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人形伯の愛し方~異世界転生したら罪人認定されました。赦免のためにコミュ障辺境伯と偽装婚約します~  作者: 甘酒ぬぬ
1章

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1-2 異世界でも不法侵入は犯罪です

 熱い。

 筋肉痛の時のように全身が鈍く痛む。


 指を動かそうとすると、きしきしと軋(きし)む感じがする。

 目蓋を開けるのさえ億劫(おっくう)だった。


(私、どうしてこんなに体調が悪いんだろう)


 エツ子はため息をつきたくなった。


 毎年の健康診断は問題なくパスしている。持病もなければこれといったストレスもない。

 仕事もホワイトカラーかつホワイトな職場で、定時に始まり定時に終わる。


「……ひゃっ!?」


 額に何か冷たいものが触れ、エツ子は思わず目を開けた。


「起きたか」


 黒髪をオールバックにした男性が無表情でこちらを見下ろしている。

 眼鏡の奥のブルーグレーの瞳からは何の感情も読み取れない。


 エツ子の記憶違いでなければ、森らしき場所で助けてくれた人だ。


「お、おはようございます」


 エツ子はとっさに笑顔を作る。

 「とりあえず愛想良く」――エツ子が二十数年で身に付けた処世術だ。


(……私こんな声だったっけ? っていうか、ここどこ? この人誰?)


 視界に見えるのは木々ではなく、アンティークっぽい装飾が施された部屋だった。

 以前友達との旅行で泊まった、中近世ヨーロッパ風のお屋敷を再現したコンセプトホテルに似ている。


 男性の格好も、中近世貴族風の装いだった。

 紋章の入った黒のフロックコートに、かっちりとしたシャツとベスト。

 ボウタイには黒い宝石があしらわれている。


(気合の入り過ぎたハロウィンコスプレみたい)


 街中でこんな格好をしている一般人を見かけたら共感性羞恥で目を背けたくなるところだ。

 が、彼の奇跡的な顔面偏差値の高さによって鑑賞に堪(た)えている。


(ほんと、えっぐいイケメンだなぁ)


 失礼だと思いつつ、じろじろと見てしまう。


 顔のパーツや配置が整い過ぎていて、クールを通り越して人間味がない。

 表情がまったく変わらないところも、冷淡さに拍車をかけていた。


(……あれ。この人も、なんか私のことじっと見てない?)


 単純にイケメンに見惚れているエツ子と違い、男性の視線は目的意識を持って動いている感じがする。


「あのー、聞きたいことがたくさんあるんですけど、答えてもらえたりします?」


 居たたまれなくなったエツ子は、笑顔を維持しつつ恐る恐る手を挙げた。


「……内容による」


 黒髪の男性は考え込むように顎に手を当てる。


「だが、先にこちらから一つ聞いておきたい」

「はぁ」

「身体に不具合はないか」

「不具合って……」


(言葉選びとか態度とか冷たそうな感じだけど、意外と良い人だったりする?)


 男性のズレた物言いに、少しだけ口元が引きつってしまった。


「んー……正直、全身が地味に痛いです」


 エツ子は素直に答えた。

 ベッドから起き上がれないほどではないが、鈍痛のせいで自分の身体とは思えないくらい動かしづらい。


「なるほど。想定の範囲内だ」


 黒髪の男性はサイドテーブルから小瓶を取り、封を開けると有無を言わさずエツ子の口に突っ込んだ。


「ぅぐっ……!?」

「今度は自力で飲んでくれ。それくらいはできるだろう」


 小瓶から甘い液体が流れ込んでくる。森で飲まされたのと同じ味がした。


 それと同時に、記憶が鮮明に甦る。

 これまでの人生の中で、もっとも感情も色気も何もない無味乾燥なキス。


「――がっ、ごほっ! ごほっ……」


 液体が気管に入り、エツ子は激しくむせ返った。身体をくの字に折り曲げ、口元を手で覆う。


「また飲めないのか……」


 黒髪の男性は面倒そうに眉間に皴を寄せた。


「ごほっ……ちっ、違います! 寝ながらだったから、変なとこに入っただけで!」


 エツ子は慌てて上体を起こし、残った小瓶の中身を飲み干してみせる。

 すると数秒と経たないうちに身体の痛みが引いていき、倦怠感などの不調も消え失せた。


(何これ。即効すぎない? もしかしてヤバい薬?)


 エツ子は手元の小瓶と男の顔を交互に見る。


「やはりそうか」


 黒髪の男性は顎に手を当て、目線を左上に向けた。


「えぇ……一人で納得しないでくださいよ」

「薬の効果は一時的だが、これで問題なく勾留(こうりゅう)できる」


(コウリュウって……交流? それとも身柄を拘束する方の勾留?)


 文脈から判断して、残念ながらほぼ間違いなく後者だろう。

 逆に本当に交流目的だったとして、こんな言い方をする相手と楽しく関わり合える気がしない。


「私の聞き間違いじゃなければ、物騒なことを言われた気がするんですが……」


 エツ子は布団を胸元に引き寄せた。


「裏の森は立ち入りを禁じている。そこに倒れていたのだから、君は間違いなく不法に侵入した罪人だろう」


 ブルーグレーの瞳が冷たくエツ子を見据える。


「ざ、罪人って……! 決めつけがひどくありません? だったら、そこにいたあなただって同罪じゃないんですか?」

「残念ながら、私はヴァイス辺境領を治めている。この地において立ち入れない場所などない」


(ゔぁいすへんきょうりょう?)


 聞いたことのない地名に、エツ子は首をかしげた。確実に日本ではない。


「申し遅れた。私はアルベルト・シュタインベルク。ヴァイス辺境伯に封(ほう)ぜられている」


 黒髪の男性――アルベルトは胸に手を当て、浅く頭を下げた。

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