚痴ってはいるが、最初の頃よりもヒューの訪れる回数は減っていた。
ほぼ毎日毎食来ていたのが三日に一度になり、今ではだいたい五日に一度のペースにまで落ちている。
ヒューなりに気を遣ってなのか、エメルのことを信用してくれたからなのかはわからない。
「エメル嬢さえ良ければ、俺の家でも作ってくれない?」
ヒューはちらりとアルドの方を盗み見てから、エメルにウインクをする。
また始まった……、とエメルは内心ため息をつく。
ヒューがいかにも口説くような言動をするのは好意からではない。
こんなことをするのはアルドの前でだけ。
その目的は明らか――を通り越して、いっそあからさまだ。
(ヒューさんが思ってるような感じじゃないんだけどな)
アルドは目の前の料理に集中しており、それ以外のことは目にも耳にも入っていない。
アルドが執着を見せるのは、スイーツを横取りされそうになる時くらいだ。
「辺境伯と騎士団長を手玉に取る悪女、なんて噂が立ちそうだから嫌ですよ。ヒューさん女子人気高そうだし、外であんまり仲良くしたくないです」
きつくなり過ぎないように、エメルは冗談めかして笑った。
「えー、ひどくない?」
「私じゃなくて、ミラさんとかに頼んだらどうですか?」
「ミラ、ね。あいつ手先は器用なくせに料理は全然ダメなんだよなぁ。他の騎士から野外調理の免除を嘆願されるくらいだ」
(そこまで言われるって相当……)
コメントしづらい内容に、エメルは愛想笑いをして流す。
「そもそも物騒な騎士なんか辞めて、お針子としてやっていってほしいんだけどな」
ヒューは珍しく重いため息をつき、皿の上のスクランブルエッグをかき混ぜた。
「本当に辞めさせたいのであれば、君が『騎士を辞めて俺と結婚してくれ』とでも言えばいい。簡単なことだ」
「――はァっ!? 何言ってんだお前!」
アルドらしからぬ提案に、ヒューは両手をテーブルについて立ち上がる。
その衝撃で食器ががちゃがちゃとうるさく揺れた。
「少なくとも、彼女が君に好意をいだいているのは明白だろう」
「ロクに恋愛経験のないお前に何がわかるんだよ!」
「一つ、常に君の行動を目で追っている。二つ、君と話している時は声が一段高く、頬が紅潮している。三つ、君からの急な呼び出しに応じられるよう、常に――」
「事細かに列挙すんな!」
「これらが好意に因るものでないなら、彼女はスパイか犬ということになる」
「振り幅おかしいだろ……真面目に聞いた俺が馬鹿だった」
ヒューは脱力したように椅子に座り直した。
(結構ちゃんと人のこと見てるんだなぁ。気を付けよ)
今のところアルドに気付かれてまずいことはないが、エメルはなんとなく居住まいを正す。
「つーか俺のことなんかより、自分の心配した方がいいぜ」
ヒューは行儀悪く、フォークの先をアルドに向けた。
「シュタインベルク侯爵の婚約者様、リーゼッテ嬢がヴァイス絹を大層お気に召したようでな。直々にこちらへ買い付けにいらっしゃるそうだよ」
3章第1話をお読みいただきありがとうございます。
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