2-6 デートは必要な外出
屋敷を出ると、眼下には童話や中世ファンタジーを思わせる町並みが広がっていた。
町中を走る清流や整然と敷き詰められた石畳も美しいが、木と石材を組み合わせたハーフティンバー様式の家が特に可愛らしい。
町の中央には噴水広場と鐘のある教会が見えた。
朝起こされた鐘の音はあそこから届いたものだろう。
川向こうにある郊外には青々とした畑があり、人々が何かの作業をしているようだった。
「んー! 良い所ですねー」
エメルは組んだ両手を高く上げてぐーっと身体を伸ばす。
標高が高いのか、空気がひんやりと澄み切っている。
肺に流れ込んでくる冷たさが気持ち良い。
「行きましょう、早く!」
「そう急かすな。転ぶぞ」
アルドの屋敷は小高い丘の上にあり、町の中心部まで緩やかな傾斜路が続いている。
転んだら大惨事になるかもしれない。
「じゃあ腕組みましょう、腕! そうすれば転ぶ時は一緒です!」
「何故一緒に転ばなければならない。そもそも歩きづらいだろう……」
エメルはアルドのぼやきを無視して腕に手を絡めた。
旅行に来た時のように浮足立っているのは否めない。
「悩むくらいならすべて同じ服にすればいい」を地で行っているのか、アルドは昨日と同じフロックコートにスラックスという全身真っ黒な出で立ちだった。
新緑と牧歌的な街並みの中では非常に目立つ。
対してエメルは、
『デートコーデですね! 辺境伯の好みはイマイチわかんないですけど、これならいけると思います! 多分おそらくきっと!』
と、無闇に気合の入ったミラに選んでもらったデート服だ。
アイボリーのボウタイブラウスに、ハイウエストのフレアスカートという、いかにもお嬢様然としている。
町の中心部に近付くにつれて行きかう人が増え、視線を向けられることも多くなってきた。
視線の種類は様々で、一番多いのは好奇の目だった。
エメルとアルドの姿を盗み見ては、近くの人と囁き合う。
――珍しい、あの人形伯が。
――隣の女性は例の……?
――相変わらず何を考えているのか。
当人たちは声を抑えているつもりでも、断片的にエメルの耳に入ってくる。
「珍しがられてますよ、アルド。普段はそんなに引きこもってるんですか」
「不必要な外出はしない」
「じゃあ今日は必要な外出なんですね」
エメルは口元を押さえて微笑んだ。アルドへの返し方がつかめてきた気がする。
ふと、こちらを見ている子供と目が合った。
エメルは全力の笑顔を作り、顔の横で手を振る。
他にも、目が合った人には同じ対応をし続けた。特に子供や女性を優先する。
「何をしている」
アルドが耳元で囁くように尋ねてきた。少しくすぐったい。
「少しでも好感度を上げようかと」
「年齢――いや、男女で差をつけているのは?」
「意外とちゃんと見てますね。男性の方が好感触もらいやすいですけど、不和の原因にもなるので。女性にでれでれしている男性って、特に女性からの印象が悪くなりやすいですから」
「……君は以前にも偽装契約の経験があるのか?」
「まさか。ごく普通の会社員――えーっと、商会勤め、みたいな感じです」
「――君は、何者なのだろうな」
急に、アルドが足を止めた。
「え?」
勢いを殺しきれなかったエメルはよろめいてしまう。
アルドは自然な動作で助け起こし、エメルの顔を覗き込む。
「いささか、興味が湧いてきた」
心の底を暴くように、ブルーグレーの瞳がまっすぐに見つめてくる。
「き、興味?」
どきっと胸が高鳴る。
余計なことを知られるのは困るのに、アルドから目が離せない。
突如、周囲から黄色い悲鳴やはやし立てるような声が上がった。
角度によっては、往来で人目をはばからずキスをしたように見えたのかもしれない。
そのおかげでエメルはすぐに現実に引き戻された。
「いまさら詮索しないでくださいよ。自分でもよくわからないことの方が多いんですから」
エメルは両手で口元を覆い隠し、何歩か後ずさる。
アルドとしては不服かもしれないが、これで「あの辺境伯が町中で人目も気にせずイチャイチャしていた」という噂が立つだろう。
図らずもデートの目的の一つを達成できた。
「早く服屋さん行きましょう!」
エメルは強めにアルドの腕を引っ張る。
あきらかに周囲の視線の温度が生温かくなった。
そうなるよう仕向けたとはいえ、これはこれで居心地が悪い。
「仕立て屋は逆だ」
「ちゃんと案内してくださいよ」
「何を焦っている」
「周りの視線とか全然気にしないんですね……」
領民の好奇心を背中にひしひしと感じながら、エメルは気持ち歩みを速めた。




