2-7 人形伯の功績
「ようこそおいでくださいました、ヴァイス辺境伯。本日はいかがいたしましょう」
エメルが連れてこられたのは、中央広場から少し離れた場所にあるレトロな外観の仕立て屋だった。
いかにも上品な雰囲気の老婦人が対応してくれる。
「ヴェーバー夫人、彼女にオーダーで服を。あと、いま店にある物を何着か見繕ってくれ。なければ同じ物を十着でいい」
「良くないです!」
エメルは反射的にツッコんでしまった。
老婦人――ヴェーバー夫人は口元を隠し、肩を小刻みに揺らしている。
「うるさくしてすみません……」
「いいえ。仲がよろしいことで。オーダーの方はさっそく取り掛かりますか?」
ヴェーバー夫人はエメルとアルドを交互に見た。
「できるところまで進めてくれ。私は所用を済ませてくる」
「一時間半から二時間ほどかかると思います」
「わかった。その頃に戻ってくる」
アルドは時計を確認すると、すぐに店から出て行ってしまった。
エメルは無意識のうちに自分が手を伸ばしかけていたことに気付き、慌てて胸の前に引き戻した。
「さぁさぁお嬢様、どうぞこちらへ」
ヴェーバー夫人はことさら明るい声でうながした。
エメルは微笑みを作り、夫人の後に続く。
「――ほんと辺境伯って素っ気ないですねー」
奥の部屋から出てきた長身のお針子が、エメルに微笑みかけてきた。
「そう思いません? エメル様」
「えっと、コメントは差し控えさせてもらっても――」
エメルが答えあぐねていると、お針子のオレンジ色の髪が目についた。
よくよく見ると、目鼻立ちがはっきりした顔にも見覚えがある。
何より、自分はまだこの場所で名乗っていない。
「……もしかしなくても、ミラさん? なんで?」
ポニーテールではなく、高い位置でお団子にまとめているため気付かなかった。
いつもの軽鎧姿ではないのも一因だろう。
「そんなことより先に、デザインを決めて採寸しちゃいましょう!」
ミラはにこにこしながらエメルの両手を取った。
「せっかくだから普段着とドレス両方作っちゃいましょう! 辺境伯ならばーんと気前良く払ってくれるはずです!」
ミラはテーブルに何枚ものデザイン画や織物を並べながら、相変わらずの調子でまくし立てる。
「あの、ミラさんって騎士ですよね? なんでここに――」
「やっぱり素材は絹が良いですよねー。見た目も肌触りも機能性も充分! あ、ここで取れる『ヴァイス絹』って高品質で有名なんですよ。前の辺境伯のせいで領民が逃げちゃって生産がストップしてたんですけど、アルベルト様が辺境伯になってから復活したんですよー。アルベルト様様ですねー!」
「……ミラ、お嬢様がお困りですよ。ほどほどになさい、といつも言っているでしょう」
見かねたヴェーバー夫人が助け舟を出してくれた。
「ご、ごめんなさいエメル様! 時間がある時はお手伝いさせてもらってるんです。でも今日は別の理由で――じゃなくて、あの私、つい喋り過ぎるみたいで。ヒュー団長にもよく怒られて……」
「大丈夫、大丈夫。落ち着いて? ちょっとびっくりしただけだから。それより、養蚕業が復活したきっかけについて、もう少し聞かせてもらえる?」
もちろん養蚕に興味があるわけではなく、アルドが辺境伯になって何をしたかが気になった。
「私もそこまで詳しくは知らないんですけど、すごく簡単に言うとですね、ヴァイス辺境伯――って呼ぶとごっちゃになりますね。アルベルト様が、自動人形を使ってヴァイス領を立て直してくれたんです」
「自動人形……」
屋敷で見たロボット掃除機がエメルの頭によぎる。
他にも、アルドとヒューが農耕人形がどうとか言っていた気がする。
「前領主は浪費と税の取り立てがひどくてね。畑や桑畑が管理できなくなるほど人が減ってしまったの」
ヴェーバー夫人が話を引き継いだ。
「アルベルト様は何年もかけて自動人形を改良し、少人数でも農地を維持できるようにしてくださったのよ。そのおかげでだんだんと人が戻って来てくれて、またこうしてヴァイス絹を作れるようになったの」
夫人は愛おしそうに絹織物を撫でる。
「心ない人たちや自動人形を忌避する人たちは、寡黙なアルベルト様のことを『人形伯』なんて呼んでいるけれど、気にしては駄目よ」
「……はい。自惚れかもしれませんが、アル――ベルト様がどんな方かは、理解しているつもりです」
エメルは胸に手を当て、微笑んだ。
(ヒューさんとバチバチに言い合ってるし、子供みたいになぜなに攻撃もしてくるから寡黙って感じじゃないけど。『人形伯』っていうのは自動人形と本人の性質のダブルミーニングなのね)
「あらあら、年寄りのお節介だったかしら。年を取ると話が長くなったり、説教くさくなって嫌ねぇ」
後は任せるわね、ミラ、と言い残し、ヴェーバー夫人は店先に戻っていった。




