第45話 次は、二人の予定表を
大魔潮から数か月。ローヴェルに、穏やかな春が来た。
執務机には、王都からの公文書が三通ある。
一通目は、旧緊急規程に関する公開調査の結論だった。王家は監督責任と補償を正式に認め、ローヴェルの復旧費と四基の恒久修繕基金を拠出する。ヴァルター前局長は、設備知識を引き継いだ後に解任された。彼一人へ罪を押しつけて終わらせず、登録技術者一名で一極放出を確認できた閾値条項そのものも削除されている。
二通目は、魔力測定制度の改訂案だ。来年度から、従来の容量と瞬間出力に加え、消費効率、制御精度、回復時間が参考値として記録される。成人判定の法的確定値と、未成年の年次予備測定を同じものとして扱わない注意書きも、以前より大きくなった。
制度が一枚の紙で人を優しくするわけではない。それでも、二十七だけで席を奪われた私や、学院の入口に立てなかったティナのような人が、学ぶ前から切られにくくなる。
三通目は、私を正式なローヴェル男爵として叙任する文書だった。
もう領主代行ではない。成人の日に父から移された暫定権限は、母方の継承として王家に認められた。
勝利したから領地が無傷になったわけではない。外縁村では家と畑が焼け、復旧には何年もかかる。避難した人が戻らない選択も尊重しなければならない。基金の数字を見ても、失われた暮らしが元どおりになるとは思わなかった。
だからこそ、叙任状より先に、再建する区画と自然へ戻す区画を住民会で決めた。領主の仕事は、勝利の演説より長く続く。
父との連絡は、決めた通り代理人を通している。季節の挨拶が一度届いたが、返したのは簡潔な礼状だけだ。許したとも、二度と会わないとも決めていない。手の届かない距離で、自分の生活を守っている。
セシリアは王立学院へ戻った。学院予備測定で容量824を記録した特待生でありながら、休養日には本当に魔法を使わないため、教官たちを困惑させているらしい。
『ティナさんの教え方の方が分かりやすいです。次の休暇はローヴェルへ行きます』
五枚目まで続く手紙を閉じると、窓の外からティナの声がした。
「息を止めないで! 回数よりフォームです!」
中庭では、訓練班が新しい参加者を迎えている。バルド隊長たちは基礎体力を鍛え、職人たちは仕事の合間に小さな魔法の消費を測っていた。
私の成人判定は、今も二十七だ。
日々の測定が多少揺れても、同じ条件で測り直せば元へ戻る。研究帳には成長ではなく誤差と書く。増えたのは、同じ量でできることと、一緒に働く人の名前だった。
ロベルト様は王都の精鋭隊と一緒に、低出力制御の基礎課程を受け直しているという。謝罪を受け取ったからといって、元の関係へ戻ることはない。ただ、あの日に守った親子から礼状が届いたと、短い報告だけをくれた。
数字は同じでも、使い方と選ぶ場所は変えられる。
それで困ることは、もうなかった。
夕暮れ、私は領都を見渡す高台へ向かった。
第一塔の向こうに、新設された『王立魔導研究院ローヴェル支部』が見える。フェリクス様は王都の再編を終え、初代支部長として正式に戻ってきた。
今日の彼は、よれた白衣ではなく、濃紺の正装だった。
「ずいぶん立派な格好ですね」
「今日は、研究報告ではありませんから」
彼は私の前に立ち、少し震える手で両手を包んだ。
「王族の婚約に、政治的な意味がないとは言えません。それでも、その意味を理由に君の返事を飛ばしたくない。王宮へ正式に願い出る前に、まず君の意思を聞かせてください。何も成し遂げられない日にも隣にいたい。リディア、私と婚約してくれませんか」
大魔潮の前、私たちは恋人になった。危機の後も同じ土地にいたいと約束した。
それでも、未来を制度へ預けるこの言葉は、別の重さを持っていた。
「はい。喜んで」
私が握り返すと、彼は長く息を吐き、子供のように笑った。額へ落ちた口づけは、測る必要も記録する必要もないほど温かかった。
それでも私は、鞄から使い込んだ手帳を取り出す。
「まず王宮への書類、支部と領都での居住手続き、それから第一四半期の予定を――」
「リディア」
呆れた声に、私は新しいページを見せた。
「安心してください。二人の予定表には、余白を残します。恋愛だけは、いくら測っても正解が一つではありませんから」
フェリクス様が笑い、私も笑った。
眼下の街に、一つずつ灯りがともる。
魔力二十七の私が始める、余白だらけの次の予定表だった。




