2-10 不穏な噂
「無闇に広める話でもなければ、往来で話すような内容でもない」
アルドだけはいつもの無表情だった。
「変な形で耳に入るより、早いうちに本当のことを話しておくべきだと俺は思うけどな」
さっきまでのゴシップ丸出しな感じは鳴りを潜め、ヒューは険しい視線アルドに向ける。
(コミュ障っぽさは感じるけど、女性不信って感じはあんまりしないな。私が女性だと思われてない可能性はなきにしもあらずだけど)
昨日の使者や先ほどのミラも、「辺境伯になんらかの女性問題がある」ことを匂わせていた。
何かがあること自体は間違いないのだろう。
「……気になりはしますけど、無理に他人の内面に踏み込みたいわけではないですよ」
二人が結論を出す前に、エメルは身を引いた。
婚約者の振りをするとはいえ、相手のすべてを知っている必要はない。
心の傷に関することなら、なおのこと触れるべきではない気がする。
「……少し、考えさせてくれ」
アルドは顎に手を当て、目を伏せてしまった。
(よっぽど困るような内容なのかな。言いたくないなら、きっぱり『必要ない』って断ってただろうし)
「……ごめん。アルのことどうこう言えないくらい俺もデリカシーなかったわ」
ヒューは肩をすくめてみせた。
「ところで、お二人さんはこの後どちらへ?」
わざと明るく、芝居がかった手振りを交えて尋ねる。
「特に予定はないな。待っている間に耕耘散水機の調整も済ませてきたし」
「えぇっ、農耕人形見れないんですか?」
「見たいのか?」
「面白そうじゃないですか」
おそらくロボット掃除機もどきよりも多機能だろう。
新作AI家電を見るみたいでわくわくする。
「屋敷に旧型機がある。それなら機能の実演もできるし、農作業を中断させることもない」
「じゃあ、帰りましょう――と、その前に、市場に寄ってもらってもいいですか? 作りたいお菓子を思いついたので」
「好きに買うと良い。金に糸目はつけない」
(……うわぁ、一度は言ってみたいなぁその台詞)
仕立て屋の時も、アルドは金額を提示される前に大量の金貨を店のカウンターに載せていた。
根っからの貴族なのか、金銭感覚がザル過ぎる。
「ヒューさんはどうします?」
「俺は詰所に戻るよ。これ以上付きまとうのは野暮だろう」
エメルに向かってウインクをすると、ヒューはあっという間に雑踏の中に消えてしまった。
「行くか」
アルドは当然のように手を差し伸べる。
エメルは遠慮がちに手を取り、アルドの横顔を見上げてはにかんだ。




