2-12 約束
「問題とは常に二者間以上で起こるものだ。私の話だけでは信憑性を欠く」
「正確じゃなくても、あなたに何があったのか知りたいと思うのはダメですか?」
間髪入れずに尋ねてしまっていた。
エメルは発してしまった言葉を隠すように、両手で口を覆う。
「――ごめんなさい! やっぱり今のなしで。本当の婚約者でもないのに出しゃばりました」
アルドが口を開く前に、エメルは一歩後ずさった。
誰からも嫌われたくなくて、逃げ癖がついてしまっている。
一定以上、相手に踏み込めない。
「ね、この農耕人形ってどうやって動いてるんですか? やっぱり魔術とか? それとも何か動力があるんですか?」
我ながらわざとらしいと思いながら、エメルは早口で話題を変えた。アルドの顔を見られない。
「……組み立てる時は魔術を用いる。が、一度完成してしまえばあとは燃料を補給するだけで半永久的に動く。理論上は、だが」
アルドは眼鏡をかけ直し、散水を終えた農耕人形に近付いた。
アルドがこちらの意図を汲んでくれたことに、エメルはほっと息をつく。
アルドが農耕人形に触れると、人形の底面から棒が伸び、カカシのように花壇の中央にまっすぐ立った。
時折、胴体から生えた棒が不規則に動く。鳥獣に対する威嚇動作なのかもしれない。
「お掃除用と農耕用以外にもいるんですか?」
「……必要なものしか作らない」
「他にも色んなことをやってもらえたら便利そうですけど」
「作ることは可能だが、領民はそれを望まないだろう。農地の労働力不足を解消するために人形を導入したが、養蚕や製糸の領分にまで踏み込めば間違いなく反発が起こる。今でさえ不気味がられているのだからな」
「どっちも丸っこくて可愛いのに」
「そんな風に考えるのは君くらいだ。ヒューですら慣れるのに一年以上かかった」
(私としては手から炎が出たりすることの方が信じられないけど)
漫画やアニメ、ゲームなどで慣れ親しんでいるから比較的すんなりと受け入れられたが、魔法自体はどうも理解しがたい。
「不気味だったとしても、欲しがる人はいるんじゃないんですか。確か盗まれたとかって言ってましたよね」
「ああ。安全確認のためと言われ、耕耘散水機のスペア機を使者に持っていかれた。燃料が切れた時点で機能停止することも知らずにな。燃料自体も、私にしか生成できない」
「私みたいに、アルドに頼りっきりですね」
エメルは農耕人形に語りかけるように呟く。
アルドから「婚約者」の役割と薬をもらうことで生きながらえている自分とほんの少し重なって見えた。
「……エメル」
風に溶けてしまいそうなほど小さな声で、名前を呼ばれた。
音の響きが耳にくすぐったい。
「エツ子」の方が呼ばれた年月も回数も多いはずなのに、「エメル」が自分として定着し始めている。
「は、い?」
アルドに名前を呼ばれるのは初めてな気がし、返事がぎこちなくなってしまう。
「いつとは明言できないが、君にはすべてを打ち明けるべきだと思っている」
アルドは、これまで見てきた中でもっとも真剣な表情をしていた。
「こんな不確かな提案は不誠実であり、また本意ではない。だが、待っていてもらうことは可能だろうか」
アルドの目元に苦渋が滲む。
エメルが逃げの姿勢を見せてしまった後も、ずっと考えていてくれたのだろう。
アルドの方が何倍も誠実だ。
「……ありがとう、アルド」
エメルは胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げる。
嬉しさで視界が滲んでいるのは知られたくなかった。
「今は、そこまで考えてもらえただけで充分です」
こっそりと目元をぬぐい、意識して呼吸をしてから顔を上げる。
「……私、意外と気が長くて我慢強いタイプですよ」
しっかりとアルドの顔を見つめ、笑ってみせた。
2章最終話までお読みいただきありがとうございます。
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