2-2 婚約への疑惑
キッチンはエメルが想像していたよりも現代的だった。
魔術を応用したコンロやオーブンがあり、感覚で扱うことができる。
水道や冷蔵庫なども同様だ。
「アルが好きなのは、隙間時間とかに手軽に食べられるやつが多いかな。いかにもお貴族様が食べるような豪勢な料理が一番ダメ。あと、あんな不機嫌な面してんのに甘いものが好きなんだよ。糖分は脳のエネルギーとしてもっとも効率が良いとかなんとか言ってたけど、あれはただの言い訳だな」
ヒューはすらすらと淀みなく喋りながら、色の濃い楕円形のパンをスライスしていく。
「サンドにするにはさすがに硬いか、これ」
顔をしかめながらパンの切れ端を咀嚼する。
「あ、それもらっていいですか?」
「いいけど、そのまま食べるのにはおススメできないよ」
「アルドは甘党なんですよね? 一つ思いついたものがあって」
エメルはパンを引き取り、一口大にちぎって口の中に放り込んだ。
小麦のパンよりもやや酸味が強い。
雑穀入りなのか、ぷちぷちとした食感がある。
冷蔵庫や食品庫を確認すると、必要な物はすべて揃っていた。
「しかし、『アルド』、か……」
エメルが泡立て器で卵を溶いていると、ヒューが含みのある横目で見てくる。
「あいつがそういう愛称を許すとは、ね」
「いや別にそれは、私の発音がつたなかったせいで――」
「赤の他人にどうしてそこまでさせるんだろう」
ヒューの物言いに引っかかりを覚え、エメルはつい手を止めてしまった。
「……婚約って嘘だよね」
今度は横目ではなく、ヒューはエメルの顔を覗き込んできた。
冴え冴えとした碧眼が、エメルの瞳を見据える。
エメルを口説いていた時のような軽薄な雰囲気は微塵もない。
(バレた? それともアルドに聞いて最初から知ってた?)
「言ったかどうか忘れちゃったけど、俺、一応ヴァイス辺境騎士団の団長なんだ。もしお嬢さんが辺境伯に仇なす存在なら、適切な処理をしないといけない」
「……何か、根拠はあるんですか」
「半分はただの勘。男女特有の匂いがしないというか。アルはあんなんだから、必ずしも一般論が当てはまるわけじゃないけど。でももし本当に大事な相手ができたとして、あんな当てつけみたいに使者と引き合わせたりしないと思う。大切なものは隠すタイプだから」
細い針を刺されたように、エメルの胸がちくりと痛む。
(確かに、私のことは大事ではないよね)
事実を言われただけなのに、上手く消化できない。
(――ううん。それよりも今は、どう答えるかを考えないと)
エメルは泡立て器を握り直した。
(でも正直に答えて信じてくれる? 私よりもアルドの性格をよく知ってるヒューさんを納得させられる? いっそ隠した方が良い?)
思考が走るばかりでぐずぐずと決断できない。
ヒューはまばたき一つせず、湖面のような青い瞳でエメルを見続けていた。




