第44話 交代です、お嬢様
大魔潮の第一波と、王冠中枢塔から送られる魔力圧。
二つを同時に相手取る戦いは、四基の塔を使った交代走になった。
「第二塔、冷却完了!」
「第三塔を閉じ、第二塔を開けて! 殿下、同期を!」
『了解。王都側、切り替えます』
指令テントで、私は塔の温度と前線報告を予定表へ書き込み続けた。障壁を出すのは、入口から目視できる予備防衛線だけ。同時に三枚、爪の角度を逸らすだけだ。遠い戦線は各隊の判断に任せるしかない。
第一塔の冷却が予定より遅れ、第四塔を十五秒延ばす。東側から撤退要請が入り、バルド隊長は予備班を先に投入した。私の書いた順番は、開始一時間でもう原形を失っていた。
けれど、誰も指示待ちで止まらない。各塔の職人は温度が上限へ触れる前に閉鎖を申告し、前線では班長が休養時刻を繰り上げる。私へ届くのは許可願いではなく、判断と結果の報告だった。
それでも、予定表の修正、通信、目の前の支援を重ねるうち、視界が白く点滅し始めた。自分に設定した交代時刻は三十分前に過ぎている。
(あと一巡だけ。私が起きていれば――)
「交代です、お嬢様」
計時器とペンが手から抜かれた。
ティナが全体表を持ち、私の椅子の横に立っている。
彼女の表には、私が見落とした第三塔の冷却遅延と、東側へ送った予備班の帰還時刻まで書き込まれていた。引き継ぐ準備をしてから、計時器を取り上げたのだ。
「第三塔の冷却がまだよ。予備防衛線も――」
「第三塔は私が見ます。予備線はさっき第二班へ交代しました。お嬢様の支援が届かない東側も、バルド隊長が回しています」
「でも、あと一セットなら」
幕が開き、休憩に入ったバルド隊長が顔を出した。
「あんたが教えたのは、限界まで耐えることじゃないでしょう。今度は俺たちの番です」
第三塔の冷却を交代班へ引き継いで戻ったセシリアが、隊長の後ろで水筒を掲げた。
「私も七割を守っています。お姉様だけ規則違反は駄目です」
魔法の使い方も、退く基準も渡した。目の前にいるのは、私の指示がなければ動けない生徒ではない。
それでも怖かった。眠っている間に誰かが死ねば、自分だけ逃げたと思うかもしれない。けれど、起き続けて判断を誤る方が、よほど大勢を危険へ巻き込む。
「……分かりました。あとは任せます」
ティナへ計時器を渡し、簡易寝台へ向かった。目を閉じると、抵抗する暇もなく眠りへ落ちた。
***
咆哮が聞こえない。
その静けさで目を覚まし、私はテントの外へ飛び出した。
朝日の下で四基の塔が低く駆動している。魔獣の群れは退き、守備隊員たちは地面へ座り込んで水筒を回していた。
「お嬢様、終わりました!」
ティナが報告書を差し出す。
【第三塔、予定より二分早く閉鎖。第二塔へ切替】
【第二塔、異常振動。冷却符を追加し一分短縮】
【セシリア、出力七割を十六秒維持後、自主交代】
【バルド隊、東側第二線を後退なしで保持】
【王都側圧力、規定値内へ低下。臨時分散運用から通常運用へ移行】
その下には、各班長の署名があった。私の代筆でも、後から整えた美談でもない。
私の予定どおりではない。現場の全員が限界を読み、短くし、補い、自分で次へ渡した時刻ログだった。
「重傷者は?」
「この交代以降はゼロです。魔力枯渇で倒れた人もいません」
外縁村の建物は傷つき、全員が無傷で終わったわけではない。それでも、命を落とした者はいなかった。
ディックは第三塔の事故で痺れの残る腕の負担を避け、軽い符だけを運ぶ係に回っていた。その運搬時刻にも署名がある。前線を外れた彼も、自分にできる場所で最後まで参加していた。
私はその場へ座り込んだ。
限界の前に退き、仲間へ渡し、休んで戻る。私が眠っている間に、皆がそれをやり切った。
勝ったのは魔力二十七の私ではない。
限界を知り、交代できるようになったローヴェルだった。




